第41話 魔術師ギルド長
少女の通う魔術師ギルドには長い歴史がある。
それは太古の技術を解明し、今日まで戦力の源として国を支えてきたからだ。
だからこそ警備は非常に厳重となる。物理、魔法に対する防御障壁、さらには情報を保護するものを施設内に敷かれているらしい。
迷宮探索を望む僕らは、マリーの案内によりギルド長に会うこととなる。当然のこと来訪者への審査は厳しく……などということは無く、ものの数分で奥へとあっさり通された。
おかしいなあ、噂とまるで違うんだけど。などと小首を傾げてしまうのだが、通してくれるなら構わない。
その部屋には天井にまで本棚があり、陽の光はさほど差し込まない造りをしていた。
中央には重厚な机があり、まるで個人用の図書室のようでもある。
机には長く白いヒゲをたくわえ、どこか温厚な瞳をするギルド長が腰掛けていた。
いわゆる大魔導師という存在であるものの、想像していたよりもずっと背は低い。外見上だけは年端もいかない僕らだが、それよりも下だ。帽子をかぶっているせいで土妖精にも見える。
ニコニコと微笑みながら、老人は少々高めの声をあげた。
「ふむ、マリアーベルよ。代行を立てず、彼らを同行者に選んだ理由を教えてもらおう」
「はい、ギルド長様。彼らは私が最も信頼し、そして誰よりも優れているためです。彼らを目にし、代行を立てようという思いは消えうせました」
僕らの一歩前に立つ少女は、エルフの耳を揺らしつつハキハキと答える。
ふむ、と老人は声を漏らす。そして少女の説明で不足している点について、どんぐりのような目を僕へと向けた。
「どうやら彼女は君らを信頼しておるようだ。しかし私はまだ信頼していない。優秀な子をみすみす危険に晒す気はまだ無いのだからね。そこの少年、どれほどの腕を持っておる」
ぴくりとマリーは耳を震わせた。こちらへ振り返らずとも心配されているのだと分かる。
まあ、こういう時のためにアレを取っておいて良かったよ。世の中は言葉だけで証明できるものなんて物はほとんど無いからさ。
腕輪へと触れ、そして一部だけ閲覧権限を開放する。
すると宙に浮かび上がったのは、つい先日に冒険者ギルドで取得をした格付けの結果――AAAという、少年には似合わない近接戦闘の実力が表示された。
それを見て一番驚いたのはエルフの少女であり、見開かれた薄紫色の瞳へと僕はウインクをする。こういう時くらい男として格好をつけさせてくれると嬉しいね。
「……ふむ、見た目通りの子では無いということか。それで、この『格付け継続中』の意味は?」
「これ以上の格付けはまだ出来ないということで、いまは保留にしていただいてます。時間ができればまた行くかもしれませんが、特に必要とは思っていません」
ふむ、ふむ、と老人は何度か頷き、どうやら半ばまで納得してくれたようだ。
老人の背後から少女が「いつ取ったの?」と口をパクパクとさせて来たので、こちらも「昨日」とパクパクして答える。
さらに「先に教えなさいよ」などと言って来たが、詳しくはまた後で伝えるとしようか。
「真面目なマリアーベルにしては面白い子を見つけたな。幻影とは確かに心強いだろう」
「……幻影?」
聞きなれない言葉に少女と揃って眉をひそめると、老人から「気にするな」と手で払われてしまった。どうやら外見によらず多少は気難しい性格のようだ。
「それで、こちらの女性は何者かな?」
「は、はい、盾役であるウリドラです、ギルド長様」
老人の瞳はウリドラへと移されると、代わりにマリーが紹介をする。
ウリドラは珍しい外装をしていた。今は角も尻尾も隠しており、それをドレスの形状に似た外装として組み直している。
触れれば分かるが極めて硬質なものだ。稼動領域は広く、意思で自由に動かせるなどこの世界の防具とは根本から異なる。
老人は観察すべく外装へと触れ、やはり「ふむ、ふむ……」と何度となく頷く。
「彼らが裏切らないという保証はあるのかね?」
「保証などはございません、ギルド長様。ですがそうなることは無いと私は確信しております」
まあ、それ以前に迷宮を見つけたのは僕らであり、タナボタの恩恵を授かっているのは彼らだろう。しかし誰一人としてその事には触れない。いわゆる大人の事情というものだ。
「よろしい、許可しよう。以上で私の審査は終わったが……どうした、驚いた顔をして」
「い、いいえ、てっきりその……何日か要すると思ってましたから」
少女の言葉に、老人はくぐもった笑い声を響かせる。
「なんだ、てっきり計算通りかと思っていたぞ。アリライ国が迷宮探索を始めるのはもう間もなくだ。審査なんぞよりも、とっとと迷宮に向かわせざるを得ないだろうに」
あっ、という顔を少女は浮かべる。
