ここは私たちの縄張り
荷車は貧民街に入るか入らないか、という辺りで止まった。
明確にこっから貧民街、という線引きがされているわけではないので、実際には貧民街の住人もうろつく地域である。
そんな場所だというのに、荷車を引いて歩いていた者も、冒険者たちも、荷車を置いて建物の中へと消えていく。
何をしているのだかと見守っていると、当たり前のように貧民街から人がわらわらと現れて、あっという間に荷車を引いて去って行ってしまった。
止める義理もないのでそのまま見送ろうとしていたグレイだったが、違和感を覚えて、そのまま荷車の方を追いかけることにする。
違和感の一つは、流石にこういった環境にある程度知見のありそうな高位の冒険者が、当たり前のように荷車を放置していったこと。治安の悪い地域で、厳重に箱詰めされた荷物を放置するなど、盗んでくださいと言っているようなものだ。
そしてもう一つは、貧民街の住民が現れるのが早すぎたこと。
いくら浅い層に住んでいる住民とはいえ、もう少し様子を見てから盗みに出てくるものだ。
最後に、盗んでいくときの連携が妙に良かったこと。
まるで普段から共に行動しているように、役割分担が決まっていて、言い争うこともしなかった。これが例えば、貧民街四天王が指揮をとっている連中ならば話は別だが、そうでないならば出来過ぎだ。
これだけの違和感が積み重なると、放っておくわけにはいかない。
冒険者たちが怪しげな行動をしているのはもう分かった。
宿泊場所も押さえてある。
となると、今気になるのは、がぜんあの箱の中身である。
貧民街を進んでいく荷車を追いかける。
ところどころ狭くなっているというのに、荷車は滞りなく進むことができているようだった。
よく考えてみればこれもおかしな話で、普通サイズの荷車であれば引っかかるようなところも、通り抜けているようである。まるであらかじめ、ここを通るために準備されたようだ。
やがて入り組んだ道の先に、ぽっかりとできた空き地に到着すると、人がわらわらと現れ、何かを話し始める。
そして現れた者の中の一人が、突然声を上げた。
「隠れているのは分かっているぞ、出てこい」
グレイは内心で少しばかり驚いた。
確かに隠密行動は得意でないが、声を上げている男にばれるほどに杜撰ではないと思っていたからだ。
もし自分がその男の隠れた実力を見誤っているのだとすれば、もしかするととんでもない実力者である可能性もある。
「ふっ、やはりな。お前は何者だ」
はて、どうしたものか、と思いつつ少しばかりワクワクしていると、いつの間にか話が勝手に進んでいた。
グレイとは反対側の道から、大小二つのシルエットが姿を現す。
四天王最後の一人であるロンヌスと、その通訳係の少女、メロディエであった。
ロンヌスが屈んで何かを言うと、メロディエが腰に手を当てて胸を反らす。
「最近人の縄張りで勝手なことをしているのはお前だな、と言ってるわ」
「……ロンヌスか。治安を乱してもいないし、邪魔もしていないはずだ。ちょっと場所を借りてるだけなのだから放っておけ」
「……何をするかわからないのを放ってはおけない、と言ってるわ」
ロンヌスが一瞬何か言ったことを、すぐにメロディエが声を大きくして伝える。
「余計なことに首を突っ込むと痛い目を見るぞ。お前は大人しくお山の大将でもしてればいい」
「黙りなさい。今すぐここから出ていかないとただじゃ済まないわ……、と言ってます」
ここでグレイはまた違和感を覚える。
今日はよく妙なことに気が付く日である。
「……返答は本当にそれでいいんだな」
「そちらこそ、本当に引く気はないのね」
先ほどはロンヌスが何も言っていないのに、メロディエが返事をしていた。
そしてこの返答では、ついに取り繕うことすらやめたようで、メロディエが直接答えて、ロンヌスは隣でじっとメロディエのことを見つめているだけだった。
「やれ」
男が感情無く呟くと、集まっていた者たちが一斉に木箱に群がり、そこから短剣を取り出し、ロンヌスたちの方へと襲い掛かっていく。
ロンヌスはメロディエを庇うようにぬっと前に出ると、両こぶしをぎゅっと握って顔の前に構えて襲ってくる輩を迎え撃つ。
拳には金属で補強された手甲をつけているようだが、多勢に無勢だし、装備だってロンヌスの方が酷く貧相に見える。普通に考えればかなり不利な状況であるが、グレイはそのまま見守った。
見ただけで正確に人の強さの詳細を知れるわけではないが、ある程度のことは分かる。
ロンヌスは、それなりの実力者だ。
しかし、敵がロンヌスに殺到する前に、その背後から朗々とした詠唱が聞こえ始める。
「舞え、前、踊れ。榮え、這え、舐めろ。乞うは灼熱、仰げや赤光。まき散らせ、大戦火!」
ぱっ、とメロディエの元から火の粉が空に打ちあがった。
それはロンヌスの頭上を越え、向かってきている敵に向けて正確に落下し、人間一人を一瞬で包み込む。
効果は一瞬であったが、服や頭皮に火がつけば、男たちは悲鳴を上げながら地面を転げまわることになった。
ロンヌスは立っている者を殴り倒し、転げまわるものを踏みつぶし、次々と無力化していく。
詠唱が長いことはさておき、なかなか精度の高い、対集団の良い魔法であるとグレイは頷いた。いつだか一級魔法使いを名乗って、グレイに勝負を仕掛けてきた魔法使いと良い勝負である。
そんなことを考えながら、グレイはひそかに隠れ場所から出ていく。
どさくさに紛れてロンヌスたちの死角へ回り込もうとしている者を見つけたのだ。
折角出くわしたのだから、少しくらい加勢してやろうという、グレイの優しさ……、ではなく、ロンヌスたちが戦っている姿を見て、自分もちょっと暴れたくなっただけだ。
加勢するという行動には変わりはないので、どう捉えるかはそれを目撃した人間次第である。




