様子見
グレイが王族を殺すというのはつまり、この王位継承争いの全てを暴力で解決する方向へとシフトするということだ。
グレイは暗殺者ではないから、きちんと調査がなされればグレイが人を殺したことはすぐにばれてしまう。騎士団はあからさまに味方することは難しくなるだろうし、場合によってはルミネの率いる教会派閥との関係も悪くなるだろう。
そして当然、貴族たちからの反発はすさまじいものになる。
グレイはただでさえ王族や貴族から嫌われているのだ。
もし過去の罪がばれて断罪された場合、王都に戻ってきて以降、王族や貴族を表立って誰も殺していない、ということこそが最後の盾になる。
もし理不尽に敵対するのならば、そのたがが外れる可能性があるという事実が、他勢力にグレイに関することでクルムを責めるのを躊躇させるはずなのだ。
やはり殺すべきではない。
言い訳を並べればいくらでも思いつくクルムであるが、結局のところ、グレイに王族殺しなどさせたくないのだ。
明確な理由はクルムにもわかっていない。
なんとなく感じているグレイの後悔を繰り返させたくないのかもしれないし、グレイがその手で王族を殺すということ自体が、自分の能力の否定であると考えているからなのかもしれない。
グレイからすれば酷く甘い考えなのだろうと分かっていても、今の段階のクルムは、その一線を越えるつもりはなかった。
それ以降、スコラからの接触もないまま日が過ぎて、月に一度の王族が集まる日がやってきた。
工事は順調に進んでおり、妨害も入っていない。
パクスの方にはちらほらと木材を確保していた商会たちからの面会の申し出が入り始めたという話も聞いている。
話し合いの中では、〈万年祭〉に向けての他の準備に関し、それぞれが新たに課題を与えられ、予算が割り振られることになった。また仕事が増える形であるが、当然断るわけにはいかないので、クルムはもちろん、ウェスカやビアットにも頑張ってもらう必要が出て来るだろう。
現場に顔を出せる機会も減るだろうけれど、事が順調に回り始めているので、それも問題はないはずだ。
最後に、当然事業の進捗を確認されたわけだが、クルムは準備してきた報告をよどみなく王へと伝える。その間、ジグラはもちろん、ヘグニも黙って聞いているばかりで、余計な口出しをすることはなかった。
「このまま任せて良いようだな」
「ご期待に応えてみせます」
実の父と娘の会話であるが、ねぎらいや気遣いの言葉は一切なく、業務的なやり取りだけが行われて、そのまま話し合いはお開きになった。
クルムは外へ出てグレイと合流。
廊下を歩きながら今回の話し合いについての報告をする。
「つつがなく終わりました。妨害もありませんし、先生のことにも触れられませんでした」
「なんじゃ、諦めたのか?」
「もしかすると、貧民街の工事の件については諦めたのかもしれません」
「根性のない奴らじゃな」
王宮が発する施策は大小合わせて様々だ。
よその妨害ばかりに力を入れるくらいならば、自分が担当している事業の完成度をあげたほうがいい場合だってある。
妨害のコストが見合わないと思うのであればむしろそうするべきだ。
クルムが頭角を現したばかりの勢力であったからこそ妨害工作を試みたが、見事に対処されてしまったので、片手間で邪魔することはできないと悟った可能性もあった。
話し合いの場では、意見のぶつけあいをすることはあれど、足を引っ張るような言葉が評価されるとは限らない。
現国王と積極的に言葉を交わしている者がいるわけでもないから、どんな言動が評価されるかははっきりとしていないのだ。その点においても、現国王と同じ派閥を背景に動いているヘグニ王子は有利であると言える。
「ところで、後ろからついてきているものがおるが?」
クルムは気づいていなかったけれど、グレイが言うのなら間違いない。
話している言葉が聞こえる範囲にいるわけでもないだろうからと、クルムはそのまま会話を続ける。
「用があるなら接触してくるでしょうから、放っておきます。ちなみにだれか分かりますか?」
「分からぬな。一定距離を保ってついてきているようだ。方向が同じという可能性も、あるにはあるのう」
クルムが与えられた区画の奥にも、王宮は続いている。
ただ、王位継承争いに参加しているものの区画はないので、最後までついてくるようならば高確率でクルムに用があるのだろう。
自分の区画の前までたどり着いたクルムは、門番をしている兵士のハサドに話しかける。ハサドはそれなりに昔から門番をしてくれている中年の兵士で、ウェスカの手伝いをしてくれているビアットの父親でもある。
「今日もお疲れ様です。最近、門番に新しい人が入りましたよね?」
「はい、真面目にやってくれてます!」
「問題は起こっていませんか?」
「いえ、特に何も。いつも一緒に門番している奴が、先輩風を吹かせて、こっちも前より真面目になったくらいですかね」
「いい影響が出ているようで何よりです」
話をしつつ横目で歩いてきた廊下を確認すれば、丁度ジグラが護衛を連れてやってくるところだった。
クルムは話すのをやめて、廊下の端による。
別に部屋の中へ入ってしまっても良かったが、どうせ用事があるのだろうからと、ここで待ち構えてやることにするのであった。




