第92話 第二次攻略開始
東西、そして中央に隊を分けての攻略が開始された。
以前に階層主3体を倒した各隊を分散させ、その他の隊にはバックアップとして増員された者たちを配備している。
パーティーごとに交代しあうことで疲労を抑え、間断のない攻略を行える。そして不意に襲いかかる存在から互いに身を守るという狙いがあった。その相手とは、階層主シャーリー、そして攻略の邪魔をする集団……ならず者と呼ばれているが、狙いのわからない不気味な者たちだ。
急造混成のため、連携面はまだつたない。
そのため本部では王族側から他勢力を「押し付けられた」という苦い思いをしつつも、いかに犠牲なく攻略できるかと頭を悩ませていた。
はあ、と男は息を吐く。
床に座り、あるいは壁にもたれかかり、周囲には休息を取る者たちがいた。ゆらゆらと松明の明かりが石壁を染め、8名ほどの人数がそこにいる。
男は汗を拭い、そして仲間の一人に声をかけた。
「順調っぽいな。こりゃ司祭団も本腰をあげたか」
「ああ、そうらしい。死霊系は面倒で仕方ないが、こんだけバンバン浄化されるとスッキリする」
冒険者ギルドから派遣された彼らは、ほっと安堵の表情を見せる。なにしろ古代迷宮、それも他にない高難度と聞いていた。生きて帰れないのではと皆は不安に思い、それでも冒険者ギルドからの半ば強制的な命令により参戦させられている。
「いざとなったら逃げようかと思っていたが、交代で攻略できるなんて楽だなぁ。おほ、頑張ってるみたいだ」
ひょいと通路の向こうへ目をやると、どお!とまとめて浄化をしてゆく光景が映った。
この場合は浄化であり討伐には当たらないのでレベルアップ効果はない。しかし、そんなものより彼らが求めているのは身の安全、そして光り物だ。
「ああ、こうなると宝物殿が気になって仕方ない。一層で解放した奴には白金貨で報酬を払ったらしいぞ」
その言葉に、ぐははっと周囲の者たちで笑う。迷宮ひとつに冗談かと思える額だ。もしそれだけの稼ぎがあれば、数年は遊んで暮らせる。
とはいえ彼らは分かっている。そのような物に目をくらませれば、あっという間に死んでしまう事に。というよりも、優先順位をキチンと理解しているからこそ彼らは生き残っていると言える。
「ン、そろそろ交代の時間か。ま、もう少しサボっても気づかんかもな」
「違いない。国の兵士はたらふく食ってるせいか元気があっていい。そのまま俺らの分まで働いてくれや」
だははと下品に笑う彼らだが、ここは本当に恐ろしい場所なのだといい加減気づいた方がいい。
決して笑えるようなところでは無いのだ。
すぐ隣にいる友人がいつでもそこに居ると思わない方がいい。
そのとき、わあ!と戦いの場から声が上がった。
さては大物を仕留めたかと仲間と顔を見合わせる。となると早く行けば財にあやかれるかもしれない。
急げ急げと腰を上げ、装備を身につけた彼らの中央に……何かが降って来た。
どすんっ……バタバタバタバタ!
それは赤く濡れた布のなかで何かが暴れていた。
さては魔物かと彼らは身構えたが、そこまで間違った判断ではない。そこで暴れている両腕を失った老人は、きっともうすぐ死霊になるだろう。
「こりゃ人だ。なんだ、どっから降ってきた?」
白髪とローブのせいで全身は真っ赤になり、人とは思えない暴れ方をする。手助けをしようか躊躇するのは、暴れている彼自身が癒し手たる司祭だからだ。
「癒しを……いや、もう手遅れか」
その言葉と同時に、がはっ!と最後の息を吐き、司祭は帰らぬ人となる。
そして間髪入れず、彼のゆらりと立ち上がる光景に皆は唖然とした。失った両腕から白いもやが生じ、キラキラと輝く。老体でありながらコオオと息を吸うごとに全身はたくましく膨れ上がる様子だが……。
「とどめを刺せ! 強制不死化だ! こっちに殺戮者が来ている!」
殺戮者とは、ときおりふらりとやってくる存在だ。己のなかにある悪霊を心臓へ打ち込み、そして手下として従えてしまう。
しかし本隊からの必死な呼びかけにも関わらず、彼らは動けない。目の前で老体のレベルはみるみる上昇し、見えない圧力に動きを封じられているかのようだ。
「おっ……! こいつは、ヤバい。死霊狩りが死霊になりやがった」
「せーのでやるか? おいっ、どうするッ!?」
目の前に広がる死の幻想に、彼らの頭はジンとしびれかけている。しかし生存本能を刺激され、ようやく彼らは動き出す。もちろん、もう時間切れだが。
