揺さぶりをかける
ゾエからすればグレイが味方をしているというだけでも、クルムの話を聞くのに十分な理由である。こうなった以上、ゾエがクルムと対面している間にやるべきことは一気に増えてしまう。
まず、グレイがどれだけ本気でクルムの教育係を引き受けているのかを把握する必要がある。
グレイの異常な強さを知っているからこそクルムに手を貸すのだとすれば、途中でそのグレイにはしごを外されては話にならない。
それからもう一つ。
いくらグレイが味方をしているからとはいえ、王位継承争いとなるとどこまで対抗できるのかがゾエには分からない。まずもってクルムの優秀さを知る必要があるし、その上で王位継承争いに勝てる確率がどれほどなのかを見極める必要がある。
そして大前提として、クルムが王位に就いて本当に自分に得があるのか、これが一番大事だろう。
ゾエが必死で頭を働かせているのが分かった上で、クルムは話を続ける。
クルムの目的は、ゾエの協力を取り付けることであって、ゾエにこの瞬間に正常な判断を下させることではないのだ。
「さて、そんな情報通のゾエ殿ならばご存じかと思いますが、私は近頃急激に勢力を伸ばしています。まず、こちらの貧民街に縁のある大商会や、王都に拠点を持つ貴族派閥の一部を味方につけています。王族ですと、冒険者や商人界隈に顔の利くファンファお姉様や、騎士団に近しい場所にいるハップスお兄様。そして教会勢力を率いているルミネお姉様は、私を応援してくださっています」
「そりゃあ……、すさまじい勢いですねぇ」
現状を一気に伝えられると、ある程度状況を把握しているゾエでも、これは可能性があるのかなと思う程度の大所帯だ。
とりあえず情報整理のために頷いているとクルムは更に話を続ける。
「ただし、このままでは第一子であるヘグニお兄様に勝利することは難しいでしょう」
急に自分にとって不利な情報を暴露したクルムは、それでも先ほどと変わらぬ強い視線で、じっとゾエのことを見つめていた。貧民街の満たされぬ者たちの目つきを山ほど見てきたゾエであるが、クルムの目はそれらを上回るほどにぎらついている。
ゾクリとするような、妙な感覚を覚えたゾエは、つばを飲み込んでクルムの目を見つめ返す。
「まだまだ味方が必要です。貧民街の人口は王都全体の一割弱。それらすべてを味方にすることができれば、私はまた一歩、ヘグニお兄様の背中に近付きます。この手を届かせることができれば、私は何としてでも王位をもぎ取ってみせましょう。……ゾエ殿、私に協力しませんか?」
ここまで、具体的な方策も、条件もさっぱり提示されず、ただただクルムの今の状況と勢いのままに味方をしろと迫られただけである。
それでもゾエは、クルムから発せられる熱のようなものを感じて、僅かながらに自身の感情が揺れるのを感じていた。
ゾエは長らくこの貧民街で生きてきた。
そんな中で、ここが勝負どころだとか、こいつは何かするんじゃないのかという予感に駆られ、そこに賭けて生き残って大きくなってきたという経験がある。
何かに成功したり、人を多く率いるような者は、大抵そんな経験があるものだが、とくにこの貧民街ではその頻度が多い。なにせ持たざる者である間に、幾度も幾度も、命のやり取りをせざるを得ない場面が訪れるのだ。
ゾエは今この会話に、そんな時の独特の流れを感じていた。
のるかそるか、その場面であることだけは分かる。
だからこそゾエは腰を軽くしなかった。
「いや、感動しました。やはり王族の方が仰ることは違う……!」
いったんは話に乗るかのようにクルムのことを持ち上げる。
大抵の若造が、ちょっとばかり持ち上げてやれば希望に目を輝かせるものだが、クルムはゾエのそんなおだてを微動だにせずに乗り切った。
ただじっと、ゾエの心の中を探るようにじっと顔を見つめている。
『やりにくいったらねぇぜ、金持ちのぼんの癖によ』
ゾエは内心で毒づきながらも話を続ける。
「しかしこんな俺に、殿下はいったい何を求めているので? 俺なんかが、ご期待に添える働きができるとは思えねぇんですよ」
「……ゾエ殿は、この東地区の闇市をまとめていらっしゃるのですよね?」
グレイが与えた情報を確認してくる。
もしグレイが横にいさえしなければかわすのは簡単なのだが、目の前ですっとぼけるわけにもいかない。
「……まぁ、一応そういうことになっていますが、何でも言うことを聞かせられるわけじゃないですぜ」
「それはそうでしょうね。……しかし、皆に通知を出すことくらいはできるでしょう?」
「……闇市にはほとんどこねぇ奴もいるので何とも」
これは嘘だ。
やろうとすればやりようはいくらでもある。
もっと情報を引き出すべく、話をポンポンと進めないように、謙遜しているふりをしているだけだ。
「そうですか……。では他に、貧民街に広く情報を伝えられる人、あるいは貧民街の方々を動かすことができる人を紹介していただけませんか? 急ぎで、どうしてもお知らせしなければいけないことがあるのです」
すっとクルムの熱が冷めたのを感じて、ゾエは内心で慌てた。
この話を受ける受けないはともかくとして、自分のあずかり知らぬところで話が進むのは一番最悪だ。
「いやいや、どこへ行っても一緒ですよ。貧民街ってのはそんなにまとまっていませんからね。しかしどうしてもっていうのなら、俺が一番話ができる奴じゃあないか、って自負はありますよ」
「そうですか、では相談させてください」
クルムがにっこりと笑うのを見て、ゾエは自分が交渉の場に引きずり出されたことに気が付いた。それと同時に、この年でそこまでできる少女ならば、話に乗ってもいいのではないかという気持ちにもなってくる。
「このままでは貧民街が焼き払われます。私はそれを防ぐためにここへ参りました」
そんな前向きに構えていたゾエに、クルムからあまりに重すぎる爆弾が投下された。




