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第29話 お疲れさまです、魔導竜さん

 

 ごおっ……!


 真っ暗な空間を、僕らは猛スピードで移動している。

 ちょうど地下鉄に乗っている光景に近しいが、周囲の覆いはなく風も大して感じられない。

 これは僕の能力【旅路の案内者トレイン】と呼ばれるもので、長距離の移動を可能にするものだ。


 その便利さは折り紙つきなものの重量制限、貴重な技能枠の消費、一日一回しか使えないなどの制約もある。一部の旅商人などは活用しているが、大掛かりな搬送にはまるで向かない代物だ。


 同行者の少女も以前は怖がっていたものだが、今ではすっかりと慣れてしまい肩を並べて座っている。

 それにしてもどうして恨みがましい顔をしているのかな?


「はあ……またこのローブに戻ってしまうなんて。せめて一日くらいはあの服で過ごしたかったわ」

「仕方ないよ、移動先の気候は涼しいんだしね。それにマリーだって魔術師としての服装に気をつけていたじゃない」


 あのアラビア風の可愛らしい服は、皺にさせてはいけないので猫族の工房に預けてある。近いうちにまた訪れる予定なので、そのときはゆっくり過ごせば良いだろう。


「ただ、すごく可愛かったね。いつも思うんだけど、マリーは品がある顔立ちをしているから服がとても似合うんじゃないかな」

「あっ、そ、そうかしら。……もう、いつも同じようなことを言われているのに、あなたの眠そうな顔が暗くてあまり見えないから困るわ」


 あれっ、僕の顔ってそんなに足を引っ張っているの?

 そういう彼女は、ぱたぱたと扇いでいるあたり顔が赤いのかもしれない。


 考えてみればいつもローブ姿だったのだし、日本や異国で服を楽しむということを知ったのかもしれない。散財だと思うかもしれないけれど、これだけ可愛い子なら洋服を選ぶ楽しさを教えてあげたいものだと思う。


「知っているのよ、あなたがこっそりと私を誘導していることを。あの洋服屋のときもそうだけど、するすると誘い込んで新しい遊びを教えてしまうの」

「そんな詐欺師みたいな……あ、言われてみればそうかも。なんでかな、マリーには楽しいことをたくさん教えたくなるんだよねぇ」


 ほら見なさい、と頭をコツンと当ててくる。

 さらりとした髪に触れると、すこしだけ異国で炊かれていたお香が漂う。それが何となく海外旅行から帰ってきたような気にさせる。


「まあせっかくマリーと一緒に過ごせるようになったんだし、楽しいことを沢山しようよ。僕はね、そういう生き方を知らなかったからとても楽しめているんだ」

「あら、とても素敵。やっぱりあなたは顔が見えないほうが良いかもしれないわね」


 えっ、どういうこと? 僕の顔っていらないの?

 口端を引きつらせたものの、腕へ少女から絡み付かれると胸はドキリと音を立てる。ローブ越しに彼女の体温が伝わり、そして柔らかな身体が密着すると鼓動を鎮めることはー難しい。


「あ、本当だね。見えないぶん分かることもあるのか」

「?? なにを言っているのかしら? まあ良いけれど、私も楽しみにしていることは分かってちょうだい。日本でもこの世界でも、ね」


 頭をこつりと当てて来るが、先ほどとは違って優しいものだ。

 たがいに身体を支えあい、じっくりと体温を交わす。それから先は会話も少ないものだったが、どこか心は平穏だったように思える。


 ――ああ、これか。僕が知らなかった世界というのは。

 分かるようで分からない。掴めるようで掴めない。とてもあやふやな存在ではあるが、確かにいま僕のすぐ隣にずっと求めていたものがある気がする。

 この感情の名を僕はまだ知らない。


 がたたっ、がたたっ、という振動を感じるようになってきた。

 周囲が明るくなりだしたことからも終着地が近いのだと分かる。ものの20分の移動時間だというのに、妙に胸には温かいものが残っている。


 周囲はまぶしく光り、そして僕らは旅を祭る石碑へとたどり着いた。




 ナズルナズル遺跡は、一千年前に滅びた地下都市だと聞く。

 文献によると強大な力をもつ魔術師や、そして今よりももっと強い兵を持っていたらしい。しかし今となれば栄華はすべて消えうせ、広大な地下遺跡を歩くのは僕ら……そして前方を案内してくれるリザードマンきりだ。


