第93話 反逆者たち
ぜぇーー……。
僕の呼吸が乱れていることを、どうやらマリーもウリドラも気づいていないらしい。でなければ涼しい顔をし、紙パックの紅茶をストローでチューッと飲んでいないはずだ。
もちろん僕は手応えのある戦闘のほうが僕好みだ。けれど、こうも大量にやってくると「勘弁してください」という気持ちがだんだんね、強くなるんだよ。
「あら凄いわ、動く鎧が12体。隊列を組んでやって来るわよ」
「戦場のように綺麗に揃っておるのう。ふむ、そういえば一廣はあのような隊列に憧れておったか。たしか男の浪漫とか何とか……良かったのう、攻略冥利に尽きるのう」
憧れていたかな。うん、憧れていたね。重装備をして剣と盾を構えた相手と戦うなんて、ファンタジーの醍醐味だと僕は言っていた気がするよ。
うん、その時の僕を笑顔で引っぱたいてやりたいかな。
曲がり角からはザッザッと足音が響き、そして僕の周囲には既に10体以上もの鎧がバラバラと転がっている。そして彼らは気が利くことに「お替わり」を持ってきてくれたわけだ。
黒い鎧が姿をあらわした瞬間、僕は飛ぶ。
ばつっ、ばつっ、と先頭にいる2体の胴体をまずは剣で穴を開け、そして気を送り込む。すると、どおおーと霊体が漏れてゆき魔物の動きは止まった。
「ふむ、霊体の意識拡散も手慣れてきたか。そのように薄めてやれば動きをしばし止められる。ほれ、加速せい」
まあね、愚直持ちの僕としては効果的な行動を記録しておけるから、だんだん効率的になってゆくよ。ただねぇ、聖属性の付与を禁じた不死者退治なんて聞いたことも無いから。そのことは分かっているのかなぁ。
身体の中枢に流れる気という脈動を覚えつつ、僕は加速を一瞬だけ解放する。というよりも気を浪費しすぎていて一瞬でないと倒れかねない。攻撃の瞬間だけ使えという助言は、そういう意味なのかな。
すると周囲から切りかかろうとする動きはほぼ止まり、そして間を縫って2体の関節へと刃を食い込ませた。
時間の流れが元に戻ったとき、ぱちぱちとマリーが拍手をしてくれたのは、きっと彼女から見れば電光石火の一撃に見えたからだと思う。鎧は人としての形を失い、そして切り裂かれたせいで魂を霧散して消えてしまう。
「ぜっ、ぜっ……石壁っ、お願いっ!」
間髪入れず、マリーが石畳を杖で打つと、下から石壁はせり上がってゆく。ゆっくりとした動きはシャッターを逆に閉じていくような光景だ。
ずしん!と閉じたのを見て、僕はようやく安堵の息を漏らした。
「ああ、疲れた。ちょっと休ませてくれると嬉しいな」
「それにしても凄いわねぇ。聖属性も無しに30体くらい倒していたわよ」
などとエルフは声をかけ、そしてペットボトルを手渡してくれる。薄紫色の瞳には不安を感じさせるものはなく、たぶん信用してくれているのかな。頭の良い彼女のことだから、きっと僕の動きを見て理解しているのだと思う。
ありがたくお茶を受け取り、ゴクゴクと飲む。夢のなかのせいで疲れというものを感じづらいけれど、水分と癒しを身体が求めていることは分かる。ぬるいお茶で喉を潤し、ふううーと安堵の息を吐いた。
「やっぱり不死者には幻影が効かないね。誰も見向きもしないよ」
「うむ、奴らは視界がほぼ無い。粘菌に近しい行動をしておるからな。ではどうすれば良いと思う?」
そう言い、黒髪の女性は頭ひとつぶん小さい僕を覗きこむ。さらりとした髪は真っ直ぐで、戦場とは思えぬ甘い香りを漂わせる。近くで見るとほんと綺麗な人だな、などと思いつつ問いかけに思考をめぐらせた。
「ということは手が無いわけじゃないのか。うーん、粘菌のことなんて分からないなぁ」
「ふうん、粘菌……するとデタラメなようで実は効率良く動いているということかしら。ほら、迷路の最短ルートを進むとかニュースで聞くこともあるじゃない」
ああ、そういえば聞いたような気もする。
知性は無いはずなのに、知性を感じる動きをするとか何とか。
「図書館の本で読んだけれど、餌が無いと集合したりして生き残っているそうよ」
「餌って、不死者も食事をするっていうこと?」
こくりとウリドラは頷いた。
「主な餌は生者の魂と言われておる。しかしここは長いこと孤立した迷宮である。ほれ、奴らが餌を求めてやってきおったぞ」
彼女から指差された方向を見て、マリーは小さな悲鳴をあげる。鎧を捨て、ずず、ずず、と霊体となった彼らは石壁を抜け出てくる様子で、わずかな隙間からこちら側へ移動しつつある。
「となると僕らを感じているのかぁ。ふうん、ちょっとやってみよう」
思いついた事があるので、2人にはまた離れて見てもらうことにする。そしてようやくこちら側へ抜け出てきた一体へと歩み寄る。
僕の幻影は視覚効果しか無い。僕自身をとてもリアルに表示し、知性ある相手を惑わす役割がある。しかし……。
「こんな感じかなぁ。よいしょっ」
一瞬だけいつもと異なることをし、彼の前へ幻影を生み出す。
すると動く鎧の中身である霊体は、大きく口をあけて幻影へと噛み付いた。
「あっ、反応したわ! いったいどうしたの一廣?」
「ウリドラが何の解決方法も無い問いかけをするわけが無いからね。となると覚えたての気功が関係あるかなと思って、幻影へ残してみたのさ」
気を練成し、幻影のある宙へと漂わせる。ぶっつけ本番だけど、どうやら効果はあったらしい。いや、思っていた以上の効果もあった。
知性ある者であれば幻影だと見破られた直後、僕に襲いかかってくるはずだ。なのに霊体は執拗に幻影へと牙を剥き、愚直なまでにむしゃぶりつく。
背後からびゅんびゅんと剣で薙ぐと、霊体はやがて霧散していった。ヒットの瞬間だけ剣先に気を満たし、最低限の消費しかしていない。
「あー、これは楽だねぇ。さっきまで真面目に戦っていたのが馬鹿みたいだ」
「中には知性を持った相手もおるじゃろう。過信し過ぎぬことだ」
ふうん、これは前層よりも幻影が役立つかもしれないね。とはいえウリドラが言う通り、過信をすると痛い目に合うかもしれない。
「あっと、そろそろ日本で起きる時間だ。マリー、最後にまとめて倒すから石壁を開けてくれるかな?」
こくりと少女はうなずき、元に戻れと石精霊へ命じる。するとさっきとは逆に、石壁はゆっくりと降りてゆく。
そのあいだに僕は幻影を一体生み出し、それから体内に残された最後の気を練る。体力を浪費する技ではあるが、もうすぐ眠れると考えれば大した苦はない。
ヒイイ……!
