叩いて直す
最初に限界を迎えたのはケルンだったが、そこから貴族の私兵たちが続々と脱落。
騎士がぽつりぽつりと脱落し始めるまで残っていたのは、たったの二人だけだった。
ケルンが左右に置いていた二人が、意地を見せた形である。
その二人が限界を迎えて崩れ落ちると、それを皮切りに騎士たちが次々とギブアップしていく。
貴族の私兵たちに負けまいと張っていた意地が限界を迎えたのだろう。
こういう耐久は本当に意地の張り合いである。
その中で、数人の騎士と共にハップスが残っていたのは、まさにこの男の真面目一辺倒で頑固なところがよく表れていた。
ちらほらと〈要塞軍〉の兵士たちも限界を迎え、残るところ十数人となったところで、騎士たちが脱落を始め、ついにハップスがその場に座り込んだところで、次々と〈要塞軍〉の兵士たちもその場に倒れていく。
結局最後までスクワットをし続けていたのはラウンドで、全員が降参したのを確認し、余韻で数回スクワットを繰り返してから、大きく息を吐いて額を拭った。
結局誰もが、この七十を超えた化け物のような老人の体力にかなわなかったということになる。
「クルム王女、皆で飯は食えるか?」
「この人数だと……」
「俺が何とかする」
息を整えたハップスが、クルムに助け舟を出す。
クルムがすぐに確保できる広い場所は、残念ながら王宮内にはあまりないのだ。
「その代わり騎士団の使う食堂だ」
「肉はあるのか?」
ラウンドの質問に、ハップスは頷く。
「それはもちろんだ」
「ならそこで決まりだ! よぅし、案内してくれ! ケルン王子だったか。お前も一緒に来い!」
「……私はこれで帰る。戦士たちの邪魔をするつもりも、慣れ合うつもりもない」
一連の騒動を経て、ケルンは〈要塞軍〉の兵士たちとラウンドに対して一定以上の敬意を抱いていたが、それとこれは話が別だ。
今となっては、彼らがどれだけ自分のことを見くびっていたのかうすうす感じてしまっているし、〈要塞軍〉ほどの強力な兵士たちを陣営に取り込んでいる、クルムとの格差も思い知った。
だがそれでもなお断るのは、ケルンの意地である。
ケルンはこれでも王位継承争いの参加者として、一つの派閥を率いている立場である。ここでクルムたちの派閥に迎合したと思われては、どれだけの者が本気かわからないが、とにかく自分についてきている貴族たちに示しがつかない。
「ふんっ」
よろりとケルンが歩き出したところで、ラウンドがその背中をバチンと叩く。
快音が響き、ケルンが転びそうになったところで、ラウンドがその腕を掴んで支えた。
「細かいことはいい。共に訓練をしたんだから、飯ぐらい一緒に食っていけ。肉を食え、体を鍛えろ。俺の誘いを断りたいのならば、俺より強くなってから我を通せ」
言っていることが無茶苦茶だった。
騎士も、小さなころからがむしゃらに鍛え続けてきたハップスも、若く現役バリバリの〈要塞軍〉の兵士すらも、七十を超えたラウンドの体力にすら敵わないのだ。
これまで積み上げてこなかったケルンが、いつになればラウンドより強くなれるというのだ。どうして我を通せというのだ。
「はっ……」
馬鹿らしくなってケルンは思わず声を出して笑ってしまった。
「なんだ?」
「はははっ、ラウンド伯爵、貴殿の言うことは、もう無茶苦茶だ。私にどうせよというのだ、ははは」
笑うと先ほどまで酷使していた全身が軋んで痛む。
それでもケルンは笑うことをやめられなかった。
これまでの窮屈な檻がぶち壊されたような、妙に愉快な気分だった。
こんな無茶苦茶な者がいるのか。こんな無茶苦茶が許されるのか。
許されないのだろう。
そしてきっとこの男は、その許されないをぶち壊して前に進むのだろうと思う。
「……ケルンお兄様が笑ってる」
「初めて見たな。いつも不愉快そうにしているばかりなのだが」
「私はいつも見下されていました」
クルムとハップスが、意外なものを見て兄妹らしく意見交換を始める。
どちらも普段はあまり声を荒げず、淡々と話す雰囲気がよく似ていた。
「何を笑っている。だから肉を食え肉を。ほら、いくぞ」
「自分で歩ける!」
ケルンは無理やりに痛む腕を振り払ってよろけて転ぶが、すぐに立ち上がって歩き出す。
「なんじゃ、ぶち殺さんのか」
そんなどことなく、感情に訴えかけられるようなシーンを見ての、グレイのシンプルな感想がそれだった。
敵は結構簡単にぶっ殺してもいい、それがグレイの考え方である。
流石に自分ではやらないが、大義名分があったラウンドがどさくさに紛れてやってしまえば、それはそれでいいと思っていたらしい。
ハップス、クルム共に、小さな声で呟いたグレイを横目でじとりと眺める。
結局一番殺伐としてやばい爺は、やっぱりグレイなのではないか。
つい先ほどまでラウンドの方がやばいと思っていたクルムであったが、その答えはいったん保留することにしたのであった。