 周囲には光の精霊が2つほど浮いており視界に困ることは無い。湿度があるせいで石畳は滑りやすく、転びかけた少女の腕を思わず掴む。


「あら、助かるわ。危ないからこのまま握っていて良いかしら?」

「もちろん。精霊も操っているし大変だろうからね。――それに僕らを案内してくれるなんて悪いね」


 後半の声は、案内をしてくれているリザードマンに向けたものだ。

 彼は丸い瞳をこちらへ向け、ワニに似た口をがぽりと開く。


「いえいえ、もし来たら丁重に案内するよう言われてますんで。ほら、前回お二人が通ったのは裏道だったでしょう。客人として正面から迎えて良いそうですから」


 へえ、裏道とか正面口とかあるものなのか。

 そのあたりはたぶん魔導竜の裁量なのだろうけれど、迷わず進めるのはありがたい。そのようにマリーに通訳して伝えると、怪訝そうに小首を傾げる。


「あら、すると特に弱っていたりはしないのかしら。あれだけ竜の血が弱々しく光っていたから、てっきり何かあるかと思ったのに」

「……ただ、おかしな感じです。ときどきうなり声が聞こえてきて、俺らもビクビクしてますよ。もう卵もかえった時期だと思うんですが……」


 ふむ、妙に周囲を見回してしていると思ったら何か問題はあるのか。

 伝説級レジェンドの魔導竜ならばそう困った事態にはならないだろうけど、あの弱々しい光が気になり、こうして二人で訪ねて来たのだ。


 さて、それからはリザードマンたちの集落を越え、地下へ地下へと歩き続けることになる。彼らはみな気さくで「どーもー」などと手を振って来るが、いざ侵入者を迎えれば牙を剥くことだろう。


 やがてようやく大きな扉へと辿りついた。

 どうやら彼は許可がなければ近づけないらしく、バイバイと手を振り合ってお別れだ。……うん、リザードマンが手を振ってると着ぐるみにしか見えないな。


 僕らが来たことに気づいたのか、鉄製の頑丈そうな門はゴンゴンと音を立てて開き始める。

 もしも僕らが普通の探索者だったなら困った事態になったろう。周囲を岩で囲まれた広間には巨大な黒竜が鎮座しており、遭遇エンカウントを告げる荘厳な音楽が鳴り響いていたはずだ。


