第78話 戦士たちの休息
――古代迷宮、第2層。
ザッザッ、ザーーッ!
目覚めるなりそのような異音が聞こえ、「ふが?」と変な声を出してしまう。
毛布から身を起こし……おっと、マリーから抱きつかれて……昨日は寝かしつけてくれたのだし、もう少し寝かせてあげようか。そっと腕をどかし、真っ暗闇のなかで響く音に耳を澄ませた。
ぜっ……撤収かい……っ、ザーーッ!
ああ、これは無線か。
日本で眠りについた時間からして、たぶん朝の7時前だろう。
電波か何かが通じづらいのか、無線機からは砂嵐じみた音が響き続けている。
ここは二層にある小部屋なので、構造的に反射してしまうのかもしれない。魔具なるものの仕組みが分からないので推測のしようが無いけれど。
さて、撤収という声は聞こえたが、それほど急いでいる感じはしない。ぼりぼりと暗闇のなか頭をかき、ふと横を見ると扉の隙間から灯りが差していることに気づく。誰か通路にいるのだろうか。
立ち上がり、両手であちこち触れながら進んで扉をがちゃりと開く。と、ランタンなどを持ち、ぞろぞろと進む一団がいた。
「……あれぇ?」
装備からして第二層攻略メンバーのようだが、一体何があったのだろう。彼らは後から後から続いており切れ目は無い。方向からして上層へ戻っているのだろうか。
寝ぼけた目をこすりつつ、辺りをきょろきょろ見回していると、こちらへ呼びかける声が響いた。
「お、こんな所でなにしてんだ?」
「あれ、ゼラさん。くあっ……。おはようございます」
あくびを噛み殺して挨拶をすると、やれやれとブラッドストーン隊長であるゼラは肩をすくめる。彼は黒髪をした長身の男で、先月に僕らが救出した対象だ。それ以来、こうして頻繁に会話をする仲でもある。
そのとき僕の背中へ「のしっ」と乗ってくる存在がいた。ようやく起きてきたエルフ、マリーだろう。ずるりと肩のあたりへ顎を乗せ、彼女も眠そうに欠伸をした。
「うは、すげえ寝ぼけ顔。さっさと準備しろよ。これから一時撤収して、城で英気を養うんだからな」
その言葉に「はい?」と僕らは首を傾げた。
さて、僕らの知らぬ間になにやら動きがあったらしい。
二層攻略に手こずり、日に日に彼らの体力は失われつつある。迅速に攻略を終わらせたいところではあるが、効率は悪化の一途だ。そのため一時撤収をし、城で活力を取り戻すらしい。
「はあ、それで今さら一層攻略達成の祝賀会ですか」
「まあそう言うな。何か理由が無いと、こうして公に休むなんて出来ないだろ」
集団のなかゆったりとした螺旋状の階段を登っている。
周囲が徐々に明るくなりつつあるのは、ようやく地上の光が差し込み始めたからだろう。
最後の手すりを掴み、外へ出る。
すると天井のない空が広がり、久方ぶりの空気をたっぷりと吸い込んでしまう。隣にいるマリーと共に大きく伸びをしており、他の隊でも空気の清々しさに喜んでいる者は多い。
空は真っ白だった。
アリライ国もそろそろ雨季へ入る時期らしく、日差しはだいぶ和らぎつつある。あと数週間もするとオアシス以外にもぽつぽつ緑が生えてくるだろう。
「確かに1ヶ月も篭ってましたからね。そろそろ休まないと体調を崩す人もいるでしょう」
「そうだなぁ、俺なんかは戦ってないと鈍って嫌だがな。そんで、お前たちは外の国から来たんだろ。泊まる所はあるのか?」
そう聞かれ、少女、それから黒猫と共にうーんと頭を悩ませた。
ああ、言い忘れていたけれど黒猫の使い魔はこの世界にもいる。日本、そして夢の世界へそれぞれ存在しており、眠りについた側はスイッチを切ってしばしのお別れになる。
と、マリーは何かを思い出して口を開いた。
「猫族ミュイの工房に行くのはどうかしら? あそこならだいぶ広かったでしょう?」
「あ、そうだね。後で寄ってみようか」
それ以前に何日滞在するかも分からないし、場合によってはマリーの国へ帰ったほうが楽かもしれない。その旨を伝えると、ゼラから鷹揚に頷かれた。