腰だめにした星くずの刃は、気を燃料としてジェット音に近しい音を立てる。きらっと刀身を流れるエフェクトは流れ星を思わせ、身体の中枢に流れるエネルギーを溜め込んでいることを表す。
やあ、これはある意味で僕にとって初めての必殺技かもしれないねぇ。
とっくに大人の僕だけど、これだけ格好良い演出というのにはワクワクさせられる。もちろん気絶する寸前までエネルギーを吸われているけどね。
ごごおん、と壁が取り払われると、魔具のセンサーが示していた通り14体に数は増している。しかしこれが本当に粘菌のような思考をしているのだろうか。それにしては僕の用意した幻影へと襲いかかり、ぐちゃぐちゃにしてゆく光景にゾッとさせられるんだけど。
キイイイ……!
本格的なジェット音へと変えた星くずの刃を一閃する。
居合い抜きに近しく、放たれた軌跡は刃の形を残して亡者達へと飲み込まれ、そして流れ星に撃ちぬかれたよう吹き飛んだ。
ゴバリ!と密集していた彼らが鎧の破片を盛大に飛ばす姿は、今まで苦労していただけに胸がスッとする。うん、ストレス解消になるなー、これは。すごく疲れるけど。
「かっこいいね。なんだか映画のCGみたいだ」
「そうね、ついでに技名を決めましょう。あるいは『これが俺の怒りだ!』って叫ぶの」
「ぐふふっ! うむ、師であるわしからの命令じゃ。修行のため次はそう言うてみい」
嫌だよ、眠そうな顔をして叫ぶなんて。
ものすごく嫌そうな顔をすると、2人は腹を抱えて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウリドラが言ったように、餌があるところへ彼らは現れる。
ならば大量の人数を投下した別のグループはどうだろう。
そのとき、戦線のひとつが崩れた。
本来は数珠繋ぎに各隊が連携し、間断なく攻略を進める手はずだったというのに。千切れた数珠は前後から死霊に襲いかかられ、そしてゆっくりと侵食されようとしていた。
ザッザッ、ザザーーッ……
喰われ……いやだ、いやだああーーッ……
挟まれてるぞッ、後続隊はどうした、なぜ付いてこない!
一斉浄化を仕掛けるぞぉッ! 詠唱、開始ぃぃっ!!
アッ! 撃たれてる、司祭が撃たれてるッ! 守れ、オイ守れぇっ!
ザザッ、ザアーーッ!
本部のある広間には、そのような無線からの声が流れていた。
それを聞く者たちは、戦場からのリアルすぎる声に恐れている。
ある者は恐怖を浮かべ、そしてある者は指揮官と無線機を交互に眺めている。しかし椅子に座る彼ら……司令官ハカム、そして魔術師アジャはじっと動かない。
と、フードをかぶった老人は皺がれた声を放つ。
「ようやく動いたな。混ざっていた異物どもめ」
「ああ、中央への部隊を断裂させられた。となると関係するのはアジャース家、グレドリン家、バック家のいずれかだ。ふむ、グレドリン家を拷問させるよう王に打診しよう」
いずれも名家でありながら、資金難を抱えている一族だ。しかし司令官はグレドリン家であると確信している口ぶりをしている。そのことに魔術師は異議を唱えることはなく、こくりと頷くのみであった。
「王族も欲に駆られて災難を持ち込むとはな。まあ、わしらは良いように使われているかもしれん。こうして反逆者の目星をつけさせるという、の」
そう言いながら、老人は宙に浮かぶ立体的な迷宮路へ杖を押し当てる。水へ墨を溶かすよう、どろりと先端から流れ込む。
「しかし人数が増えて慢心しおったなぁ。ふん、魔具を壊しても無駄じゃ。あらかじめ飲ませた水にはわしの血を混ぜておる。ほうれ、浮かびあがるぞ」
じわりじわりと赤い光源は立体地図へと浮かび上がる。それは彼らの言う「反逆者」なる者達。数にして4隊分はあるだろうか。それに何故か彼らは魔物から襲われない。となると少数であろうとも深刻な兵数だ。
しかし、司令官ハカムはぎらりと眼光を輝かせ、獣のように笑う。
「では使うか――魔石を。喜べよ、貴様らは初めての実験体だ」
反逆者の狙いも欲望も、丸ごと彼らは飲み込むつもりだ。
いや、それさえも飲み込もうするのは古代迷宮か。彼らの座る椅子のずうっと下には、今も悲鳴が轟いていた。