「ええと、おじゃましますー」


 とはいえ僕らは客人なので、魔導竜は寝そべったまま尻尾を振ってお出迎えをしてくれる。

 ついでという感じで尻尾を大きく振ると、周囲の岩壁が何箇所か光りだす。まるで部屋の照明のようだ。


「うわっ! 竜の子供っ!」

「あ、ほんとだ。やっぱり小さくて可愛いね」


 マリーの声に見上げると、背中をよじよじと登る小さな竜が3体ほど見える。いずれも白い鱗をしているのは、きっとまだ産まれたてのせいだろう。

 それよりも問題は、このぐでぇっとした魔導竜だ。以前に来たときは威厳に満ちていたというのに、今では口を開いて地面に寝そべっており……力尽きている感がすごい。


 あれぇー、こんなのだったかなぁ。もっと絶望感漂うボスっぽい姿だった記憶があるのに。

 などと僕らは目を合わせて無言で会話をする。


 そのとき、竜語が広間に響くと胸のあたりが煌々と輝き出す。そして地面には人型の光り輝くものが降り、そして腰までの綺麗な黒髪を揺らして立ち上がる。


「あっ、こらっ!」


 ぱちんと両目をふさがれたのは、彼女の身体が生まれたばかりの姿のせいだ。

 すらりとした長い脚、そして引き締まった身体でありながらも肉付きは驚くほどに良く、マリーとはまた異なる大人としての魅力を携えているのだろう。


 目は見えないがその代わりにパキパキという音が聞こえ、恐らくは以前と同じように硬質なドレスを着込んでいるのだと分かる。


 少女の手が外されたのは、竜人と化した魔導竜がゆっくりとこちらへ歩いて来るときだった。

 複雑なつくりをした黒い防具は、人の手には壊すことのできない強度を感じさせる。それでいて可動領域は広く、ぎっぎっとギミックを微調整させながら歩み寄ってくる。

 すらりとした長い脚を見せつけながら、僕らより頭ひとつ大きい竜は唇を開いた。


「よく来たな、人の子よ。久しぶりではあるが、こちらはこの通り大忙しであるぞ」

「ついに産まれたんですね、おめでとうございます」


 うむ、と竜は誇らしげな顔でうなずく。

 黒曜石とよく似た瞳を細めさせ、にっこりと笑えばまさしく絶世の美女という形容詞こそふさわしい。残念な点はどこか顔色は悪く、髪をほつれさせていることだろうか。


「ふ、ふ、ここに来たということは、アレを持って来たということであるな。分かっておる、人の子らと食事をする機会を与えてやろうではないか」




 ――からんっ。


 ご飯粒だけが残されているお弁当を見て、竜は泣きそうな顔をした。

 ああー、この人は威厳たっぷりのくせして感情が丸分かりすぎる。たぶん人型の身体に慣れていないせいだろうけど、こちらの胸を締め付けられるほどの表情だ。


「あ、あの、何かあったのかと心配して、用意もせずに来てしまって……」

「……じゃ……」

「え、な、なんですか?」

「からっぽじゃあ……っ! わしは子育てで苦労しておるのに、匂いだけしか楽しめぬとはっ!」


 ずしゃっ、と膝を折る様子に、僕らはぎょっと慌てた。

 いや、どうやらお弁当が残念なだけでは無いらしい。彼女はつらつらと、いかに子育てというのが大変なものかと語りだす。


「子供は奔放でのう。最初のうちこそ可愛いものじゃったが、いつまでもどこまでも歩き回る鬼のような子であった。おまけに私は食事として魔力を注ぎ続ける。ずっとだ。ずうーっと寝る間も無く、食事をする間もなく、ずうーっとである、ぞ……」


 エルフの少女も眉をハの字にし「可哀想に」などと背中を撫でている。そうすると竜としても溜め込んでいるものがあったのか、ぽろりぽろりと涙を流し始める。


「ああ、ぬしは良いのう、雄がそばにおって羨ましいのう。……ふ、ふ、今ごろあやつはどこかを飛び、そして遊びほうけておるぞ。ああ、私も遊びたい、遊びに行きたい、せめて人里を襲いたい」


 あれっ、いま物騒なことを言ったよね?

 マリーも困った顔でこちらを見てくるが……これって、ひょっとしたら「育児ノイローゼ」じゃないかな。まさか竜も育児に困るとは思わなかったが、寝る暇も無いというのなら人以上の苦労もあるだろう。


 リザードマン達の言っていた「うなり声が聞こえてくる」というのも工房で見た「竜の血が弱々しく光る」というのも、きっとこれが原因に違いない。


「あ、あの、人里を襲うのは危ないですからやめてくださいね」

「わかっておる、わしは分別のある竜じゃ。恨まれても面倒なだけだし、もちろん小規模なところを選ぶつもりである」


 にこり……と力無い笑みを向けられたが、どちらにしろアウトですよ魔導竜さん。以前なら夢の世界だと信じていたので気にしなかったろうけれど、今はちょっとまずいです。


 うーん、しかしこれはお弁当なんかでどうにかなる感じがしないな。日本であれば気晴らしの時間を奥様に与えたりするものだけど、こちらの世界ではどうしたものか。


「あ、日本に招くとか? なんて、そんなの嫌に決まってますよね」


 ははは、という笑い声は乾いたものへと変わる。

 それを聞いた竜の涙はぴたりと収まり、そして「素晴らしい案である」というキラキラした瞳を向けてきたのだ。


「そうであった。わしは竜核の一つに過ぎぬ。子育てをしつつ人の子らとうつつの世界へ向かうとしようかのう」


 あ、ヤバい。

 変なことを提案した気がするぞ。

 日本に竜なんて来たら、いったい何が起きてしまうのだろうか。

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