聖なる祈りをブツブツと老体は呟き、それに呼応するよう両腕のもやは周囲に襲いかかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズズ、ズ……。
石畳がめくられ、その下から人工物が現れる。
一見すると丸太に近しく、ぺたりと手で触れてみると石材の感触がある。天辺には広げた翼の飾りが付いており、今もゆっくり高さを増してゆく。
これが何かと言うと、【塔の監視者】なるマリーが新たに取得したファーストスキルだ。
術を発動するとこのように姿を現し、独特な形状からもユニークな技能だと思わせる。とはいえまだ僕らは使い方をあまり分かっていない。
「ふむ、小さな監視塔と言ったところかのう」
「わ、見ただけで分かるのね。そうなの、塔の高さに応じて敵の探知できる範囲が広がるようになるわ」
時間をかければ塔の高さは増し、さらに敵の感知は容易になる……けれど、僕らとしては「それだけ?」というのが正直なところだ。
「時間がかかるし、一度発動したら破棄するまで別のところに建てられないしね。制限も多いから、敵を探知する以外の機能があっても良いんじゃないかな」
「それとも、やっぱり外れ技能なのかしら。2つめのファーストスキルだから期待しすぎていたのかもしれないわ」
そう少しだけしょんぼりした声でマリーは呟く。
新たな技能を得たのは、マリーが一気にレベル42へ上昇したときだ。ファーストスキルを獲得するのはレベルに依存しており、また個人の才能や能力に左右される。まあだいたいレベル35くらいが平均的だと言われているかな。
そう考えるとレベル42で獲得したのはだいぶ遅い。そのぶん期待できるけれど、世の中には外れ技能というのも存在するのは事実だ。
しかし、それを否定するようウリドラは呟いた。
「ふうむ、確かに機能はありそうじゃのう。魔力の経路が用意されておるし……うーむ、外部デバイスと合わせられる……?」
せっかく手に入れたファーストスキルなのに、敵探知だけかとマリーはとてもしょんぼりし、しばらく塞ぎこんでいたものだ。それだけにウリドラの言葉は希望として響き、少女は瞳を輝かせた。
「ふむ、そういえば一廣はゼラと登録とやらをしたと言っておったのう」
「え? うん、魔具を通じて登録すると、いつでも連絡や位置情報をやり取りできるようになるよ」
そう言って魔具を見せると、それをひょいとウリドラから取り上げられる。観察するよう造りをあちこちの角度から眺め、そして「ふむ」と一人で納得した。
「これじゃな、追加機能は。パーティー、それに登録した相手にも敵情報を送ることが出来るやもしれぬ。どれ――」
ぽちぽちとボタンを押し、何かの申請をしたようだ。するとマリーは何かに気づいたように顔を上げ、杖の先でコツンと魔具へと触れた。
「今のは……あっ!」
呟きかけた僕の声は中断される。ブン!と起動をした魔具には、今までと異なる色彩があったからだ。
僕らの位置を表す光源が3つあり、そこからだいぶ離れた位置に赤い点が幾つか……。
「あ、これよ、動く鎧、それに死霊兵を私は感知していたの」
「へえ、僕まで敵の位置が見えるのか。とはいえ障害物の影響は受けているみたいだ」
うんうんとマリーも頷く。
多少は透視して見れるけれど、妨害をされているのか敵を表す光源はおぼろげだ。壁が二枚になると、もうほとんどかすれて見れない。
そういえばとRPGで敵位置を示すレーダーを思い出す。あれの感覚に近しいかもしれない。
「ほれ、パーティー同士であれば会話など出来るであろう。その機能を戦闘用に補っていると考えて良さそうじゃ。しかし恐らくまだ秘密は、ある」
そのように言われ、僕とマリーは目を見開く。
彼女の口調には確信があり、秘密という言葉に胸をときめかせてしまう。しかし彼女は楽しげに笑い、先ほどの魔具を僕へ手渡した。
「まあ、そのあたりはおぬしらで調べると良い。わしが全てを教えても面白くなかろう」
「ふうん……でもたくさんヒントを貰えたわ。ありがとう、ウリドラ」
答えは聞けなかったけれど、マリーは贈り物を手にしたよう嬉しそうに微笑んだ。
彼女がそう言うのであれば、きっとそうなのだろう。いずれは僕らも気が付き、そして戦闘で活躍してくれるに違いない。
「良かったね、マリー。一緒に機能を探って、ファーストスキルを有効活用しようか」
少女はこちらを向き、にこりと嬉しそうに微笑んだ。
