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第280話 戦士たちの帰還①

 ――ザッ、ザザ――ッ。


 砂混じりの音を、魔具はただ鳴らし続ける。

 これは魔導士の開発したものだ。周辺の地形記録、仲間の位置情報を把握できるだけでなく、遠く離れた者と会話することが出来る。


 しかし第四階層ともなると本部との距離があり、安定させるための調整が必要だった。

 そのようにして工兵が微妙な調整を繰り返していると、ザッ!と甲高い音を立てて静まり返る。


『ハカム様、夕食を支度する時間です』


 それを聞き、統括者ハカムは頷いた。

 今のは暗号名コードネームなどではなく言葉通りの意味だ。夕食を作る者たちは全て第四層の攻略に参加しているため、本部は帰還を乞うている。

 ハカムは振り返り、そして身なりの良い男性の前に跪く。


「ではウォルス王子、本日の任務を終了いたします。王子にとっては初の攻略です。無理をなさらず、何か問題があれば通信ラインでお知らせください。必ずや迅速に駆けつけます」

「その粗雑な魔具とやらは持ち帰れ、ハカム。私には不要の代物だ。休息は認めるが定刻に遅れるな」


 粉雪の舞うなか、ウォルス王子は冷たい声でそう伝える。

 敵地で連絡手段を失うのは自殺行為に近しい。しかしと言いかけたものの、彼の意思を変えることはできないとハカムも分かっている。頭をひとつ下げ、今宵の撤収作業を始めることにした。




「うーん、なんか雰囲気が重いね」


 などという光景を、僕らは遠巻きに眺めている。

 荷づくりを終えたマリアーベルも長耳を揺らしており、彼らの会話が気になるようだ。


「驚いたわ、アリライ国の王族が表に顔を出すなんて。それもこんな地下遺跡に」

「そういうものなの? 僕は偉い人とお近づきになったことが無いから、あまり詳しくないんだ」


 まず王様は旅をしないだろうしね。もし見かけても護衛つきの馬車の中だ。

 とがった顎先に指を置き、半妖精エルフ族は考える。そして薄紫色の瞳をこちらに向けた。


「王族の在り方は国によって異なるけれど、アリライは複雑な宗教形態をしているわ。その辺りはプセリさんの方が詳しいでしょうけれど、大昔に複数の部族をまとめたことが由来しているの」


 ふうん、そういう話を前にも聞いたことがあるね。

 旅と冒険、そして戦いにばかり興味を持っている僕にとっては退屈な話になりそうだ。そんな考えを見透かされてしまったかもしれない。彼女はクスリと笑い、それから腕を絡めてきた。


