第42話 魔導竜ウリドラ
悪。
そのような存在は至る所におり、そして「どれほどの害を与えるか」という程度の差がある。
ありていに言えば意図的に害を与える存在こそが悪なのだ。
では迷宮に潜む彼らはというと、局地的な害を与える存在だろう。
もう少し言うと、国の益を貪る存在と思って良い。
例えば、迷宮探索の先行隊が彼らと出くわした時のことだ。
狡猾な彼らは後をつけ、そしてちょんと背中を押すだけで運命を左右できる。
それはとても簡単で、先行隊が広間へとたどり着き、くぐり抜けた後に扉へ細工をするだけで済む。
ノブをがちゃりと回せば扉は開く。しかし広間側からノブを切り落とし、そして念のため油をつければもう開けない。
暗闇のなか、彼ら先行隊は見るだろう。
見上げるような巨人は恐竜じみた頭部をしており、それがゆっくりと振り向く姿を。
呆然と立つのは、打つ手が何も見つからないからだ。
やがて恐怖、恐慌、などという感情に満ちた声が響いた。ああ、もう一つ。複数名のくぐもった笑い声もあったか。
ガリガリと扉をかきむしる音など、聞くべき音では無いだろう。
こういうとき人は神に祈るはずなのだが、彼らは一言も祈りを捧げることは出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぎぃ……っ。
扉を開くと明るい空間が待っている。
卓上に置かれた幾つかの石は、恐らく迷宮から追加で持ち帰られた魔石だろう。
それらを一つずつ毛むくじゃらの手で触れていた猫族は、来訪者へくるりと振り返る。青みがかった真ん丸の瞳は、ぱちぱちと大きな瞬きをした。
「お帰りなさいにゃん!」
彼は覚えたてらしき共通語を発したが……そうだった……語尾を猫風にアレンジするようエルフから言いつけられていたのだった。僕としては何やら変なものに聞こえるのだが、マリーがそうだと決めたなら仕方ない。
「まあ、働き者の猫ちゃん。こちらへいらっしゃい」
二足歩行とはいえほとんど猫であるミュイは、勢いよく駆け寄るとエルフめがけてジャンプする。
万歳の格好で抱き上げられる様子は、まるで生きたぬいぐるみのようだ。
「んー、あったかい! まったく、こんなにお日様の匂いをして……頭の後ろをグリグリしますからね」
ああ、だらしない顔をして……。
猫大好きなマリーにより、よだれが出るまで猫族は撫で回される。
ぐるるんっ、ぐるるっふっふん。
ミュイに迷宮がらみで変化があったか聞こうと思っていたのに、そんな声を発する様子に諦めたよ。マリーの猫好きは知っていたけれど、もう少し手加減をしてくれると嬉しいなぁ。
しかしその至福の時は、黒髪の女性が戸口をくぐると終わりを告げた。
「お邪魔するぞ、ミュイとやら。こうして顔を合わせるのは初めてであるな」
ウリドラを見た猫族は瞳をまん丸に開き、にゅるりと少女の腕から抜け出す。そして、ダッ!と石畳の床を駆けた。
あーあー、梁の上にまで登っちゃったよ……やっぱり猫族だなぁ。
「りゅっ、りゅうっ、竜の匂いがするんデスっ!」
「大丈夫だよ、ウリドラは優しい人だから乱暴にはしないよ」
「ふ、ふ、わしが優しいと言われるとはのう。むしろ、ぬしらを見て毒気を抜かれぬ奴を見てみたいぞ」
そうかなぁ、ウリドラは騒がしいけど優しい女性だと思うよ。まあ、出会い頭に焼き殺されたけどね。
どうやらミュイは竜という存在に気づいたらしい。
まあ竜の血や鱗を預けていたのだし、匂いを覚えていておかしくないか。などと考えていると隣へ黒髪の女性が立ち、梁に向かって声をかけた。
「……そこからあと5秒で下りなければ、カズヒホの昼食は抜きじゃぞー」
――ひゅる、すとん。
見事な着地が決まり、僕とマリーでパチパチと拍手した。
では、昼食でもいただきながら話でもしようか。
「猫族のことを教えてやろう」
そのように竜が言うと、猫はフォークを置いた。
仲間のいないミュイにとって、祖先が何をしてきたのか、そしてなぜ魔石を精製できるのかと常に疑問を抱いていただろう。
僕とマリーにとっても興味深いので、焼きそばを食べながら静かにしている。
皆の視線を受けた竜は、頬杖をついて猫の瞳を覗き込んだ。
「古代より猫族とは魔を払う一族とされておる。魔を払い、過去には人々を守ることもあった。しかし今では数えるほどしか残されておらぬ」
まだ共用語を十分に覚えていないミュイのため、竜は獣人語を扱っている。そして少女には僕が通訳をする役目だ。
猫族はガラスのように澄んだ瞳を竜へ向け、ぴくりとも動かない。
「それは何故か。諸外国から悪意を持つ一団が送られたのではと言う者もおる。しかし今となれば真実は砂の底じゃろう」
そう言いながらウリドラは竜の血を手にした。これは魔導竜の血を吸い込んだ石で、青みがかった色をしている。
「ゆえに猫族は魔を払い、存在を変える力にも長けておる。どれ、特別にわしの竜の血を【加工】する許可を与えてやろう」
