気の進まぬ報告
ファンファが立ち去ってからも少しばかり仕事をこなしたクルムは、昼食を食べた後外へ出ることにした。
今回の目的は、旧貴族派閥であるモーリスとフルートに、状況の説明をすることだ。たった数日で、また随分と状況が変わっているので、きちんと伝えておかないと、彼らもどうしていいかわからないだろう。
先に向かうのは、旧貴族派閥でも筆頭であった、侯爵家であるモーリスの家である。
クルムはいつもと変わらぬように街の人々と言葉を交わし、貴族の屋敷が立ち並ぶ道を進んでいく。数日前の夜には、薬物兵に警戒をしつつ進んだ地域だ。あの時は不気味に思えた道のりも、日中の穏やかな日差しの下だと、ただの穏やかな散歩道である。
貴族の屋敷が立ち並んでいるだけあって、石畳はしっかりと整備されており、メインの通りは馬車がすれ違えるほどに広い。わき道に入っても酔っ払いや浮浪者の姿は見当たらず、鳥の鳴く声ばかりが響いている。
こんな穏やかな通りで、あれほどに凄惨な貴族殺人事件が起こったとは、知らぬ者は想像することもできないだろう。
「憂鬱ですね」
「まーたそんなことを言っておるのか」
これからクルムは、父親が犠牲となったモーリスやフルートに対して、事実を隠した状態での現状を報告することになる。自分の役割であり、すべきことだと分かっていても、気が乗らないことには違いなかった。
「ただの愚痴ですよ。ちゃんとやります」
「うむ、王を目指すのだから仕方あるまい。王などくだらんぞぉ。嘘まみれの血塗れじゃ」
この教育係は、クルムを王にするために一緒にいるはずなのに、隙あらば王という地位に対するネガキャンをしてくる。
王侯貴族嫌いは筋金入りだ。
「血塗れにするのは先生じゃないですか」
グレイのくだらない軽口に対して、クルムが負けじと減らず口を返す。
するとグレイはにやりと笑った。
「いやいや、王族は言葉一つで人を殺そうとするからのう。儂なんて自らの手でやっとる分かわいい方じゃ」
「実行犯が誰だろうと、結果が一緒なら同じだと思いますけど……」
通りに人がいないことを良いことに、この師弟、好き勝手なことを話している。
この大通り、普段はもう少し人が出歩いているのだけれど、バッハ侯爵たちの訃報を聞いて、皆外出を控えているのだろう。
クルムがモーリスたちに報告を済ませれば、そこから貴族内に噂が広まり、やがて彼らも教会の異変に気が付き、今回の件が知らぬうちに事態が収束していたと理解するだろう。
そこに、クルムの活躍があったとでもすり込めればしめたものだ。
なんにしても、そうなれば人通りもきっとすぐに元に戻る。
バッハ侯爵たちの死も、好き勝手に噂されるか、近しいもの以外からは忘れられていくのだろう。
ややあって屋敷に到着すると、二人は丁重に迎え入れられて、そのままモーリスの元まで通される。
モーリスはわずか数日で、すっかり亡き父の執務室を使うことに慣れたようであった。二人を当たり前のように迎え入れて、テーブルを挟んだソファに腰かけて向かい合う。
軽い挨拶を交わしている間に、使用人が茶や菓子を持ってテーブルの上に置いて出て行った。
普通ならばもう少し時間がかかるところなのだが、今のこの屋敷は、バッハ侯爵の訃報を受けての来客が多く、茶や菓子を常に絶やさぬようにしている状態なのだ。
「なにやら教会の方が騒がしい、と聞いています」
モーリスの下には、バッハ侯爵が育てた暗殺部隊の多くが残されている。
街の情報についてはちらほらと入ってきているのだろう。
「ご協力のお陰で、黒幕を突き止めることができました。バッハ侯爵閣下を襲ったのは、教会勢力です。主に教皇と、【人形遣い】と呼ばれるエルフの老婆が、動いていたようです。教皇は、教会に潜入し調査をしていたジグ殿の手によって命を落とし、【人形遣い】は逃亡しました」
「そうですか…………」
モーリスの返答は、ただそれだけだった。
ただ、クルムの話を聞いている間の表情の変化や、聞き終えてからの深い溜息と、額を覆って俯く姿は、この結果を喜んでいるようにはとても見えない。
あまりの急展開について行けてないのだろうと判断したクルムは、しばし黙ってモーリスが顔を上げるのを待った。
「……朗報です。クルム様はすぐに動き、仇を取って下さった。そして私たちバッハ侯爵家を大事にすると約束してくださった。私のやるべきことは、それを旧貴族派閥に伝え、協力者を募ることでしょう」
ほんのわずかな期間で、バチリと気持ちを切り替えたのだろう。
貴族の当主としてはまだまだ未熟かもしれないが、その若さを考えればいずれはあの老練な父侯爵のように頼りになる存在になっていくことだろう。
「……ありがとうございます。これはもう、外へ出して構わない話ですが、今回の騒動を経て味方を増やすことができました。これまでも協力してくださっていたファンファお姉様に加え、ハップスお兄様と、つい先日まで【人形遣い】によって操られていたルミネお姉様も味方に付いて、私の後押しをしてくださることになりました」
ルミネは傍から見て教会勢力だ。
今回の事態を考えれば、モーリスからは嫌悪を示されてもおかしくない。
クルムは一呼吸おいてモーリスの表情を確認してみたが、それらしい様子は全く見られなかった。
内心はどうあれ、やはり先ほどのわずかな時間でしっかりと気持ちの整理をつけ終えたようだ。
「状況は大きく変化しています。もはや私たちの前に立ちはだかるのは、本命であるヘグニお兄様と、外の国とのつながりを持っているジグラお兄様くらいのものでしょう。今要職に就けていない旧貴族派閥に、これが最後の機会だと、再度声をかけてみてください。そうですね……、〈万年祭〉までに、立場を明確にするように、とも。……もちろん、先だって味方してくださった方々との区別をさせていただきますが」
クルムが真っすぐにモーリスを見つめながら要求を伝えると、モーリスは同じく表情を引き締めて頷く。
「承知いたしました。微力を尽くさせていただきます」
代替わりで忙しいはずであるが、はっきりと宣言をするモーリス。
「頼りにしています」
この件に関してクルムができることは、ただこの青年を信頼して任せることくらいであった。




