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転生爺のいんちき帝王学 〜日の目を見ずに生きてきた最強爺、隠居間際で弱小王女に拾われる〜  作者: 嶋野夕陽


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グレイはどこにいてもさして変わらない

「……きっと、貧民街にいる人たちの中でも、選別は必要なんでしょうね」

「ふむ、続けよ」


 ゆっくりと歩みを進めていると、考えがまとまったらしいクルムが呟いた。

 選別、と言うと聞く人が聞けば機械的で乱暴な言葉に思われそうだが、グレイは注意などせずに先を促す。 


「つまり……、彼らが街で働きたいのか、仕事を得たいのか、それとも今のままでいたいのかを知る必要があると思うのです」

「時間がかかるじゃろうな」

「私がやるべきことは、〈万年祭〉までに、貧民街の区画を整理することです。ですから、実際に行動に移すのは今ではなく、いずれ王位についた時のことになるでしょう」


 今から着手したとして、そういう意見を吸い上げる機関を準備するだけでも数カ月かかることであろう。半年ほど先にある〈万年祭〉に区画の整理を終えていなければならないのだが、そんな調子ではどうしたって間に合わない。


「仮定の餌で貧民街を動かそうというのか」

「はい。ただし嘘を吐くつもりはありません」


 クルムは冷静に、今できることできないことの分析をし、現実的な方策をグレイに告げる。それは一見、貧民街に空手形の約束を押し付けているようにも見えるが、それと同時に、クルムが正しく貧民街の状況を理解した証拠でもあった。

 グレイも、圧倒的な暴力を使うこと以外で貧民街を動かすには、それくらいしかないだろうと考えている。


「これが可能と思ったのも、貧民街の中にこれ程の闇市があることを知ったからです。この場所を作った人、あるいは管理している人々は、利に敏いはず。東西南北にあるという、闇市のまとめ役と相談することができれば、もっと具体的な先が見えて来るのではないかと思います」

「なぁるほどのぅ」


 グレイは相槌を打ちながらカッと目を見開く。

 貧民街にグレイほどの背丈を持つ者はまれだ。

 頭一つ抜けているグレイの視界には、この闇市を歩く人々の顔が良く見えている。

 例えば、グレイの顔を見た瞬間に、さりげなくさっと踵を返した、顔に大きな傷のある男の顔などが。


「では遅れずについてこい!」


 グレイが大股で、するすると人の隙間を縫うようにして歩き出す。

 それは街の大通りでずんずんと歩いている時よりもずっと早く、クルムが本気で駆け足をしなければ見失ってしまいそうな速度だ。


 見失っては大変だと必死で追いかけること五分ほど。


「おい」


 そう何者かに声をかけて急に立ち止まったグレイ。

 慌てて追いかけてきたクルムも、その背中に顔をぶつけて足を止めることになる。

 クルムが鼻を押さえながら横に避けると、グレイの視線の先には、背筋をピーンと伸ばしたまま固まった男性が一人立っていた。

 頭にはぐるぐると布を巻いたやせぎすの男だ。


「おや、この声はよもや……、あ、グレイさんじゃないですか! 奇遇ですね!」


 振り返った男の顔には斜めに大きな傷があった。

 男はその顔を精一杯しわくちゃにして愛想笑いを浮かべながら手もみして振り返る。


「さっき儂の顔を見た瞬間に振り返って逃げようとしたじゃろう」

「……まさかぁ、ちょいとばかし急ぎの用事を思い出しただけですよ」

「ほう……、急いでいるというのならばその用事、さっさと済むように手を貸してやろう」

「いやいやそんな……」

「遠慮するでない、儂らの仲じゃ、金などとらん」


 グレイにしては殊勝なことをいうものだと、クルムが訝し気に顔を見上げているとさらに言葉が続く。


「ただし大したことがない用事であったと判断した場合には、お主が儂の顔を見て逃げ出したのだと判断するが」


 グレイが右手をぎゅっと握って拳を作ると、ギチチと、およそ人体から発生しえないであろう妙な音がする。きっとその拳はとてもとても硬いのだろう。

 顔中に皺を作っていた男であるが、それがさらに引きつった。

 クルムはやっぱりいつも通りのグレイであったと思うのと同時に、器用な男であると感心する。


「グレイさんと話をするより大事な用なんて……、あるわけないじゃないっすかぁ……。折角ですからちょいとばかり場所を替えて話をしましょうか」


 男が声を絞り出すと、グレイは納得したように拳をほどいて、その男の案内に従った。


 たどり着いた場所は、闇市の一角。

 人通りの少ない場所で火が焚かれており、それを番している子供がいたが、男がやってくるなり慌てて場所を空ける。

 男はそんな子供に対して、ポケットから取り出した硬貨を、指でぴんと弾いて投げ渡した。


「……さて、今日は何があったんです。そんなお上品なお姫様までお連れなさって」


 この男、身分までわかるのかとクルムは一瞬背筋がヒヤリとしたが、すぐに気持ちを立て直す。おそらくお姫様というのはただの軽口であって、本当にクルムの身分を看破したわけではないはずだとすぐに判断をしたからだ。


「この間の件、片付いたぞ」

「……片付いたってぇのは……、人が消える件です?」

「それじゃ。ま、新たな輩が現れん限りはもう起こらんじゃろう。もしあったとすれば、それは模倣犯じゃ。探してぶち殺すのが正解じゃろうな」

「へぇ……、そりゃあ耳寄りな情報だ。流石だぜ……」


 箱に座り込んで膝を抱え込んだ男は、先ほどまでの情けない表情から一変。

 口元を手で覆い隠し、鋭い目を何かを考えるように忙しげに動かしていた。

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