「おう、もし困ったら俺の家を尋ねてくれ。客人くらいは泊められるからな。おっと、もう出発か」
どうやら攻略隊は全て地上へ戻ったらしく、号令と共に動き出していた。
しばらくするとアンダルサイト隊のドゥーラも合流し、初めて日の光の下で彼女の素顔を見ることになった。
「おはよう、ねぼすけ君。いつになったらアメシスト隊は目覚めるの?」
「え、まだ眠そうな顔をしてます?」
こくりと全員から頷かれ、わははと明るい笑い声が響いた。
やあ、たまにはいいね、こういう大所帯も。来るときとまるで異なる光景で、騒がしくも楽しい時間を過ごさせていただいた。
ちなみに僕らアメシスト隊が目覚めるのは、ウリドラの合流する2日後だよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
古代迷宮一層にある中央広間は、人の気配がだいぶ薄れてきた。
制圧とともに本部は地下へと移され、必要な物資もここへ山と積まれている。
あたりを見回し渋い顔で白髭をさすっている老人は、高名な魔導師であり全隊の情報共有を統括している人物だ。かつては戦争や迷宮で名をはせたものの、年老いた今となっては後方支援に注力している。
「何かがいるな」
ぬうっとテントから姿を現したのは、総括責任者のハカム。赤銅色の日焼けをし、たくましい肉体をした男である。
彼の突然な声にも老人は驚きもせず頷いた。
「おるのう……。わしらの進行を遅らせて喜んでおるわ」
「前に報告があった賊だとは思うが、それにしてはおかしい」
そう、おかしい。
老人の目をもってしても発見できず、監視をくぐり抜けるように妨害をしている一団だ。それは賊とは思えぬ所業であり、まず1ヶ月もこもり続けていられる時点でおかしい。
正体不明の事件は頻発しており、扉への細工、人為的と思える魔物の襲来、戦闘中に遠隔魔法を撃ち込まれるなど被害は拡大しつつある。なにより隊員の士気が下がるのは困る。
それにより元の計画から遅れが広がりつつあった。
「何者かが支援しておるのか。あるいは……」
「キナ臭い。迷宮だというのに、ここは戦場の匂いがする」
ただでさえ第二階層主である「シャーリー」なる不死性についても尻尾を掴めていないというのに。司祭の力をもってしても大したダメージを与えられず、とどめを刺しても異なる場所からぬうっと生まれ出る。
謎の一団、それに不死の王と、頭を悩ますものは数多い。
そしてもう一つ、悩みの元はあった。
「王族からの命令だ。各派閥の戦力を取り入れる」
ぎろりとハカムが睨みを効かせたのは「文句を言うな」という意味がある。彼自身、何度も説得を試みていたことを老人は知っており、だからこそ喉に出かかった言葉を飲み込んだ。
「俺も冒険者などという存在を信用しておらん。安全と金、両方を確保しなければ働きもせん連中など頼りには出来ないからな」
彼は古臭いかもしれないが「信念」というものを何より大事にしている。戦う者の「信念」こそが結果を左右するものであり、それは戦でも迷宮でも変わらない。
怖いから引き受けません、などではなく祖国のために勇気をもって立ち上がる人物こそが彼の愛する戦士だ。
「まったく、唯一の明るい材料が、雨季にはいる前に第一階層を拠点にできた事とは」
「違いない。おかげでびしょ濡れにならずに済む」
久しぶりに2人は歯を見せて笑った。
このような笑顔は、あの子供たちが救出任務をクリアしたとき以来かもしれない。となるとこのような行事こそ張り切ってしまうのが大人というものだ。
「よし、可愛いあやつらを楽しませてやるかのう」
「うはは、そういう作戦を考えている方が良い顔をするな。よし、祝賀会では酒を振る舞ってやるか」
そのような話をしているうち、いつの間にやら老人と総括も、久方ぶりの休養を楽しみにしていた。




