第67話 青森めぐり桜吹雪編①
要件を伝えると、がっしりとした体格で背の高い男は、見たことないほど驚いた顔をしていた。彼はブラッドストーン隊のリーダーであり、救出任務を通じて仲良くなったゼラという人物である。
彼、そして隣にはドゥーラという赤毛の女性もおり、ついさきほど広間で再会したところだ。とはいえ、悪魔を倒した昨夜とはまるで異なる光景だけど。
「はあ? こんだけお宝が出てんだぞ。マジで一回帰るのか?」
唾を飛ばしながら、ばっと広間へ積まれた魔石、そして財宝の様子を見せてくる。どうやら悪魔を倒したことで奥の宝物庫は開放されたらしく、いまは運び出すのに大忙しの様子だ。まあ、働く隊員も検分するのが楽しくて仕方がないという表情だけれど。
「ええ、今日から大型連休ですので」
にっこりと僕とマリーの2人で笑いながら答えると、さすがのドゥーラさんも顔を引きつらせていた。とはいえね、待ちに待ったゴールデンウィークのほうが僕らにとっては大事なんだよ。それにたぶん一番のお宝である星くずの刃はいただいているからね。
黒髪をガシガシ掻きながら、やはりゼラは「理解できない」という顔をする。
「よく分かんねえなぁ……。お前らは欲が無いっつーか、違う欲が働いてる感じがするわ。ああ、こっちは進めとくから大型連休とやらを楽しんで来てくれ」
あ、そうだ、という顔をゼラは浮かべる。そしてカバンからコブシ大より大きな包みを取り出した。ぱらりとめくれば、そこには海を思わせるターコイズ色をした原石が……。
「ほらよ、とびきりデカい魔石だ。お前を見てると将来が心配になって仕方ないから、せめてこいつを持って行きな。残りは換金してから送るからさ」
そう言い、躊躇する間もなくグイと手渡されてしまう。
まさかこちらの世界でも将来を不安に思われるとは……。ともかくマリーと一緒にありがとうと礼を言い、遠慮なく頂戴することにした。
その会話へ近づくのは彼の隊員たちだ。
「やだ、ゼラ隊長だってもうすぐ長期旅行を控えてるじゃないですか」
「今回のお宝で十分に費用を貯めましたしね。もうワンランク上の旅行へ変え、心ゆくまで愛を……」
がつんがつんと殴られてゆくのはいつもの光景だ。
とはいえ普段冷静なドゥーラがうろたえる様子は、彼らにとって楽しいものなのだろう。ギリギリと羽交い絞めをされていても隊員は喜んでいるようにさえ見える。
そのように賑やかな中、ぴっとこちらを大男は指差してきた。
「ま、そいつは祝いの品だ。第一階層は他にも主がいるようだから、その攻略が終わるまで遊んで来ていいぜ」
「はい、ありがたくいただきます。では、行ってきますね!」
しばしの別れを告げ、そして僕は長距離移動スキル、旅路の案内者を起動する。抱きつくマリーと共に、もう一段下の世界へと落ち、あたりは真っ暗闇へと転じた。
さあて、青森旅行の始まりですよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カーテンから漏れる明かりは眩しく、しばらくこの快晴は続くだろうと思わせる。
日中気温は東京26度、青森21度……などと気象庁からの予報がテレビから流れており、その前にはマリーと黒猫が座っていた。
エルフ族であるマリアーベルは落ち着いた緑色のワンピースを着ており、春らしくコットンの長袖を選んでいる。同色の縞々ハイソックスを組み合わせると、なおさら幻想世界の雰囲気が漂うね。
そして隣の黒猫もまた幻想世界の住人である。
ただの猫ではなく使い魔であり、それの主人は魔導竜ウリドラだ。旅行の同伴に向いた姿をしているらしいが、たしか意識や感覚まで共有できると言っていたかな。
と、マリーはこちらへ振り返り、ぽつりと呟いてくる。
「なんだか不思議なの。楽しみにしていたものが、たったいま始まるなんて」
彼女の言う意味はなんとなく分かる。待ちに待ち過ぎていたせいで、いざ始まると戸惑ってしまうのだ。本当にもう始まるのか、と。
その返事は、こうして手を差し伸べるべきだろう。
「では、旅行を始めますよ、お嬢様がた。どうぞこちらの手をお取りください」
どこかぼんやりとしていた少女だが、その言葉にすこしだけ瞳へ笑みを浮かべる。そうして黒猫は膝から降り立ち、少女のほっそりとした手がかけられた。
「あら、素敵ね。あなたはそうしてかしずくのが似合っている気がするけれど?」
