とりあえず成敗
地面を蹴って一足飛びに距離を稼いだグレイは、もはやその身を隠す気などさらさらなかった。
どっ、と地面のはじける音がして、不意打ちを狙っていた男たちは一斉に振り返ってグレイの方を見た。
ローブに身を包んだ得体の知れない筋肉質な大男。
攻撃的に歪んだ口元だけが見えており、その姿は殺気に満ち溢れている。
即座に反転してグレイに対応することを選んだ男たちは、きっとある程度戦いに慣れているのだろう。しかし、男たちにとって不幸なことに、今日のグレイは遠慮をする気などまるでない。
よそからやって来た怪しい奴らであることが理由の一つ目。
そして知り合いが襲われていることが理由の二つ目。
さらに、こそこそと動いているところを見る限り、ぶち殺しても誰も訴えてくることがない可能性が非常に高いことが理由の三つ目だ。
これだけ理由があれば、グレイの正義執行理由には十分である。
こんな時、どうせろくでもないことを企んでいるであろうという直感を、グレイは外さない。
すれ違いざまに短剣の攻撃をいなしながら、片手でぺきぺきとその首を捻り折って行けば、それだけで戦いはお終いだ。薬物兵でもないから二度と立ち上がることもない。
敵を仕留めたグレイは即座に反転。
形勢が悪いと判断して逃げ出した敵の指示役に向けて飛び掛かった。
指示役の男は、遠くから短剣を次々と投擲してきたが、グレイは空中でそれを全て払い落とす。
着地と同時にまた地面を蹴って距離を縮めるグレイに対して、指示役の男は短い詠唱をして、鋭い氷柱を数本飛ばしてくる。
それが飛ぶ速度は、短剣と比べても圧倒的に早かったが、結果は同じだった。
グレイが腰だめに構えていた拳を残像が見えるほどの速さで振るえば、氷柱は粉砕され、ただの味無しかき氷に早変わりだ。
「化け物……!」
男がそう言いながら普通であれば必殺の速度で短剣を振るえば、グレイはこれまた当然のように素手で振り払った。そのまま伸びたグレイの右腕は、指示役のこめかみを握り込み、そのまま後頭部を地面にたたきつける。
「おっと、殺すところじゃった」
完全に伸びてしまった指示役の頭を掴んだまま振り返れば、ロンヌスとメロディエの方もすでに決着がついているようだった。
早い段階でメロディエは自分の仕事が終わって、グレイの動きを見ていたのだろう。目元が完全に引きつっていた。
「さて、そちらは……、皆殺しのようじゃな。念のためこいつを生かしておいて正解か」
ずるずると指示役を引きずりながら近寄ってくるグレイを見て、メロディエはロンヌスの足に隠れるようにぴたりとくっついて待機した。
逃げ出すのは流石に愚策だと分かっているようだ。
ロンヌスがそんなメロディエに何かを言うようにパクパクと口を動かせば、メロディエは精一杯の勇気を振り絞って、いつも通りを装って口を開く。
「手を貸してくれてありがとうございます、と言ってます」
「嘘つけぃ、その男が何も言ってないことはもう分かっておるわ」
「ぐ、ぐぅ……」
ロンヌスがちらりとメロディエを見る。
メロディエはその視線を受けて、口から限界ぎりぎりのうめき声を漏らした。
まだぐうの音は出るらしい。
「お主、エルフじゃな」
今度こそメロディエは黙り込む。
その顔の整い方は、確かにエルフであってもおかしくなかったが、メロディエは常にニット帽をかぶっているせいで耳が見えないのだ。
それを見るまで判別は難しいはずだが、グレイは断言した。
メロディエの外見年齢であれほどの魔法が使える者など、グレイは自分以外に見たことがない。
「となると、年齢も見た目よりは上じゃろうなぁ……?」
ただ推測を述べていくだけで、メロディエはどんどん体を縮こまらせ、ロンヌスもおろおろとし始める。
そもそもこの二人のことをグレイはよく知らないのだ。
敵対したこともなく、いつの間にか貧民街の北地区を差配するようになっていた。
ロンヌスが余程の切れ者なのかと思えば、対峙してみればほとんどしゃべらない。
時折どんなからくりなのかと思うこともあったので、その種が分かってすっきりである。
「ぐ、グレイさん……! どうかこのことは内密に……、この通りです……!」
メロディエは帽子を突然脱いでグレイに深く深く頭を下げる。
本当は長いはずの耳が、途中で無残に切られて、人と同じ形にされていた。
別に誰かに話すつもりなど初めからさらさらなかったグレイからすれば困惑しかない。
「そ、その、言いにくいのですが、私たちは、貴族に買われて……」
「よい、帽子を被れ」
メロディエが勝手に事情を説明し始めようとしたのを、グレイはすぐに遮った。
みなまで聞いたら腹が立って、貴族を見ただけで、連帯責任として捻り殺してしまいそうである。
「え……?」
「儂は貴族が嫌いじゃ。お主らは貧民街のメロディエとロンヌス。それだけ知っていれば他の事情などどうでも良い。見せたくないものを儂に見せる必要などない」
メロディエはぽかんと口を開けていたが、しばらくしていそいそと帽子をかぶり直した。傍若無人の噂ばかりが流れるグレイの、思わぬ一面を見て、何が起こっているか今一つ理解できていない。
なにせメロディエは、グレイだけとは絶対に敵対してはならないと堅く心に誓って、これまで貧民街で暮らしてきたのだ。
先ほどの戦いの動きを見れば、それが間違っていたとも思えない。
しかしもしかして、もしかすると、グレイと言う人物はそれほど悪い人物ではないのではないかと、思ってしまう。
「……ありがとう、グレイ」
混乱するメロディエの耳に、また珍しくロンヌスの声が届いた。
グレイなんて呼び捨てにして大丈夫なのかと、メロディエは恐る恐るグレイの表情を窺う。
グレイは変な顔をして片手で指示役の男の頭をもって持ち上げながら、「さぁて、こいつはどうするかのう」とわざとらしく呟いている。
メロディエにはそれが、ロンヌスの素直な礼に対して照れ隠しをしているようにしか見えなかった。
「……グレイさん……、ありがとうございます」
だから色々なことを考えるのはやめて、メロディエもロンヌスに倣って、素直に頭を下げて礼を言うことにしたのだった。
もしここが死屍累々の現場でなければ、傍から見ても実に温かみのある交流であったに違いないだろう。