まあ僕としてはレーダーだけでも強力だと思うんだけどね。ほら、迷宮のなにが厄介かというと、どこに敵が潜んでいるか分からない点に尽きるから。それを丸裸にしては、彼らはきっと嫌がるだろうなぁ、と思うよ。
などと考えている僕へ今度は白羽の矢が立った。
黒曜石じみた瞳とともに人差し指がこちらへ向けられる。
「問題はおぬしじゃ。剣の腕はある程度上限に達しておるし、今のままではそう強化は望めぬぞ」
「え、でもレベル以上に強くなれないんだし、おかしくは無いんじゃない?」
たわけ、という顔をされてしまった。
「技能の組み合わせで強化されるのは、おぬしも分かっておるじゃろう」
「ああ、それはもちろん。というよりも、その技能の入れ替えが楽しいんだし、試行錯誤すると止まらなくなるね」
僕の技能は3つある。
攻撃パターンを登録することで、確実な動きをする愚直。
瞬間移動をする道を越えて。
己の幻影を生み出す夢幻の如し。
これらを組み合わせることで、僕はかなり楽に強敵とも戦えるようになっている。まあそれもこれも、夢の世界だから痛みを感じない気軽さのおかげだけど。
「そうなると加速、それに片手剣の星くずの刃を扱えるようになることが近いかな」
「うむ、加速なら教えてやれるが、剣の性能を引き出す気練成はわしの苦手領域じゃ。ほれ、人体なぞに興味を持っておらぬからな」
なるほど、つまりは「気」というものを独自に覚えないといけないのか。以前にゼラさんの指導を受けたが、あれを僕が一人で覚えるのは難しそうだ。
「うーん、嫌だけどあとでゼラさんに練習方法を聞いてみようかなぁ」
あの人の場合、スポ魂的な熱血指導になるからねぇ。
夢のなかとはいえ面倒で仕方無いけど……まあ仕方ないか。
「ちなみに加速を自在に操るコツはあるのかな?」
「うむ、気合と根性じゃ。おぬしのだらけた性格ごと矯正してくれるわ」
あれ、ウリドラも熱血指導派だったのか。
おかしいな、だらけているのは僕の顔つきだけのはずなのに。それに眠そうなだけで、実際に眠いわけじゃないんだよ?
「では実戦じゃ。ほれ、動く鎧ども。さっさと来ぬか!」
がちゃーっと扉を開くと、部屋の端で震えていた彼らは通路へと慌てて出てくる。遅れて戦闘音楽が鳴り出したけど……この演出はどうなの? なんだか可哀想になるんだけど。
傷だらけの黒い鎧は、関節をうごめく半透明の霊体が見えることからヤドカリのように巣くっているのだと分かる。がしゃりと剣と盾を構え、そして後方からは4体もの死霊が宙に浮いていた。
目を剥き、歯をガチガチと鳴らしているのは魔術詠唱のつもりかもしれない。マリーにとって初めて相手にする人型の魔物であり、本来なら恐ろしく見えたはずだ。
「うわ……情けない。ウリドラから逃げるようコソコソして……」
「あーうん、そうだねぇ。でも前層のクッパーよりレベルは高いはずだから油断はしないように」
とは言ったものの【塔の監視者】で推定レベルは表示されているので、一応と恐ろしさは伝わっている……と信じたい。
「ちなみに言うておくが聖属性付与は禁止じゃ。あれは強すぎて修行にはならぬからのう」
ええー……。なにかな、その縛りプレイは。
肉体の感覚を残している不死者であれば多少は物理攻撃は効く。しかし古代からいる霊ならば無効にされてしまうというのに。とはいえウリドラは無茶は言っても無理なことは決して言わない性格をしているはずだ……と信じたい。
がちゃがちゃと歩み寄る彼らを前に、うーんと悩みつつ腰の片手剣、星くずの刃を抜く。するとわずかに刀身がキュイと鳴った。これは僕の身に流れている気を吸い取ったのだと思える。
「あ、そういうことか。気を使って倒せってことだね」
「うむ、あとは攻撃の瞬間だけ加速を解放することを――」
ぐにゃりとウリドラの声は間延びした。
僕の頭部を狙う一刀に合わせ、加速を使用したせいだ。
がきっ、バジッ!
とん、と床に降り立つと同時に、動く鎧の頭部と右手首はブランと垂れる。まあやはり霊体らしく倒れることはなく、宙に浮いたままこちらを見つめているけれど。
「うーん、クッパーみたいに急所が無いと――面倒だなぁ」
つぶやき声が切れたのは、胴体を貫こうとする3本の雷から瞬間移動をしたせいだ。死霊兵達の背後に回りこんだは良いものの、有効な攻撃方法が分からなくてウーンと悩んでしまう。
気を使って倒せなどと言われても「気合だ気合」と昭和の人から激励されている感覚なんだよなぁ。まあ師匠がお望みならば、気合で倒してやりましょうかね。
ずず、と慣れない気をめぐらせると星くずの刃は貪欲にそれを吸い始めた。