「あなたは子供みたいね。本当は大人らしくて素敵だけれど、それは内緒にしてあげる。さあ、私たちも帰りましょう。この時間だと走らないと会社に遅刻してしまうわ」

「あ、本当だ。もう雪が積もっていても構わないから、そこらで眠りたいなぁ」


 そんなの絶対に嫌よ、という顔を少女から向けられてしまった。まあねぇ、女性には少し厳しい野宿地だったか。

 やはり不満そうに少女は頬を膨らませる。


「こういうときはウリドラの移動魔法が気兼ねなく使えたら助かるのに。あの王族が監視していたらそうもいかないわ。ほら、あなたもいつまで眉間に皺を寄せているの」


 振り向いた先には、やれやれと溜息を吐く黒髪美女がいる。背後から肩に手を乗せてきた彼女は、先ほどより幾分か柔らかい表情をしていた。


「何か良いことでもあったのかな?」

「うむ。鬼の居ぬ間に、という言葉がある。奴らの目の届かぬ場所で、あちこち遊びまわる者たちが出始めておるようじゃ」

「うーん、ウリドラまで難しい話をしようとしているのかな。二人して僕をもっと眠たい顔にする気だね」


 元から僕たちの荷物は少ない。帰還の準備なんてする必要は無く、武装した男たちの間をすり抜けてゆく。

 そして耳元に彼女から美しい声で囁きかけられた。


「ふ、ふ、おぬしも本当は、好き勝手にこの第四層を歩き回りたいと思うておるじゃろ。剣と魔法、戦いと冒険。それと同じくらい、実は皆にも好きなことがある」

「なるほど。ではウリドラはどんなことが好きなんだい?」

「たくさんあるぞ。多すぎて数えきれぬが、今やりたいことは決まっておる。余裕ぶった者を驚かせて、慌てふためかせることじゃ」


 上品な笑みを見せられて、対照的に僕らはギョッとする。額にメキメキと生えてくる真っ黒い角を見たからだ。

 竜人という存在は、もはやおとぎ話の領域だろう。現存する知性ある竜など数えるほどで、また人里に姿を表すことは滅多にない。


「ウ、ウリドラ?」

「ふ、ふ、おぬしらが言うたばかりじゃろう。早く寝床につきたいと、な」


 背後から彼女の指先が伸ばされて、石造りの壁に触れる。そして彼女自身の色が塗りたくられるように、ズッ!という音と共に広がった。

 まるで水に垂れた墨汁だ。一気に広がりを見せて、先ほどまでの景色を変えてしまう。それには僕だけでなく、エルフ族の少女もまた瞳を見開いていた。


「ちょっ、ちょっとウリドラ! 王族に見られてしまうわ!」

「奴に見せておるのじゃ。己の能力……いや、与えられた力をもってしても理解できぬものがあると知るが良い」


 彼女の肩の向こうには、呆然とするウォルス王子の姿がある。目を限界まで見開いて、ガンと頭を叩かれたような顔をしていた。


「奴の能力は、世界にある全てのものを見通す目じゃ。国神から与えられたにも関わらず、愚かにも己の力だと疑わぬ。じゃが、これは見れぬぞ。高度な隠蔽と情報保護をかけておるからな」


 振り返りもせず、鬼のように美しい顔を彼女はする。その表情を見る限り、ウリドラにとっては楽しい出来事なんだろうね。

 だけど王族から目をつけられるのは、言うまでもなく面倒なことになる。


 普通に考えれば身を離し、無関係と伝えるべきだろう。しかし僕は彼女の手を握り、反対側からはエルフの少女が「もうっ!」と言いながら抱きつく。


 ぬくぬくとした温かさに挟まれた魔導竜は、しばし沈黙をしたあと、先ほどとはまた異なる笑みを浮かべてくれた。




 さて、ウォルス王子の心境はいかほどだったろう。


 疲れた疲れたと言いながら、兵士たちは傍らを通り過ぎてゆく。皆の表情は攻略任務のことなどすっかり忘れており、今夜の食事と酒のことを考えているだろう。

 そのような兵士らのなかで、ハカムは軍人らしい敬礼をして立ち去った。


 見上げれば粉雪は尚も降り続いている。そして第四階層は広大な通路だ。

 さて、彼らはどのように休息を取るのだろう。そう思ってかウォルス王子は立ち去ってゆく彼らを眺める。


 予想は少し……いや、だいぶ異なった。


 黒いドレス型装甲を着た女性が唱えた術により、一面に黒い染みのようなものが浮かび上がる。

 そのように大規模な魔術であり得体が知れないというのに、兵士たちはためらう素振りもなく穴へと吸い込まれてゆく。


 正規兵らがドヨめくなかで、ウォルス王子も目を見開いていた。解析という力を持つ彼だけは、視界に《分析不可》という表示、そして《妨害を受けています》《極秘事項》《禁忌》といった不吉に過ぎる危険アラートが幾つも重なって見えたのだ。


「おっ……!」


 わずかに声を震わせて、思わず王子は右手を伸ばす。

 その先にいる一人の女性、確かウリドラと名乗った者は確かにこちらを見つめていた。紅い唇を不敵に微笑ませており、それは紹介されたときと同じように自信に満ちているものだった。


 あのとき彼女は何と言っていた?


 ーーわしは第二階層の主をしている。


 彼女の声が脳裏に響いて、ざわざわと胸中を不安が渦巻く。もしもそれが本当のことなのだとしたら…………。


「待て、貴様!」


 そう命じたがウリドラは決して従わない。最後にその暗黒に飲みこまれると、彼らの気配は完全に消える。

 しばし辺りは静寂に包まれ、迷宮を照らし出す光の精霊もまた全て消え去った。


3巻が発売されました。

また、シャーリー初登場となる4巻が発売決定です。ハレルヤ。

そして5/27(月)には、コミカライズの1巻も発売されます。


詳細は活動報告とTwitterを参照くださいませ。

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