前哨戦の計画
しばらく黙っていたかと思ったら突然余計な茶々を入れて来る爺さんである。
クルムが咳ばらいをして空気を作り直す。
「およそ半年後の年明けに、〈万年祭〉によって地方貴族も含めてほぼすべての貴族が王都に集まります。今回はその前哨戦で、貧民街をどうするべきか考えてくるように、と陛下から議題が出されています」
〈万年祭〉というのは、十年に一度開催される祭りのようなものだ。
王国の永久の発展を願って行われるのだが、要は地方貴族などを王都に招いて威信を見せつけるための大規模な行事である。
王位継承争い中に開催される場合、候補者たちが地方貴族に自らの力をアピールするための絶好の機会でもあった。
「貧民街の拡大は確かに問題となっています。ただし、そこから人材を拾い上げることができることも、また事実です。例えば、王都の耕作地を広げるなどの政策をとって、彼らに仕事を与えることができれば、その分王都を豊かにすることができます」
「つまり……、クルムは貧民街に暮らす者たちをできるだけ守る方針を取りたい、という事か」
「はい、その通りです」
ハップスの確認に、クルムは大きく頷いた。
「それは……、どうなのかしら」
難渋を示したのはファンファであった。
意見を聞くためにクルムが視線を向けると、ファンファは難しい表情をしたまま続ける。
「陛下がまだ王位継承争いをされていた時の実績に、〈万年祭〉前の、貧民街の焼き払いがあるわ。その提案は陛下の機嫌を損ねることにならないかしら?」
「十分にあり得ます。ですから、陛下の功績をたたえた上で提案をするつもりです。あれがあったからこそ、王家の威光が十分に響き渡り、この度は焼き払いをしなくとも十分に貧民街の管理ができる。そういう話の持っていき方をするつもりです」
「賭けよね」
「はい、賭けです。どう受け取られるか分かりませんが、博打をしなければ得られないものもあります。ヘグニお兄様は当然焼き払いを提案してくることでしょう。まずは時間を貰って私が挑戦しつつ、うまくいかなければヘグニお兄様に従う、という形でも構いません。王位継承争いに参加したばかりの私には、〈万年祭〉までに結果が必要です。ヘグニお兄様に逆らって、なおうまくいった、という結果が」
クルムの瞳には、グレイに食ってかかってきたときのように、静かに、しかししっかりと意志の炎が灯っていた。若いクルムの強気な姿勢は、三人の王族にも伝播し、それならばやってみるかという気持ちにさせる。
この人を巻き込んでいく力は、クルムの魅力の一つでもあった。
「それがあったから……、私を仲間に引き込んだのかしら?」
「構想にはありましたが、ルミネお姉様を引き込むことで現実的になった、というところでしょうか」
教会勢力は貧しいものに対する影響力が強い。
不祥事を起こしたばかりであるが、それでもなお教会の力は強いはずだ。
クルムとしては、ルミネには教皇の悪事を暴いた奇跡の聖女、として人気を博してもらわねばならない。
実際教会を立て直していくためには、ルミネを押し立てていくしかないはずなので、自然とそうなっていくというのが、クルムの目算なのであるが。
「色々考えているのねぇ」
おっとりと呟くルミネ。
それに対してハップスとファンファが変な顔をする。
つい先日まで何を聞かれてもツンとしているし、何を喋る時も淡々と事実しか述べず、他者には冷たい流し目ばかり送っていたのがルミネなのだ。
そんなにぽわぽわとした雰囲気を出されると、寒冷地から突然春先の穏やかな場所に連れてこられたような気分になる。
こっちがルミネの本性だと言われても、十年見続けたものであるからして、急に慣れるものではない。
「はい、色々と考えているので、ルミネお姉様も、ジグ殿も、どうかご協力をお願いいたします。今回の件をどのように人々に伝えるかも、一緒に考えておきましょう。教皇は選挙が必要ですが、それまでに代理人が指揮を執っていくでしょうから、予定が合い次第、一緒に相談をさせてください」
「……承知しました」
ルミネがこくりと頷いてジグの太ももをぽんぽんと叩けば、ジグも渋い顔をしつつも深く頷いた。
民衆全てに嘘をつくことになるだろうから、ジグにとってはなかなか厳しい話だ。
だが今更嫌だと投げ出すわけにもいかない。
全てを投げうって助け出したルミネが乗り気なのだから、ジグは黙ってそれに従うのみだ。
「来月の報告会までに下地を整えます。教会との相談。それから旧貴族派閥の二人に今回の事情の説明をし、改めて味方になってくださる方を選定します。隙を見てパクス殿にも相談しつつ、〈要塞軍〉の方にも協力の手紙を出しておくつもりです。これは場合によっては貧民街の人材を受け入れられるか、確認を取る為です。お兄様お姉様方も、何か提案がありましたら何でもおっしゃってください。お力を貸していただけますと助かります」
クルムはしっかりと頭を下げる。
顔を上げると三人の兄姉が、それぞれ穏やかな表情でクルムを見守ってくれていた。家族が皆いなくなっていたと思っていたクルムにとって、これは望外の喜ばしい状況であった。




