頑固な男
「どう考えてもホワイト殿はジグ殿の補助がなければ暴走します。それに、【人形遣い】との戦いがまだ終わったわけではありません。もしルミネお姉様が、スペルティア様やジグ殿が仰るように優しい方なのだとすれば、私はこれから先、ルミネお姉様に助力を頼むことになるでしょう。今回の件を顧みれば、ルミネお姉様も私からの要請を断れないはずです。そうなれば他の勢力から狙われる可能性も十分にあります。今、罪を償っていいのですか?」
「……厳しいことを仰る」
クルムはグレイからのパスの意味も理解していた。
そもそもグレイは、今回の件が始まって以来、ジグのことはなんとなくずっと気に入っていた様子だった。
忠誠心に厚く、芯のある男。
クルムだってそんな男を自分の陣営に引き入れられれば心強い。
今回の事件をどう収めるにしても、ルミネはこれから微妙な立場になるはずだ。
元々敵対勢力が多かったわけではないが、ルミネを利用しようと寄ってくる者も増えていくことだろう。
それをクルムが自陣営に引き入れることで保護しつつ、教会勢力の再編を行う。
その過程には、やはりジグの存在が必要だろう。
「ジグ殿は気を抜きすぎです。そうですね……、せめて私が王位につくまでは、罪を償うくらいのつもりでルミネお姉様の近くで働いていただきたいところです」
ジグは難しい顔で黙り込む。
確かにルミネが今後危険にさらされる可能性はある。
だが積極的に活動しなければ、命までは取られないだろう。
自分の意思に反してまで働かせることも、クルムたちがするとは思えない。
「ジグ殿」
クルムは指を組み、足を組み、顎を少し上げながらジグの顔をじっと見つめ、そのわずかな表情の変化を読み取りつつ、ジグの内心を探る。偉そうで余裕のありそうな態度をとっているが、実のところはなんとしてもジグを自陣営に寝返らせるために必死で知恵を絞っているところだ。
「ルミネお姉様はどんな方です」
クルムの質問にしばしジグは黙り込む。
クルムはその間にちらりとルミネの顔を見た。
苦しんでいる様子はなく、先ほどよりも顔色は良くなっている。
「争いごとを好まないお優しい方だ。あれほど素晴らしい方は他にいらっしゃらない」
「だからどうしても守らねばならぬと思い、全てを投げうって、人を犠牲にしてまで生きてきたのですよね」
「そうです」
「ならば何を悩むのですか。あなたがやるべきことは、あなたかルミネお姉様が命を落とすまで、ずっとそばにいて守り続けることではないのですか? なぜ今更身を引くのです。こんな半端なところで身を引いては、これまで犠牲にしてきた方々に余計に恨まれるとは思いませんか?」
詭弁でしかない。
犠牲者が自分を死に至らしめたものに望むことは、きっと苦しむこと、あるいは命を落とすことだ。自分たちが犠牲になったことで、何か崇高なことが達成されようが、そんなことはどうでもいいことの方が圧倒的に多いだろう。
だが、罪を償わねば、という精神状態に陥ってる者を追い詰めるには十分な論理だ。
「どうでしょう。しかしその恨みは、甘んじて受けるべきものであると思います」
「……聞く限り、ルミネお姉様がそれを望むとは思えませんが」
「操られている間のことは夢うつつであると聞きました。よく覚えていないことに期待しましょう。私が初めから関与していなかったことにできるのならば、そうなるようご配慮いただけるとありがたく……」
かなり追い詰めたつもりであったからこそ、柔らかい形での説得は難しそうだとクルムは悟る。時間を掛ければまだしも、今この瞬間から、ホワイトが戻ってくるまでにと考えると難しいだろう。
クルムは覚悟を決めて、やり方を変える。
「今更逃げるのですか? 罪を犯した自分が、お優しいルミネお姉様の傍にいることが耐えられませんか?」
「……それは違います」
ジグの間を置いた返答に、クルムはこの方向にジグの心の柔らかい部分があると理解する。クルムは気は進まないながらも、さらに一歩踏み込んで囁いた。
「では、ルミネお姉様が目を覚ました時、あなたにそんなことを望んでいなかった、と言われるのが怖い……?」
ジグは拳を握って一瞬目を見開いたが、すぐに静かに目を伏せて握った拳をほどく。
「…………確かに、私は、逃げているのかもしれません」
繋げた。
これで何としても罪を償う、という決定から、別の選択肢を生み出すことができた。かなり荒療治である上、年上の立派な男性の心を傷付けているのだから、クルムだって酷く心苦しいが、今はジグをこの戦いから離脱させるわけにはいかない。
「では、協力してくださいますね」
ジグは黙り込む。
葛藤が心の中を駆け巡っているのだろう。
クルムはそれが悪い方向へと傾かぬように、再度声をかける。
「ジグ殿!」
「……わかり、ました。ルミネ王女殿下が、操られている間のことを覚えていないのであれば、何があったかはできる限り……伏せておいていただきたい。すべては私が勝手にやったこと。私のことなどで、ルミネ王女殿下の心を曇らせたくないのです。私の記憶があったとしても、犠牲者のことも、私が何をしたかも知らせないでいただきたい。私は、望んでなかったと言われることより、それを気に病むルミネ王女殿下の姿を見たくないのです。常に私の姿を見ているようであれば、いつ何がきっかけで操られている間のことを思い出すとも限りません。できる限り姿をお見せしない形で護衛できるように配慮いただきたく存じます。そうしていただけるのならば……、今後はクルム王女殿下に協力いたしましょう」
ジグは自分の気持ちを吐き出し、協力を約束してくれた。
クルムは、その代わりにジグの心が閉ざされたような感覚を覚える。
完全な利害関係。
これでは完全に味方にしたとは言い難い。
むしろ、教皇や【人形遣い】たちとジグのこれまでの関係に酷似しているようにすら思える。
これでいいのか、とクルムは表情には出さずに黙りこくる。
すぐに返事ができないことも、迷いを相手に悟らせてしまうという意味で、決して良い反応ではない。
ただ今この返答に限って言えば、それが相手に伝わってもいいと思う程度に、クルムは十分時間を使って考えたかった。
「お主ら、勝手に話を進めすぎじゃろう」
そこへ横合いからグレイの言葉が挟まれる。
「……どういうことです?」
グレイからけしかけた話であったのに、それはないだろうとクルムが非難を込めた視線を向ける。
グレイは呆れた顔をして右目だけを細め、じろりとクルムのいる方を見ていた。
何かそんなにひどい失敗があったか、とクルムが眉間に皺を寄せると、グレイの口が再度開かれる。
「当事者を一人置き去りにしておるじゃろうが」
「……グレイ殿の意見もお聞かせいただいたほうがいいということでしょうか?」
ジグが刺激をしないように慎重に尋ねると、グレイは大げさにため息を吐いた。
「未熟者めが。大切にしすぎて目が曇っておる」
別に仲間外れにされたから怒っていたわけでもないらしい。
グレイは腕をスーッと上げて、横たわっているルミネを指さして言った。
「いつまで狸寝入りしておるんじゃ、ルミネとやら」
「「え?」」
クルムとジグが同時に声を上げて立ち上がるが、ルミネ王女はピクリともしない。
グレイは立ち上がると、眠っているようにしか見えないルミネに向かって、こぶしを握りながらのしのしと歩いて近づいていく。
「スペルティアの奴が完璧だと言ったのだ。それほど長く眠っているはずがなかろう。いい加減にせんと拳骨を食らわすぞ」
グレイがその頭の上側に立ったところで、ルミネの瞼が僅かに揺れる。




