クルムの屁理屈
情報共有が進むにつれてバミの表情は険しくなり、終わるころには額に手を当てていた。
「……つまり、ジグ殿を据え置き、あるいはルミネ王女殿下の護衛に回し、場合によってはホワイト殿の説得をしろ、ということですね」
「はい。私の方でもできる限り動きますが、場合によってはバミ大臣にもご協力いただきたく」
「承知いたしました。機会を設けて……」
話をしている途中で、バミがぴたりと言葉を止める。
それからほんの僅かに時間を空けて、グレイが扉の方を振り返った。
「噂をすればやって来たようじゃな」
部屋がノックされ、バミが入室の許可をすれば、ホワイトとジグが揃って部屋に入ってくる。
これでこの場にいるのは、部屋の主であるバミと、その部下であるホープとクリネア。クルム陣営である、グレイとルミネに、なぜかバミの横から離れないスペルティア。それから騎士団のホワイトとジグの、総勢九名の大所帯となった。
二人がここまでやってこられたのは、ウェスカからクルムの行き先を聞いたからだ。
元々クルムは、手が空いたら訪ねてくるようホワイトに頼んでいた。
前回真夜中でも平気でやって来たことを踏まえて、今晩のうちに顔を出すことも想定して、あらかじめウェスカに二人がやって来た場合の伝言を頼んでおいたのだ。
新たにやって来た二人も、着席をすすめられ、全員で話し合いの席に着くことになった。二人がやってくる前に説明が済んでいたのは幸いである。
「……ホワイト殿、後始末の方は順調でしょうか?」
「順調だ。ただ、街に動揺は広がっているようだ」
「そうでしょうね……。教会は人々の心のよりどころです。情報をどのように公開するおつもりですか?」
「真実をそのままに」
「……ジグ殿に関しても?」
「無論」
昼間の仕事の時点で、ジグがいないことの大変さを思い知っているはずだが、まだ気持ちは変わっていないようだ。そうだろうとは思っていたが、頑固で厄介なことである。
「……ジグ殿を罰しては、騎士団も困るのでは?」
「困る困らぬの話ではない」
「ジグ殿を罰して、誰が喜ぶのです」
「感情の問題ではない」
「では何のために」
「それが正しいことだからだ」
今朝がた、グレイと話をしたことだ。
正しいとは何か。
ホワイトにはホワイトの信じる正義がある。
「正しいとは何ですか」
「罪と罰だ。不正は正しくないから不正という」
「それは分かります。しかし正しいとは何のためにあるのですか?」
「正しければ秩序が守られる。秩序が守られれば、多くの者が怯えずに暮らすことができる」
「しかし今ジグ殿を罰すれば、騎士団の結束も力も弱まり、為すべきことを十全にこなせなくなる可能性があります」
「一時的なものだ。例外を作れば、いずれそれ以上の跳ね返りがある」
ホワイトの言っていることは確かに間違っていないのだろう。
この男は無茶苦茶なことばかりをするのだが、その無茶苦茶は騎士団長という地位に与えられた権利の範囲内で行われている。
すなわち、規則は破っていないのだ。
規則が守られた街に犯罪は存在しない。
理想を語ればそうである。
「一時的には乱れると、認めるのですね」
「……そうだな」
「では、その乱れを抑える方法があるのならば、そちらの方が良いのでは?」
「どういうことだ」
「ジグ殿の罪を知っている者が、罪を黙っていれば、規則は乱れません」
「話にならんな」
「いいえ、よく考えてください。ジグ殿が長く騎士団を裏切っていたことを知っているのは、ここにいる私たちだけです。私たちが黙っているだけでいいのです。教皇のやり方をよしとしなかったルミネお姉様が、その罪を暴き聖女として祭り上げられる。その傍らには、ルミネお姉様のことを守り、問題を解決に導いたジグ殿がいる。教会は新たな体制で、これまで以上に民を安んじるようになる。ジグ殿は騎士団の副団長として、これまで以上に忙しく働き続ける。何か問題がありますか?」
これもまた、クルムの考えの押し付けである。
ホワイトとクルムは今、こうすべきだ、こうあって欲しいのぶつけあいをしているのだ。
「その見逃しが心のゆるみになる」
「ホワイト殿が心を緩ませなければよいでしょう。もしやジグ殿のことを言っているのであれば、その心配はいりません。ジグ殿は、自らが裁かれることを期待しています。私が説得をしても、自分は罪人だから裁かれるべきだと頑なに譲りませんでした。だからこうしてホワイト殿に頼んでいるのです」
これは嘘だ。
事前の話で、ジグにはすでに、ルミネを守って生きることを約束させている。
ただクルムは、その情報をホワイトに渡すつもりはなかった。
「本人が望むのならばそれでよかろう」
「……それだけ罪を自覚している人間に、罰が必要ですか? 罪を背負い、世のため人のために働き続けることこそ、ジグ殿の罪滅ぼしとなりませんか?」
ホワイトが険しい顔で黙り込んだところに、クルムはさらに続ける。
「罪人は、罰を受けて自分の罪を自覚し、悔い改めます。更生の余地もない者は、その命をもって罪を償います。では罪を自覚して罰を受けたがっている者に罰を与えるのは、はたして罰と言えるのでしょうか」
「……それが規則だろう」
先ほどと同じような答えがホワイトから返ってくる。
しかしその返答は、先ほどよりも少しばかり勢いのないものだった。
議論は平行線をたどっているようで、少しずつ多弁なクルムが押し込んでいるような状況になりつつあった。




