03_人間
「グワァァァン!!」
その音は、己の頭蓋骨が砕かれた時に己自身が感じる振動なのか。
とにもかくにも、カズトはその音を聞いたのを最後に、短い人生の幕を閉じた。
……と彼自身思ったのだが、何故か彼には自分が死んだと感じる瞬間がなかった。どころか少しの痛みすら感じられない。先ほど転んだ時にぶつけた肘がヒリヒリしているだけだ。どう考えても、あの状況から助かることなどできないはずなのに。
カズトは両手で押さえ込んでいた頭を上げ、恐る恐る目を開いた。
「!!?」
すると目前には、軍人のような灰色の迷彩服を着た大男が!
彼はいつの間にかカズトと蛇女の間に立っており、蛇女が繰り出した長い槍を大きな鉄板――盾?――で受け止めていた。さっきカズトが聞いた衝撃音は、自分の頭蓋骨が砕ける音などではなく、槍と盾が激しく衝突した音だったのだ。
さらに、もうひとり人間が現れる。やはり軍人のような格好をしたアスリート体型の女性だ。彼女は横から跳ねるようにして蛇女に近付き、その目前をただすっと通り過ぎる。何をするともなく軽やかに。
しかし、そう見えたのはカズトだけだったかもしれない。次の瞬間、槍を持つ蛇女の腕が肘の辺りで綺麗に切断され、
「うわぁ」
尻餅を突いているカズトのすぐ隣に落下してきたのだ。緑色の血? を辺り一面に撒き散らしながら。
「シィィィィィィ!!」
その攻撃にさすがの蛇女も一瞬怯んだように見えた。が、しかし、すぐに怒りの声を上げ、腕を切り落とした女性に向かって恐らく一番の武器であろう長くて太い蛇の尻尾を猛スピードで振り回す。
「シュッ」
その時、カズトは何かが風を切る音を聞いた。そしてその直後、パリンというガラスの砕けたような乾いた破砕音が辺りに鳴り響く。
「!!」
見れば、蛇女の胸にあった黒い六角形の部分が矢? のようなものによって射抜かれ、粉々になっていた。
「ヴァァァァァァァァ!」
すると蛇女は耳を劈くほどの叫び声を上げ、狂ったようにのた打ち回り出した。どうやらそこが弱点だったらしい。近くの街灯をなぎ倒したり、ビルの壁を破壊したりして暴れている。が、その動きはすぐに鈍くなり、最後には異様に長いその身を瓦礫だらけの道路に横たえてしまった。
「…………」
その様子を、今だ尻餅をついたまま呆気に取られて見ているカズト。蛇女を倒すまでの一連の行動があまりにも鮮やかで、どこか大掛かりなショーでも見させられているような感覚に陥っていた。
「ふぅ」
そんなカズトに対し、彼を蛇女の槍から守った大男は安心したように息を吐き、その後、とても親しげに声をかける。
「怪我はないか? カズト」
彼は180センチを軽く超えるような大男で、かつ、体もがっちりしており、それだけ見れば格闘家のような体型だ。ただ、灰色をベースにした迷彩服を着、少しごついゴーグルをかけていることからすると、自衛隊の隊員かその関係者だろうか? 髪もそれらしい角刈りだ。ただ、カズトが彼の格好について若干違和感を覚えたのは、この時代に金属製の盾を持っていることと、背中側に装置のようなものを身に着けていることだ。いわゆるパワードスーツなのかもしれないが、カズトが最近テレビなどで見かける物よりもずっとスマートで、仰々しさは感じられない。
「…………」
カズトはそんな格好の男性に親しげに話しかけられ、酷く困惑した。その男性の顔に全く見覚えがなかったからだ。ただ、自分の名前まで知っていたことを考えると、単に忘れているだけで知り合いなのか?
