これで退散
「……当時副団長であった私の父が、ジグに潜入調査を命じた。これは騎士団において、あるまじき行為であるが、王族であるルミネ王女殿下の命を守るためには仕方がなかった。国法において、王族を守るために他者を犠牲にすることは罪とはならない。騎士団の規則において潜入調査を命じることは違反であるが、命じた父はすでに職を辞していて裁きようもない」
「トルメン殿はそんなことは……!」
そんなことはホワイトだって分かっている。
自分を納得させるために、存在しない事実を作り出しているだけだ。
グレイがにやにやと笑っているのが非常に気に食わなかったが、それでもホワイトは話を続ける。
「ジグは適切な時に潜入調査の役割を果たし、見事ルミネ王女殿下の命を守って見せた。これは素晴らしい功績であるが、同時に潜入調査をしていたという事実を外へ漏らすのは不名誉なことである。本人が望むのであらば、詳細は公開せず、ジグの働きによって今回の件が解決したという結果だけを公表する。その成果によってルミネ王女殿下に信頼されたジグが、殿下の希望により、副団長でありながら、殿下の護衛を務めることを許可する。ただし、手が回らない分は、自ら選んだ騎士に補助を頼め。バミ殿、これは法的に問題はないですね」
「ない」
ホワイトは天井の隅を睨みながら発言を終えて、そのまま立ち上がって部屋の外へ向けて歩き出した。
「団長、これではあまりに……!」
「本来潜入調査を命じられたものも、断るべきではある。だが上官の命令に逆らうことが難しいことも事実だ。その責は上官にある。それでも潜入調査に関して罪悪感を抱いているのならば、今後も騎士団の発展に寄与することによって晴らせ。私はこれ以上この件について議論するつもりはない。どうしても議論がしたいのであれば、私を団長から引きずり降ろし、自ら団長となって勝手にやれ」
ホワイトは誰とも目を合わせることなく、そのまま扉を開け、部屋から立ち去って行ってしまった。
残された部屋では、ジグだけが腑に落ちない顔で床の板をじっと見つめている。
その肩にはルミネがそっと手を添えており、クルムはそれを、やはり強かだなと思いながら横目で見ていた。
「のう、バミよ」
「なんだ」
「『罪を大きく見るあまり、過去の事実を否定するというのは、現実からの逃避に過ぎん』らしいぞ」
「やかましい、さっさとくたばれ」
先ほど自分がジグに対して言った言葉を、そのままオウム返しされて、バミは額に青筋を立てながらグレイを罵った。
もしかしたら言ってくるのではないかと思っていたが、やはり実際に嬉しそうな顔で言われると腹が立つものである。
「よぼよぼ爺よりは長生きするわ。……折角じゃから、儂もお前と同じことをしてやろう。当時お前がおらねば、息の合わぬ儂らはエルフの森への到着は遅れ、迷いの結界を適切に渡ることもできず、スペルティアの救出はおろか、エルフの生き残りを何人連れて帰れたか分からんかったじゃろうな。儂はお前の首の上に載っているものの価値を知っているぞ。すっかりしわくちゃになってしまったがな」
そう言いながらグレイは長い鬚を撫でながら立ち上がった。
「さてクルムよ、帰るとするかのう。その年で連日夜更かしは体に悪い」
「そうですね……」
まだ話は中途半端だが、切り上げ時ではあるのも分かる。
グレイとしては、ルミネのことはジグに、スペルティアのことはバミに任せておけばいい、という判断なのだろう。
二人の女性の様子を窺うと、その場から立ち上がって一緒に帰る気配はなかった。
動揺しているのは男の方ばかりである。
「ルミネお姉様のことはジグ殿に、スペルティア様のことはバミ大臣にお任せいたします。先生のおっしゃる通り、私はすでに眠気が酷く、そろそろ休ませていただきたく存じます。何か相談がございましたら、また日を改めまして明日以降にお願いいたします」
「お、お待ちください」
話をしている間にもグレイはどんどん勝手に進んでいく。
当然ジグの制止の言葉なんて完全に無視だ。
ちなみにいくら止めても無駄だろうと分かっているバミは、苦々しい表情をしながらも何も言わなかった。
「申し訳ございません。先生に置いて行かれると、夜の王宮は少しばかり危険ですので。それでは失礼いたします」
クルムは丁寧に頭を下げて、足早にグレイの後を追いかけた。
残されたのは、ペアが三組。
そのうちの一つであるホープとクリネアは、互いに目配せをすると、部屋の入口の方へ歩き出し、くるりと振り返って頭を下げる。
「それでは、私たちも、本日はお休みでしたのでこの辺りで」
「明日早くから仕事がありますので、お暇させていただきます」
「「どうぞごゆるりと」」
滑るようにすーっとそのまま部屋から退散。
廊下にでて扉を閉めると、二人そろって浮かれてスキップするように帰って行った。
二人とも、グレイの弟子であるからして、行動もよく似ているのである。
バミはともかく、ジグの方はほとんど何も考えがまとまらぬまま、置いて行かれたような形になる。
ジグはそっとルミネの方を見る。
ルミネは『大丈夫ですよ』と言わんばかりの慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ぽん、とジグの肩を叩くのであった。