「い、いえ、まだボクは精製しか出来ないのデス……」
「安心せい、ただ石が望むままの姿へ変えるだけだ。ほれ、石に好かれたおぬしなら造作もないじゃろう」
そう言い、ずいと竜の血を猫族へと手渡す。
気のせいか石はわずかな燐光を放っており、鼓動に似た速度で瞬いているようだ。
そして僕らは、初めて魔法装備が生まれ出る光景を目にした。
工房にある短い階段へと腰を下ろし、竜と猫による儀式を眺める。それは不思議な光景で、竜の血と呼ばれる石はみるみるうちに姿を変えていった。
ウリドラは「石が望むままの姿」と言っていたが、まさしくその通りだと僕らの目には映る。
製鉄をしているわけでも無いのに、本当の姿を表すよう形を変えてゆくのだ。昨夜に見たマリーの耳隠しでもそうだったが、しゅわしゅわと音を立て、淡い燐光を撒き散らして石は姿を変えてゆく。
「不思議ね、まるでガラス細工みたいだわ」
「うん、それに近いけど……ずっと複雑だ」
こしょりとエルフは耳打ちをしてくる。
集中しきっている猫族を邪魔しないようにしているが、両手で覆って囁かれるとだいぶくすぐったい。
繊維状の織り目をなし、棒状のものはより細かい造りへと変わる。
それを猫は撫で、そして竜が補助をする。棒を回し、さらに複雑な形状へと変えてゆくのだ。
「よく覚えておくのだぞ、ミュイ。いまは石の声を聞き、あるべき姿へと向かっておる。しかしこれからはミュイが『あるべき姿』を決め、石を導くのである」
「は、はい……っ!」
しゅわりと最後の燐光が収まると、やがてそこには一本の……。
「あっ、魔法の杖!?」
思わずマリーは立ち上がり、出来上がったばかりの魔法装備へと歩み寄る。元は黒い素材だというのに、銀細工じみた芸術的な杖と化していた。
「ふ、ふ、温泉地で勇気を出したエルフにはご褒美を与えよう。……マリアーベルの名を刻み、世界に新たな息吹を与えん」
ぐりぐりと杖へマリアーベルの名を描き、そして少女が手に触れる。間際には静電気によく似た光がパチっと弾けた。
そのときに、もうひとつ驚くことが起きる。
少女が手に取った瞬間、ぽーんと腕輪が鳴ったのだ。
『 限定的にセカンドスキルが開放されました。
技能を選択してください 』
『 杖を保有している時に限り、
【魔導に目覚めし者】が発動します 』
そのアナウンスに僕と少女は目を見開く。
能力情報を共有していたおかげで僕も聞けたのだが……セカンドスキル、それに固有スキルだって!?
夢の世界ではたびたび「ファーストスキルという事は、セカンドスキルもあるのだろうか」という疑問の声があがる。その答えがいまここにあった。
「そうか、己で取得できるのがファーストスキル、補助により取得できるのがセカンドスキルという事か。どおりで噂でしか聞かないわけだ」
僕の言葉にウリドラは鷹揚にうなずき、それが正解であると伝えている。
まさか魔導竜から生まれた魔法装備は技能を付与できるだなんて……。
いまだ驚いている僕へ、ウリドラは悪戯めいた瞳を向けた。
「ふうむ、ぬしに与えるのはまだ早いのう。まずは腕を鍛えてやろう。見たところ職レベルに対して武器レベルが低すぎる」
そう言い、黒髪美女はニッと笑みを浮かべた。
ああ、やっぱり僕も男だったらしい。知っていたはずの世界にはまだまだ先があり、竜が師として導いてくれるということに胸へ炎が灯るかのようだ。
「うふふ、楽しくなってきたね。やっぱりウリドラは夢の世界では大先輩だ」
「ふ、ふ、わしも楽しみでたまらんなァ。人間の子を育てる竜など聞いたことも無いからのう。じゃが、その眠たげな顔は直せぬぞ」
あ、やっぱり?
まあそれはとっくに諦めているし構わないけどね。それよりもマリーの技能が気になって仕方ない。
都市伝説に近しいセカンドスキルとやらを、エルフさんと眺めるとしようか。
同時刻、城へと知らせが入った。
その知らせとは、迷宮を事前調査していた先行隊の消息が途絶えたという内容で、指揮を総括する人物は鋭い目つきで立ち上がる。
「他国の手の者と思うか?」
「まだ分からぬが……生きたまま捕らえたいものじゃな。良い材料にできる」
隣に立つ老人は顎ヒゲをさすり、にたりと笑みを浮かべる。その表情は実に楽しげであった。大魔導士である老人はこのような事態を楽しめる人物らしい。
正反対に統括者は憎々しげに立ち上がる。腰に剣を差し、軽装のまま部屋の外へと出る。
「まったく、未曾有の事態にこそ良からぬ者が混じるものだ」
「ふん、それだけ宝に価値があると思え。さあて、始まるぞ。国を挙げての穴掘りがな」
その日、予定していたより1日早く探索は開始された。
アリライ国の誇る精鋭140名余り……補助を合わせれば10倍へと膨らむ規模が一路西へと旅立った。
灼熱の遺跡ウジャーピークへと向かう一行には、子供2人、さらには美しくも不可思議な鎧をまとう女性が含まれていたという。
―― 魔導竜の章 END ――




