小さな体に頑丈な心
「それで俺たちゃ結局何のために連れてこられたんだよ」
顔に拳の跡がついたままのブルトンが、不満そうに声を上げる。
彼ら残りの三人が、この場にいて知らない人物はクルム一人であるから、自然とそちらに視線が集まった。
「私、クルムがゾエさんに頼んでお集まりいただきました。多少強引ではありましたが、緊急の事態のためご容赦いただきたく」
「……どうも行儀の良い偉そうな雰囲気がプンプンするな。グレイ爺さんがこんなのと関係があるなんて意外だぜ」
ブルトンがじろじろとクルムを観察している間に、グンナイはぽつりと「クルム……まさかな?」と呟く。ちなみにロンヌスは腕を組んだまま、口を閉ざして何一つ言葉を発しない。
何かを考えているのか、考えていないのかは不明だ。
ただ今の時点で分かったことは、ブルトンがゾエやグンナイほど、王都の情報を集めていないということである。
「皆さん、二十年ほど前に行われた、貧民街の焼き払いをご存じですか?」
クルムの問いかけによって、ブルトンとグンナイの表情が急に引き締まって黙り込んだ。ゾエはあらかじめ知っていたので顔色を変えず、ロンヌスは相変わらずのだんまりだ。
「あれは十年に一度行われる〈万年祭〉の前に、街並みを整えることが表向きの目的でした」
「表向き……、ねぇ……」
グンナイが意味ありげに呟いて空を睨みつけ、ブルトンも不愉快そうに鼻を鳴らした。
「もう一つ、王宮向けの目的として、当時王位継承争いで優勢を保ち、即位寸前であった現国王陛下の威勢を見せつけるために行われた行為でもありました。大勢も決していたからこそ、誰も逆らわなかったのでしょう。貴族たちはこぞって兵を出し合ったと聞きます」
「ちっ、そんなつまんねぇ話をするために集めたってんなら、俺は帰らせてもらうぜ」
ブルトンが不愉快そうに顔を歪め、クルムを威嚇するように立ち上がる。
クルムはひるむことなくその巨漢を見つめながら話を続ける。
「年が明ければ〈万年祭〉が始まります。今の王位継承争いも、来年の一年程をかけて終わることになるでしょう。このたびの王位継承争いで優位を保っているのは、第一子であるヘグニお兄様です」
「……お兄様だって……? お前、まさか……」
ようやく気が付いたブルトンが、クルムの正体を確認しようとするが、クルムはそれも無視して話を続ける。
「ヘグニお兄様は当然、現国王陛下の流れを踏襲して、貧民街を焼き払おうとするでしょうね。察するに今回のそれは、前回のものより大規模になることでしょう。代々権力を引き継いできたヘグニお兄様ならば、それを力押しでやり切る地盤があります」
シンとその場が静まってから、ブルトンが顔を赤くしながらクルムに詰め寄っていく。
「じゃあなんだてめぇ、最後通牒にでもやって来たってのか? おお? ぶち殺されねぇとでも思っていやがったか? 俺たちはな、あの焼き払い以来、貧民街を組織立たせて、力を蓄えてきたんだ。ただじゃあやらせねぇぞ」
「おい、やめておけ……」
「グレイさん、止めたほうがいいんじゃねぇのか」
グンナイがブルトンに忠告し、ゾエがグレイに対して声をかけたが、グレイはロンヌス同様腕を組んだまま黙り込んでいる。
いよいよ近寄ってきたブルトンが、片手でクルムの胸倉を掴んで持ち上げた。
「てめぇを人質にして、今すぐ王宮に乗り込んでやろうか……?」
「おい、ブルトンいい加減に……」
仕方なくゾエが介入しようとしたところで、体を持ち上げられているクルムの方がそちらに手のひらを向けて制止した。
「そんなことよりも、もっと良い方法があるからわざわざここまでやってきて、皆さんを集めたんです」
「なんだてめぇ……」
ブルトンは力自慢の巨漢だ。
怒った顔をして近寄れば、それだけで大人の男だって地面に額をこすりつけて謝罪をする。
それがどうしたことか、体積が半分、いや、四分の一にも満たないような少女が、体を持ち上げられたまま、真っすぐにブルトンの顔を睨み返しているではないか。
グレイが横にいるからか。
ブルトンはそう考える。
しかしグレイが一向に動く気配がないのだから、少しくらい焦る顔を見せたっておかしくないはずだ。
それなのにクルムは焦らない。
どうにも勝手が違って気持ちが悪かった。
「焼き払いが行われるかどうかは、来月の集まりでの話し合いで決まります。それまでに私がより利のある提案を準備できれば、ヘグニお兄様の提案を退けることができるでしょう」
「てめぇのような小娘に何ができるってんだよ!」
「私のような小娘がヘグニお兄様に勝利しない限り、貧民街に未来はないと言っているのが分かりませんか! その大きな体は何のためにあるのですか! 腹が立つからと、私のような小娘を捻りつぶすためのものですか? あなたが築いてきた地位や信用、そしてあなたを慕う人々を守るためのものではないのですか!?」
足をプラプラとさせながら次々と言葉を浴びせるクルム。
それは傍から見れば滑稽ですらあったが、顔のすぐ近くで目を合わせているブルトンはそうは思えなかった。
まるで同格か、それ以上の者から叱責されているような、妙な迫力に気持ちが押し込まれてしまう。
それでもそんな内心をこの場にいる他の者に知られるわけにはいかない。
ブルトンにだって面子がある。
「この、クソガキが……!」
怒りのあまりクルムを地面に叩きつけようとしたところで、首筋に刃物と、鋭い針のようなものを突き付けられて動きを止めることになった。
「いい加減にしてくれや、ブルトン」
「私はわざわざ頬を張られてきてるんだ……。お前ひとりで話を進めるんじゃねぇ……」
左からゾエ、右からグンナイの忠告が入り、ブルトンは内心少しだけほっとしながら舌打ちをして、ゆっくりとクルムを地面に下ろした。
「……あんまり俺を舐めるんじゃねぇぞ」
「舐めていないから、こうして手を貸していただくためにやって来たのです」
小さなころから殴り合い、屑だカスだと言われて育ってきたブルトンには、その返答がどうにも心地よかった。だからこそそんな気味の悪い内心を誤魔化すために、また不機嫌そうに鼻を鳴らして、元の場所へ戻ってどっかりと地面に座りなおす。
一番の荒くれ者が引っ込んだことで、その場はどうにか、クルムが話をできる程度に整ったようであった。




