虚像の作成
「私が考えているのは、貧民街の住人一万を王都の住民として組み込んでしまうことです」
「今だって俺らの一部は街で働いてるぜ?」
何を馬鹿なことを、といったふうにブルトンが言い返す。
「お金は貰っているでしょうが、正式に契約しているわけではないでしょう? そうではなく、皆を国民として認めてはどうか、と考えているのです」
言うは易し行うは難しだ。
ゾエもグンナイも沈黙する。
「王都はあまりに貧民街を放置しすぎました。救うべきものを救わず、罰するべきものを罰さず、見ないふりを続けてきたのです」
「そりゃあ直視すりゃあめんどくせえことばかりですからね。金だってかかるし、禄でもねぇ奴が堂々と街を歩くようになっちまう」
「世迷いごとに……、聞こえるな……」
貧民街をまとめている者からしても、自分の築き上げてきた土台をぶっ壊されるような提案だ。そのままそうですかと頷くわけにはいかず、当然文句をつけることになる。
しかもそれは至極正論だった。
なにせ王都がこれまで貧民街に触れてこなかったのは、臭いものに蓋をしていたからに相違ない。そうしてちらりと蓋を開けて火を投げ込んだのが、二十年前の一件である。
「本当にそうでしょうか?」
クルムは口元に指を添えて、貧民街四天王を順番に見つめていく。
やはりロンヌスが何を考えているか分からなかったが、それでもクルムは話を続けた。
「今の貧民街の大部分は、皆さんによってある程度組織化されていますよね?」
「おう。また燃やされちゃあ敵わねぇからな」
ブルトンが鼻息荒く答える。
そう、二十年前の焼き討ちにより、彼らは貧民街にある程度の秩序を作り上げたのだ。再び同じようなことが起こらぬよう、街を刺激しすぎないように気をつけつつ、貧民街内で暮らしていけるような仕組みを作り上げた。
クルムは貧民街に入ってから、その層についてグレイから学んだ。
入ってすぐの浅い層では、まだまだ貧民街に馴染まない者たちが暮らしている。
そして何かしらの理由で生きることを諦めたり休んだりしている者たち。
最後に、貧民街での暮らしに馴染み、最低限の秩序だった生活をしている者たち。
この秩序だった生活をしている者こそ、貧民街の主な住人であり、およそ八割強を占めることになるだろう。
彼らはここにいる四人が号令を下せば、渋々ながら言うことを聞く者がほとんどのはずだ。
すなわち、街に組み込むだけの準備が整っているということでもある。
街で暮らすというのは、秩序と共に生きるということである。
貧民街の住人が街で暮らせぬ原因は、生まれ、あるいはその秩序が理解できないためだ。しかし、二十年前の焼き払いは、皮肉なことに貧民街に秩序を作り出した。
「ならば皆さんが号令をかければ、貧民街の多くの住人は一時的に話を聞いてくださるでしょう。区画整理が必要な部分からの立ち退きを要請し、代わりの場所を用意することは十分に可能なはずで」
「まぁ、そりゃあできなくはねぇだろう。でもそりゃあ結局、俺たちから場所を取り上げるだけにはならねぇか?」
ブルトンの疑問ももっともだ。
一時的には抑えつけられたとしても、ゆくゆくは不満がたまって暴動だって起こりかねない。四天王とはいえ、一方的に命令をしてばかりいれば求心力は下がる一方だ。
「物事には順序があります。貧民街が組織立って動くことが可能だという実例を作ることで、貧民街の住人が十分に労働力となり得ることを示すのです」
「脛に傷があるものも多いですぜ?」
ゾエが鋭い眼光でクルムに尋ねる。
貧民街に住んでいるということは大小にかかわらず犯罪に関わっていることが多い。例えば小さな窃盗や暴行なんて言うのは日常茶飯事だ。
もし街の機構に組み込まれたとして、それをいちいち取りざたされて酷い扱いをされるくらいならば、貧民街を維持した方がましである。
「皆さんが私に協力をしてくださるのならば、私が王位に就いた際に恩赦を下します。大量殺人や更生の余地がない者もいるでしょうから、全てとはいきませんが」
「王女殿下の仰る通り、貧民街の住人は多い……。そううまくいきますか……?」
グンナイの懸念ももっともである。
何も考えずに野に放たれたところで、結局まともな仕事にありつけず貧民街が再形成されるだけだ。
「ここに集まって下さった皆さんを中心に、商会を立ち上げても構いません。もし皆さんに建築に携われる方がいるのならば、貧民街の土地全体に統一規格の家を作ってみるのもいいでしょう。きっと大きな事業になるはずですから、それを統括していただいても構いません。兵士や〈要塞軍〉への推薦もしましょう。教会からの支援も充実させて、生活に困る者も減らしましょう。十年単位で見ていけば、きっとどこからか、国は富んでいくはずです」
クルムは少しばかり体を前のめりにさせて目を輝かせる。
子供のように理想を語っているだけにも聞こえるが、一方でその瞳は大望を抱いた者独特のぎらついたものにも見えた。
「王家がそんな長い目で見てくれるとは思えないんですがね。そんな理想、通りますか?」
「もちろん、集まりの際には上手に話を進めます。彼らは貧民街の実態を知りません。王都の中で貧民街に詳しい陣営は、パクス商会と手を組んでいる私たち、花街や冒険者と組んでいるファンファお姉様。そして街の犯罪について詳しい騎士団や兵士たちに、施しを行っている教会。すべて私の陣営で押さえておりますので」
ゾエたちは改めて並べ立てられたことで、見事に貧民街周りの陣営をクルムが押さえていることに気付く。
これはもちろん成り行き上のことも大きく関係しているが、こうして乗り込んできたクルムと向き合っている彼らは、とてもそうは思わないだろう。
ゾエやグンナイ、そして察しの悪いブルトンでさえも、クルムの実力を一段大きく見定める。
これをクルムは意図して行っており、そして見事に成功させた。
グレイもお得意のはったりである。
勘違いしたのならば大いに勘違いさせてやればいい。
気づかれる前に、その幻想に追いつけばいいだけだ。
クルムはそう開き直って、自信たっぷりなふりをして微笑むのであった。




