乱暴な男
パクスはこれまでも、眠っている者から盗難をはたらいたことは山ほどある。
手に入るものの質や量も考えて、大抵は貧民街の中でも豊かに暮らしている者ばかりを狙っていたが、その点、家を構えてしっかりとした家具をそろえているこの家は良いターゲットであった。
これまで盗みに入らなかったのは、諸々の情報から、危なそうな人物であるという判断があったからである。
しかし背に腹は代えられなかった。
ほぼ何の音もたてず、完全に寝入ったのを確認してから潜入したはずであるのに、パクスは自分の体が持ち上がる瞬間まで、家主が目を覚ましたことにも、背後にいることにも気づかなかった。
瞬間、蹴りを放ちながら盗んだナイフを振り回したが、家主が腕を伸ばしただけでそのどちらもが空振り。
その辺にいる子供と同じように、ただひっ捕まってじたばた暴れているような滑稽な姿を見せるだけとなった。
「まったく子供が盗みに入るとはな……」
「放せっ、この……!」
パクスが武器を振り回そうとするたびに、家主がひょいひょいと腕を動かしてそれを未然に防ぐ。完全にパクスの動きの起こりを見切っているような形だ。
白髪交じりの鬚を伸ばした筋骨隆々の男は、パクスの動きを見て何やらニヤついているようでもあった。
「何をしに来た」
「くそっ、この、死ね!」
「おい、人の話を聞け」
男がいくら声をかけても、パクスがそんな話を聞くわけもない。
「放せって言ってんだろ!」
ついに自由な体勢から男の青空色の瞳に向かって振り下ろされたナイフ。
ためらいもなく、素晴らしいタイミングであった。
しかし男は、そのナイフの刃を空いている方の手でガシリと握り込んだ。
『しめた』とパクスがナイフを思いきり引き抜こうとしたが、それは万力に締め付けられたかのようにピクリとも動きやしなかった。
「話を聞けと言ってるだろうが、クソガキが。ひねりつぶされてぇか」
これまでに浴びたことのないような殺気が、パクスを震え上がらせる。
べきべきと音を立てて、手に握られたナイフが形を変えていき、ポイっと床に放り投げられる。パクスは何が起こっているのかさっぱりわからず、まるで悪夢を見ているような気分だった。
額に青筋を立てた大男が、今にも自分を頭からバリバリと食らうのではないかと、ありえない妄想がかきたてられる。
「もう一度だけ聞いてやる。何をしに来た」
それでもパクスは男を睨みつけて黙り込む。
こんな危険な奴に目的を知られるわけにはいかない。
他の仲間たちと同じく、ここでしくじった自分にできることは黙って死ぬことだけだと考えたのだ。
男は舌打ちをすると、パクスを片手で捕まえたまま家の中を横断して紙袋を引き出し、振り回して膨らませてテーブルの上に乗せた。
何をしているのかわからないが、チャンスだと思ったパクスは、何度も何度も素手で攻撃を仕掛けていく。しかしその攻撃は、ある時は腕の動きだけでいなされ、仮にあたったとしても、なんの痛痒も与えていないようであった。
必死の攻撃むなしく、気付けば男は紙袋の中にものを詰め込み終えていた。
男は空いた方の手でそれを持つと、家の扉を蹴り開けて外へ出ていく。
パクスがすっかり汗だくで息切れしているのに、男は僅かにも呼吸が乱れていない。三十キロ近い生き物を片手に持ち歩いている時点で異常だが、これだけ暴れまわって何も感じていないのはもはや化け物だ。
外の冷たい風にあたって、ふと冷静になったパクスは、この男が何をするつもりなのかと考える。
そして数瞬後には一つの可能性に気付き、再び暴れ出した。
「大人しくしてられねぇのか、このガキは……」
男はぶつぶつと文句を言ったが、パクスにしてみればそれどころではない。
何せ男は、パクスが今日やって来た道を正確に逆方向に辿っているのだ。
すなわち、仲間たちが暮らしている拠点へと、何の迷いもなく向かっている。
男が拠点付近にやって来たことは今まで一度もなかったし、ばれるような真似もしていなかったはずだ。それなのに男は、名前すらもないパクスがどこに住んでいる誰であるかを知っているのだ。
パクスは後悔しながらも、無茶苦茶に暴れるが、それは全て無駄に終わった。
もうすぐ拠点にたどり着いてしまうというところで、パクスはあらん限りの大声で叫んだ。
「みんな逃げろ!!」
いくつかの足音がして、仲間たちが逃げていくのが分かった。
男はそれを聞いても、逃げていくものを追いかけたりはしなかった。
ただすん、と鼻を少しだけ鳴らすと、妙な表情をしながら腰をかがめ、パクスが拠点にしていた、布を張っただけの路地に入り込んだ。
「なるほどな」
男はぽいっとパクスをその場に捨てると、地面に横たわっている少女に近付いて膝をつく。
辺りには腐臭が漂っていた。
男は手のひらに炎を浮かび上がらせ、持ってきた紙袋の中身を漁る。
何をするつもりなのかと、パクスは慌てて落ちていた角材を拾い、男の後頭部に向けて叩きつけた。
しかし、結果は角材が砕けただけ。
男は全く気にも留めずに行動を続け、少女の腹部の布をめくり、動きを止め、何かを考えるように顎鬚を撫でた。
パクスがくじけずに男に攻撃を繰り返していると、数秒後に振り返った男が低くどすの利いた声で告げながら素早く腕を伸ばす。
「邪魔するんじゃねぇよ、クソガキが」
ふーふーと、野生の獣のような目つきで暴れまわるパクスの頭を捕まえた男は、そのまま体を引きずって少女の腹部の近くまで寄せる。
「この傷から菌が入って、悪い血が全身に巡ってやがる。できれば患部は切り落としちまったほうがいいが、腹じゃどうにもな。あとは何とか消毒して栄養を取らせてぇが、こいつ意識が戻ることはあるのか?」
「んだ、わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」
切り落とす、という言葉を聞いてパクスがまた暴れ出す。
「あぁ糞が! これだからガキは……!」
男の手がひらめき、パクスの後頭部付近を殴打する。
そこで一度、パクスの意識は途絶えた。
じいじの書籍化が決まりました。
続報が出ましたら、また告知していきますのでよろしくお願いします~。
コミカライズもなんとなぁく進行中です。楽しみ楽しみ!




