近所のおっさん
パクスが目を覚ました時、そこは死屍累々の酷い有様になっていた。
仲間である子供たちが、パクスの左右に苦悶の表情を浮かべて寝かされていたのだ。パクスは即座に仲間の生死の確認を行い、それから先ほどまでと同じ場所で座っている男の背後にひっそりと近寄っていく。
錆びたくぎを手に持って、その首筋を目指して振りかぶったところで、パクスはやはりあっさりと腕を掴まれ、そのまま男の横まで引っ張られた。
「おい、見ろ、目を覚ましたぞ」
見ればすっかり弱って細くなって、うめき声を上げるばかりであった少女がうっすらと目を開けてパクスの方を見ている。
「治ったのか!?」
「……一時的にな」
その大きな声で気付いたのか、数人の仲間たちが目を覚まし、パクス同様男に襲い掛かったが、あっさりと捕まって全員が少女の前に座らせられる。一蓮托生で生きてきた仲間たちだ。
皆が治った治ったと喜んでいる間に、男がそっと立ち上がる。
それに気が付いたのはパクスだけだった。
外へ出ていった男が何をするのかとパクスはすぐに後を追う。
何が目的なのか、どう自分たちを利用するつもりなのか、見極めなければならなかった。
「……ちょっとこっちへ来い」
「……なんだよ」
当たり前のようについてきていることに気付いていたらしい男が、パクスを手招きする。捕まえようとすれば簡単に捕まえられることが分かっているから、パクスもあえて逃げ出したりせずに近寄っていく。
男はそれを意外そうに見つめていた。
「物分かりの良いガキだな」
男の乱暴な物言いにパクスは反応しない。
「あの紙袋の中身はやる。好きに使え。食い物が足りなくなったらまた来い」
「何が目的だよ」
「こまっしゃくれやがって。ガキに何かさせるほど落ちぶれちゃねぇよ」
パクスが大人のそんな言葉を信じるわけもない。
本心はどこにあるのかとやさぐれた目つきで男を睨みつける。
すると男はため息をついて、しゃがみこんでパクスに目を合わせた。
しゃがんで小さくなっても男の威圧感はさっぱり薄れない。
「何だてめぇこの、いっちょ前にガンたれやがって」
「何をさせるんだよ」
男は子供相手に大人げなくすごむが、パクスはそんなことで怯まなかった。
今更この男が自分をあっさりと殺すとは思えなかったからだ。
「お前らにできることなんか、俺一人でどうにだってなるんだよ」
「じゃあなんで構うんだよ」
「てめぇが人の家に盗みに入ったからだろうが」
パクスが黙り込むと、男はさらに続ける。
「俺みてぇな見るからに危ない輩の家に盗みに入らなきゃ、どうにもならないくらいに困ってたんだろうが」
「関係ねぇだろ」
「じゃあ俺が何しようとお前にも関係ないだろうがよ。折角あの娘の目が覚めたんだからさっさと戻ってやれ」
男はパクスを追い払うように手を振って、話は終わりだとばかりに家に戻って行ってしまった。
食料を分け合って食べながら丸一日が過ぎた頃、また少女の調子が悪化した。
紙袋にはどう使っていいかわからないものも入っており、パクスはイライラとしながら仕方なく男の家を訪ねることになった。
「おい! また調子が悪くなった! 治ったんじゃないのかよ!!」
「あ!? 熱覚ましも消毒用の薬草も入れといただろうが!?」
「知らねぇよ馬鹿、なんだそれ!」
「あ、クソガキこの! 賢そうな顔して糞愚かか!?」
男はバタバタと動いてローブを羽織ると、パクスを置いて走りだす。
パクスが慌てて後を追いかけ、拠点へ戻った時には、男はすでに少女に対する処置を終えたらしく、仲間たちに用途の分からないものに関する説明をしているようだった。
残念ながら仲間たちはその説明をさっぱり理解していないようだったが。
「遅ぇぞクソガキ。こいつらに説明しても分からねぇからお前が聞け。いいか、これが熱覚まし。飯の後に飲ませろ。こっちが傷口の消毒のための薬草。液体が出るまで潰して、一日一度怪我しているところに貼りつけろ。覚えたか? 覚えたな?」
「……覚え、た」
「ちゃんとやれ、ったく、これだからガキは……。最低限冒険者になりたてのガキくらいの知識があると思った俺の方も悪かったが……」
真剣な顔で説明をした後、男はぶつぶつと何かを言いながらその場を立ち去っていく。
「なんか、悪い人じゃなさそう」
「顔怖いけどね」
「うん」
仲間たちが口々にそう話すのをパクスは苦々しく思いながら聞いて、念のため「あまり信用すんな」と忠告をした。
そんなことを言いながらも、パクスはそれから数日に一度、男のもとを訪れるようになる。
物資が必要だった。
薬草を自力で集めてみようと色々聞いてみたところ、それがとても高価な物であることを知った。そのせいで余計に、男が何を企んでいるのかと疑わしく思うようになって、他の仲間たちを向かわせる気にはならなかった。
パクスはそれから五度、男のもとを訪れた。
半月と少しが経過する中、しっかりと治療をしているはずなのに、少女の容体はますます悪化していった。
六度目の訪問で、パクスは男の家を訪ねて怒鳴り散らす。
「ちゃんと……、ちゃんとやってるのにちっとも治らねぇじゃねぇか!」
男は眉間に皺を寄せて、珍しくパクスから目を逸らして、もみあげから繋がった鬚を手のひらでじょりじょりと撫でた。
パクスも、この発言が筋の通っていないものであり、ただこの男に甘えているだけであることに気が付いていたが、言わずにはいられなかったのだ。
なんとなく、この男が新しく何か解決策をもたらしてくれるのではないかと、考えるようになっていたのだ。
だからしばしの沈黙の間も黙り込んでいた。
男は深く深くため息を吐きながら呟く。
「……他のガキどもに言うなよ」
嫌な予感がしたがパクスは黙って男を睨みつけていた。
「あの子は、もう助からん」
男の口から吐き出されたのは、残酷で、しかしパクスもどこかで覚悟していた、現実的な言葉だった。