「らしくないわね。いくらラミアーでもカズトなら苦戦なんてしないはずでしょ」
すると、今度は蛇女の腕を切り落とした女性も近付いてきて、こちらも何故かカズトのことをよく知っているかのような態度で話しかけてくる。
彼女は170センチくらいの身長、女性にしては大柄で、しかもアスリートのように引き締まった体をしている。髪もそんなスタイルにお似合いのベリーショートだ。大男と同じように迷彩服にゴーグル、パワードスーツの格好だが、彼女はさらに日本刀のような物を持っており、カズトの目の前で緑色の血の付いた刃を軽くはらった後、それを腰に差した鞘にさっと納めた。
「大丈夫? カズト君」
さらに背後から彼の名を親しげに呼ぶ女性の声が。
振り向くと、そこには心配そうにカズトを見つめる小柄の女性がいた。ただ、他の二人とは違い、華奢そうな体付きで、髪も後ろで束ねてはいるがセミロングほどはあり、一見、普通の女子高生のような感じだ。けれども、左手にアーチェリーの弓を持っているところからすると、蛇女に止めを刺したのはこの子だろうか? 格好は他の二人と同様だが、追加でアーチェリーの弦から左胸を守るためのチェストガードを着けていた。
「???」
カズトは見ず知らずの、しかも彼から見ればヘンテコな格好をした三人に何故か親しげに話しかけられ、どう応対すれば良いか酷く悩む。ただ、それでもまずは蛇女から救ってもらったお礼を言おうと、
「え、えと、あの、た、助けていただきありがとうございました」
当たり障りのない言葉を用いつつ頭を下げた。
「……え?」
けれども、それを聞いた三人は揃って首を傾げる。「何を言っているの?」といった体で。カズトにとって、ここでお礼を言うことは至極当然な行為だと思ったのだが、彼らには意外なことだったのだろうか?
ただその後、日本刀の女性が軽く吹き出したようににやけながら言う。
「フッ、何で急に他人行儀なんだ?」
さらに盾の男性も笑いながら、
「転んで頭でも打ったか?」
どうやらお礼を言ったこと自体が意外だったわけではなく、敬語? を使ったのがおかしかったらしい。しかし、残念ながら、カズトは初めて会った――しかも二人は明らかに年上――にいきなりタメ語で話せるほどコミュニケーション能力に長けてはいなかった。
「い、いえ、頭は大丈夫です。ちょっと肘はぶつけてしまいましたがこっちも問題なさそうです」
「…………」
カズトのさらなる丁寧な言い回しに、薄笑いを浮かべていた三人の顔から明るさが消え、怪訝な表情で黙り込んでしまった。
(何かおかしなこと言ったかな)
その雰囲気からカズトは自分がこの場の空気をうまく読めていないと何となく察する。どうも自分がずれているような。ただ、カズトはそのずれを修正できる自信がなかった。そもそもどうしてこの三人がこんなにも自分に対してフレンドリーなのかわからないからだ。いや、それだけじゃない。さっきからわからないことばかりだ。
(そうだ、聞いてみよう)
「えっと、それでちょっとお聞きしたいのですが、ここはどこなんですか? ……あの蛇女は何なんですか? あなた方は自衛隊の方ですか? どうして僕の名前を知っているんですか?」
カズトはまずここがどこなのかを確認するところから始めようとしたが、質問を始めると、今までの疑問が次々と頭に浮かんできて、ついつい連続で問いかける形になってしまった。なにしろ、やっとこのおかしな状況を知っていそうな人間に出会えたのだ。多少落ち着きがなくなってしまうのも仕方がない。
けれども、それを聞いていた三人はいよいよ怪訝な表情を深くし、カズトの質問を無言で聞いてる。答える様子はまったくない。
「お願いです、教えてください。さっきからわからないことばかりで困っていたんです」
カズトは懇願するように頼み込んだ。少しでも情報を得たい一心で。
すると、カズトの背後にいたアーチェリーの女性が我慢し切れなくなったのか少し興奮気味に口を開く。
「どうしちゃったのカズト君、ここは秋葉原、私達は上野遊撃隊第五分隊、あなたもそのメンバーじゃない、もしかして本当に頭を打ったの?」
「メンバー? ……え? ええ!!?」
彼女の「メンバー」という単語に、カズトは何気なく自分の姿を見て、そして驚愕する。なんとカズトは彼らと同じ迷彩服を着ていたのだ。
「ど、どうして!? いつからこんな格好に」