言われてみればその通りで、参加を遅らせるメリットは彼らには無い。まったく考えてはいなかったが、確かに計算しているようなタイミングだろう。
「ふん、それくらい狡猾になってくれて構わんぞ。むしろその生真面目な性格を、わしは最も心配しているのだ」
「あ、ありがとうございますギルド長様! かならずや太古の秘術を解き明かしてみせます」
「うむ、うむ、気張らずにな。最も大事なのは無事に戻ることだ。そして――ああそうだ、ウリドラとやら」
名指しされたウリドラは、黒曜石じみた瞳を老人へと向ける。
「驚いたな、また下界へ遊びに来たか。よほどその子らに興味があったのだな」
「ふ、ふ、貴様は老いたのう。部屋に入ったときの貴様の顔と来たら吹き出しそうであったぞ」
くつくつと二人で笑いあう様子に、またも僕らは目を丸くする。
そうして茶を用意され、彼女らの談笑が始まるとさらに驚く話を聞かせてもらった。なんでもギルド長と竜人は、かつて肩を並べたことがあるらしい。
「ふ、ふ、肩を並べるというよりは、遊び相手に近かったのう」
「いや、悪戯仲間と言ったほうが良いわい。南にオラン湖があるだろ。あれはウリドラを怒らせたせいで生まれたやつでな。冬にはたくさん魚が採れて助かるが、当時は揉み消すのに苦労したぞ」
はあ、という気の抜けた声しか出ない。
今となればあっさりと通された理由もよく分かる。彼女を止めることなど衛兵には出来ないと、ギルド長は判断したのだ。
ひょっとしたら好いていたのかもしれないと、老人の瞳を見て思う。僕らに話しかけつつも、どんぐりのような瞳は竜へと向けられていたのだから。
それからたっぷりの茶菓子をもらい、外にまで送り出してくれた。
ぺこりと二人で頭を下げ、そして竜はひらひらと手を振る。あっさりとした出会いと別れではあるが、老人は嬉しそうに笑っていた。
そのように、何の問題もなくあっさりと僕らは迷宮探索の許可を得たのだ。
「はー、びっくりしたけど了承してもらえて良かったね。あんなにすんなりと行くとは思わなかった」
「それは私の台詞だわ。隠れて格付けをしていただなんて……あとでまたつねりますからね」
ぐいぐいと宙をつねる仕草を見て、冷や汗を流す思いだったよ。
さて、それからすぐに僕らはアリライ国へと舞い戻る。
灼熱の地、アリライ国――……。
万物は太陽に焼かれることを義務付けられており、日中は息をすることさえ苦痛を要する。
そのような地ではあるが、僕らに関しては実に快適だった。
妖精を操るマリーは水の精霊により周囲へと霧をまき、それが蒸発することにより熱を逃がす。いわゆる気化熱というもので、つい先日に彼女がマスターしたものだ。
長距離を移動する技能【旅路の案内者】は、旅を祭る祠へとたどり着くことが出来る。ちょうどそのあたりには井戸があり、こうして多めの水をいただいたのだ。
「ああ、覚えていて良かったわ。これなら快適に歩けるわねぇ」
「う、うん、僕としては砂漠気分が削がれるんだけど……あっ、すごく快適だよ! やっぱりマリーは凄いね!」
慌てて意見をひっくり返したのは、僕のところだけ気化熱が無くなってしまったせいだ。
じょわりと水分が蒸発してしまうと途端に不快指数は上がり、そして少女から冷たく「つーん」と顔を逸らされる。
まあ、そうなるとゴメンナサイという選択肢以外は無くなるね。
どうっ……!
そのとき周囲へと砂塵が舞い、空からウリドラが降りてくる。
外装を翼状に変え、彼女だけは【旅路の案内者】を使わずに飛翔してきたのだが、ものの30分ほどで合流できるとは思わなかった。
「やあ、思っていたより早かったね。ごめんよ、僕の技能は重量制限が厳しいせいで」
ガチャガチャと音を立て、竜翼は装甲へと形を変える。変型とかロボとかに興味は無いが、こうして実際に見ると格好良いと思わせた。
「ふうむ、どちらにせよ神の領域にわしは入れぬ。彼らと近しい存在じゃから、向こうのほうから断られるのだ」
はあ、そういう事もあるのか。
ひょっとして神様同士は仲が悪いのかな?
少々面倒だけど長距離の移動をする時には、こうして別行動を要されるわけだ。
「迷宮への移動は明日だし、先にミュイのところに行きましょう」
「そうしようか。ああ、ミュイというのは猫族のことなんだ。魔石の精製ができて、たぶんこれからよく通うことになるから」
そう伝えると、ふむと魔導竜は考え込む素振りを見せる。
「……まあ、ぬしらはそのような出会いに恵まれているということじゃな。ではさっさと向かうとしよう」
うん、どういう意味だろう?
その言葉の意味は、もうすぐに分かることになる。
涼しく快適な移動は、きっかりとアリライ国へとたどり着くまで続いた。