「え、それは微妙な評価だね。そういうマリーこそ、かしずかせるのが似合っている気もするかな」
失礼ね、などと少女から言われつつ、戸締りは終わり、テレビは落とし、そして住人は部屋を後にする。するりと玄関を黒猫は出てゆき、僕らも後を追うようにして快晴に包まれた。
2泊3日とはいえ、主な荷物は着るものくらいだ。背負ったカバンはさほど重くなく、足取りの軽さを抑えることはできないだろう。
玄関を出て階段を降りていると、マリーはいつぞやの「旅行にぴったりな歌謡曲」を口ずさんでいた。都内近郊へ車旅行をしたときに、竜とエルフが歌っていたものだ。
じゃれるよう黒猫が足のすぐ近くを歩いてくるのが可愛らしい。
「あら、これを聞かないと旅行という気がしないのよ」
「たしかにね、その歌のおかげでようやく旅行気分になってくれるよ。ただ、ウリドラは歌えなくて残念そうな顔をしているかな」
なう、と抗議をするよう猫は鳴く。
むすりとした顔はどうも子猫らしくなく、クスクスとエルフの少女は微笑んだ。
――東京駅。
朝の7時台ということで、旅行客、そしてちらほらと通勤する者の姿が混じっている。
東京駅というのは構造が複雑で、人の流れもあり迷いやすい。どうにか東北行きの新幹線のりばへの改札を通り、それから少女へと振り返る。
黒塗りの網かごを脇へかかえているので、少しだけ通るのに苦労をしているようだ。持とうかと仕草で伝えたけれど、首を振ってきたのでたぶん大丈夫だろう。
そのなかには黒猫がおり、にうと小さく鳴いてくる。
はぐれないよう手をつなぎ、そして新幹線をより楽しむべく近くの店へと立ち寄るとしよう。周囲より一際明るい看板をしたお店へ着くと、少女は瞳を大きくさせた。
「わ、ずらりとお弁当が!」
「長旅を楽しむにはね、綺麗な景色、そして美味しい食事は欠かせないんだ。飲み物とお弁当をひとつだけ選ぼうか」
ところ狭しと並べられた弁当は、どれもこれも個性的だ。
魚介を前面に押し出したもの、見るも鮮やかなサーロイン、タルタルの絡んだ鶏肉、煮物、漬物……などなど、旅行客の気を引くためにどれもが美味しそうな色合いをしており、そして弁当箱自体も個性が強い。
「まさかこんなに種類があるなんて! ど、どれにしようかしら……ねえウリドラ、あなたも一緒に考えてちょうだい。どれが一番美味しいか、私たちは見定めないといけないの」
「そんな真剣にならなくても……まあ、ゆっくり選ぶと良いよ」
うんうんと少女、そして黒猫は悩み、ときおりケースのなかから「にうにう」と鳴いてくる。小さな黒い手が伸びているあたり目星をつけたのだろうか。
「駄目よ、そういうキャラ物は味が落ちると聞いたことがあるもの。それよりもこちらはどうかしら。卵が黄色くて綺麗だわ」
にうにうと鳴いてくるのは「綺麗さじゃなくて味でしょう?」と訴えているようにも聞こえるね。言葉が無くても意思は通じるんだなあ、と妙な感心を僕はする。ペットボトルのお茶を飲みながら、そんな彼女らをつい観察してしまうよ。
と、見咎めるような表情で、くるりと少女は振り返る。
「ほら、あなたはどうしてのんびりしているの。いいかしら、こういう物は美味しいものから売り切れてしまうのよ。急がないとお茶だけになりますからね」
「ああ、それじゃあこっちのシュウマイ弁当にしようかな。最後の一個だし」
ひょいと手に取ると「あっ!」「にう!」と2人は声を上げてくる。
「……あ、ひょっとしてこれを買う気だったの? いいんだよ、取り替えても」
「い、いいわっ! 私たちの候補は他にもたくさんあるのですから。そのなかで最も弱かったのがシュウマイ弁当なのよ」
ズビシ!と黒猫とエルフから指を向けられてしまった。
う、うん。なら構わないんだけど。そうか、シュウマイ弁当は四天王最弱だったのか。可哀想だからあとで美味しく食べてあげるね。
さて、そんなこんなでお弁当選びには長い時間をかけ、結局2人は幕の内弁当を選んだ。9つに区切られた枠のなかへ色とりどりの煮物、炊き込みご飯、おかずが並んでいて互いのニーズに応えていたらしい。
まるで最高のお弁当を手にしたように、マリーは満足げ表情をしていた。ちらちらとお弁当を覗き込み、そして時おり僕のものを見て「んふ」「にう」と笑う。
あれ、いつの間に僕の負けになっていたのかな。
やはり幕の内には勝てなかったか、シュウマイ弁当君よ。
ホームへ出ると、あの鮮やかな車体、日本の誇る「はやぶさ」が待っていた。




