バトンタッチ
クルムは屁理屈を押し付けているうちに、ホワイトが実はジグを罰したいと思っているわけではないことを察した。ホワイトの性格を考えれば、本来ならばクルムの話なんて聞こうとも思わなかったはずだ。
ただこの様子からすると、クルムの言葉によって折れそうな気配はない。
むしろこれ以上何かを言えば、余計に態度を硬化させる可能性すらあるだろう。
「……ホワイト殿は、ジグ殿にどんな罰を望んでいるのでしょうか」
「私がジグに罰を望んでいるわけではない。罪があるから罰せられるべきと考えているだけだ」
「そうですか……、ではホワイト殿個人はジグ殿と共に働きたいのですね?」
ホワイトは眉間に皺を寄せて返事をしなかった。
それがクルムの問いへの肯定であることは、そこにいる誰もが理解できた。
「……この件とは別にもう一つ、クルム王女には言っておくべきことがある」
ホワイトは渋い顔をしたまま、クルムを睨みつけるようにして言った。
最初の頃はまだ丁寧な言葉を使っていたのに、いつの間にかすっかりそれも抜け落ちてしまった。
取り繕う気も今更ないのだろう。
ある意味距離が縮まった証拠でもあるのかもしれない。
「なんでしょうか?」
「どんなにジグを懐柔しようとも、私は王位継承争いにおいて、クルム王女の陣営に加わるつもりはない。言葉巧みに策を弄する者を私は好まない」
そもそも相性があまり良くないのだろう。
今回の件ではクルムも悩むべきところが多く、時間も足りなかったせいで、言葉が増えてしまっていた。
ホワイトはどう見ても言葉より行動の人間であるし、性急にではなく、じっくりと攻略すべき人物だ。ここまで関係を踏み込んでしまったうえでこう言われては、ここから逆転することは難しいだろうと理解できる。
失敗した。
そう思いながらもクルムは、そこでうろたえて黙り込んだりはしなかった。
「そういう事でしたら構いません。ただ、騎士団が中立であって下されば、私はそれで構わないのです。騎士団の役割として、王宮や街での安全を確保していただけるのであれば、私はこれから先も堂々と王位継承争いに臨むことができます」
意外そうな顔をしたのは話を切り出したホワイトの方だった。
元々クルムが騎士団を自陣営に加えたがっているのは明らかであったからだ。
「……今回の件を盾にして、騎士団に対して交渉を持ちかけるようなことも一切しないと約束しましょう」
クルムは今必要なことは譲歩だと判断した。
すべてが手に入らないならば、有利な状況を作り出しておく。
最悪なのはホワイトを心変わりさせられず、騎士団の結束が乱れ、秩序のない乱戦に陥ることである。
王都において騎士団が作用しなければ、自然と貴族を多く味方につけているヘグニ王子陣営が有利になるに決まっている。
〈要塞軍〉を引き連れてくれば話は別だが、あちらだって王都に大挙してやってくるような余裕はない。そうなるといざとなった時の安全確保のためには、クルムが〈リガルド〉へ避難するしかなくなってしまう。
王都にいないで王位継承争いに勝利することは難しいだろう。
騎士団にはしっかりとした組織でいてもらわねば困る。
「何を企んでいる」
ホワイトはすっかりクルムの言葉に疑心暗鬼だ。
これ以上言葉を積み重ねても、小賢しいとしか思われないだろう。
「私はただ、王都の安寧を願っているだけです。教会が乱れ、騎士団が乱れ、嘆くのは王都の民です。王位継承争いには何としても勝利するつもりですが、その過程で人々を巻き込み、その生活を脅かすことは私の本意ではありません」
「信じられぬな」
「もし私がそれを良しとする人間なのであれば、私は今頃先生にお願いして、他の候補者全員に消えていただいています。当然そうなれば、世は乱れるでしょうけれど」
クルムが堂々と言い放つと、グレイが不服そうに文句を言う。
「儂をお手軽暗殺兵器のように言うでない」
「…………なるほど」
「何がなるほどじゃ。まぁ、実際その方が手っ取り早くはあるが」
各々から非難のような、呆れたような、あるいはドン引きしたような、視線を送られて、腕を組んで頷いていたグレイは慌てて取り繕う。
「何じゃその目は、クルムまで。やっておらんじゃろうが」
やっているかやっていないかじゃない。
一つの手段として抱えていることが問題なのだが、当人はそれをほんの僅かにも悪いとは思っていない。
「先生のことはともかく、そういうことです。私は騎士団が健全に街の治安を守るために、ジグ殿が必要だと思っている、それだけです。意向は伝えさせていただきました。今回の件に巻き込まれた身とはいえ、これ以上騎士団内部の事情に口をはさむべきではないのでしょう。あとはお任せいたします」
そう言ってクルムが黙り込むと、今度はホワイトはバミの方を見て目を細めた。
これまで手を組んで様々な王都の問題を裁いてきた二人だが、クルムがこんな真夜中に、バミと何を話していたのかと疑問に思ったのだ。
場合によってはバミを信じることも難しい。
「……バミ大臣は、こんな真夜中にこれだけの人を集めて何を?」
「人を集めたわけではなく、クルム王女殿下たちがやって来たのだ。一つは、旧交を深めるため。もう一つは、今回の件に関して、法と裁きをつかさどる大臣としての私の意見を聞くため。ちょうどいい。クルム王女殿下からだけでなく、ホワイト殿からも今回の件についての詳細を聞かせていただこう。片側からの意見だけを聞いても、何が真実か見えてこないこともある」
「その前に、旧交についてお伺いしたい」
「正直なところ、あまり人に話したくはない事情なのだが、それを聞かねば私が信用できないか?」
「はい、申し訳ございませんが」
本当は自分だってジグの罪を問いたくないくせに、どこまでも融通が利かない頑なな男である。
バミは不愉快そうな顔で深くため息をついてから、仕方なく事情の説明をしてやることにするのだった。




