第256話 ふたりの時間④
掲載が遅くなり申し訳ありません。
退廃した終末を過ごすゲームをしておりました(汗)
ぷしゅっ!とバスの扉は閉じられて、緑色の車体はいかにも重そうな動きで遠ざかってゆく。気のせいかもしれないけれど、平日の昼間というのはバスまでのんびりしているのかもしれない。
いや、のんびりしているのはバスだけじゃないか。フード付きのジャケットを着ている通り、僕は久方ぶりの有休を迎えている。当たり前のようにウキウキしているし、隣を見ると真っ白な髪をした少女もまた同じ表情をしているからね。
「うーん、いい天気! 私、最近になって気がついたけれど、いつの間にかお散歩が好きになっていたわ。以前はずっと私室と書院から出なかったのに」
「あ、僕もそうだなぁ。仕事以外だと読書と食事しか記憶に無いんだ。どうもマリーを案内をするのが楽しくてね。ついつい面白そうな場所に連れて行きたくなるんだ」
どういう意味かしらと不思議そうに小首を傾げられたけど、きっとその面白さは僕にしか分からないんじゃないかな。
「……まあいいわ。それよりも早く魚の群れを間近で見れるという場所に案内してくれるかしら。そんな事を聞いてしまったせいで、昨日からずっと楽しみで仕方ないわ。どきどきしちゃう」
怪訝そうな顔を一転させて、小さな指先を伸ばしてくる。それはするりと手にもぐりこんで、さらに奥へと指と指の隙間に入ってくる。
女の子の指から握られて嬉しくならない男子はいない。なぜか得した思いをしながら、僕らはよく整理された小道を歩き出す。
ほんの数分ほど歩き、建物の角を曲がると視界が広がる。
そこには観覧車があって、青空の下でゆっくりと回っていた。観光客をより楽しませるためにある定番の施設だけど、それを見たマリアーベルにとっては驚きだった。
日本にだいぶ慣れたとはいえ、彼女はファンタジー世界から来た子なのだから仕方ない。艶のある唇をわずかに開き、そして「ふぁ」という不思議な声を漏らす。
だけどなぜか、じとっとした薄紫色の瞳がこちらを向いた。
「私、あれくらいで驚いたりなんてしないわ。もう日本には慣れたもの。だけど突然あんなに大きなものが出てきたら、誰だって声くらい出してしまうでしょう?」
「う、ん……そうだね」
青空に向けて指をさすエルフさんに、ぎこちなく僕は頷いた。
その態度が悪かったのか、つんと不機嫌そうに顔を逸らされて……おかしいな、エルフ族として百歳を超えているはずなのに、どうして張り合っているのだろう。
彼女の言う通り、半妖精エルフ族である彼女は日本にだいぶ慣れたと思う。お散歩のときには、ご近所の方に挨拶だってする。ずっと心配していた僕としては、馴染んでくれて嬉しい限りだ。
もう多少のことでは驚かないし、だからこそ意地になるのかもしれない。その背伸びをした姿も可愛らしくて、僕の頬をゆるませる。
「あら、そんな顔をして。あなたは突然大きなドラゴンが出てきても驚かないのかしら? 曲がり角でばったり出くわしても平気なのね?」
と、いぶかしげな薄紫色の瞳がちらりと向く。不満そうに少しだけ唇をとがらせているのは、僕が先ほど笑みを浮かべたからだろう。
「うーん、そうだね。たぶん今のエルフさんと同じくらい可愛い声を出すんじゃないかな」
ほら見なさいと、ぽすんと横からお尻を当てられた。してやったりという得意げな顔が笑顔に変わり、すぐ近くで真珠のような歯を覗かせるのは、胸の鼓動が高まるほど可愛らしく思う。
腕を抱えられると距離がもっと近くなる。女の子としての柔らかさには温もりがあって、だけど彼女だけはその魅力に気付いていない。
たぶん誰でもそうだと思う。紫水晶のように輝く瞳から釘づけにされ、それから淡く色づいた唇に吸い寄せられる。どちらも思考が鈍るほど色鮮やかであり、昨夜、夢のなかで味わった感触を十分に思い出させるほど、柔らそうかなものだと目に映った。
気心の知れた仲になったせいか、マリアーベルは僕の気持ちも読み取ってしまう。
透き通るような肌をする彼女はみるみる頬を染めてゆき「ここでは駄目」と言うように、指のバツマークを唇の前に示す。
そんな仕草をされ、まつげの長い大きな瞳から求めるように見上げられたら……ごめんなさい、僕には刺激が強すぎます。
なぜか互いにぽうっとした顔をし、何を言うでもなく目的地に向けて歩き出す。ぴったりとマリーは腕に抱きついてくれて、嬉しいのだけど僕の心臓の音まで伝わるんじゃないかなと心配になってしまう。
だいぶ冷たくなった秋の風は熱を冷ましてくれるのにちょうど良い。この道は車の通らない歩行者専用なので、街路樹を眺めながら散歩をするのにもぴったりだ。
横を見ると観覧車を背後にする少女が、ちらりと見上げてくる。
そんな仕草だけでまた互いの体温は上がってしまい、もう少し寒くても良かったかもしれない、などと馬鹿なことを思った。
タタタと駆けてゆく影に気がついて振り返る。そこにはだれもおらず、まばらな観光客がいるくらいだった。
「どうしたの? そこにだれかいたのかしら?」
「いや、視線を感じた気がしたんだけど……気のせいだったかな」
ふうん、とマリーは小首を傾げながら返事をする。どこかほっとしたような表情をしているのは、お互いに落ち着きを取り戻したからだと思う。
なぜか最近ではあのようにドギマギするときがあって、どうにかこうにか平静を取り戻すようにしている。
だんだん増えてきた気がするけれど、それも僕の気のせいかもしれない。
「まあいいか。それよりも施設へ辿り着く前に甘いものなんてどうかな?」
道すがらにある軽食の店を見て、そんな提案を彼女にした。するとマリーは瞳を丸くし、くうっと誘惑に堪える表情を見せた。
「だけどせっかくの有休だから急いで出かけたのにもったいないわ。それなら家で食べてくれば安上がりだったもの」
そういえば出かける前に時短がどうのとマリーは言っていたか。たぶん最近のテレビを見た影響なんだろうけど、永遠に近しい時を生きるエルフ族なのだから、あまりせせこましい生活をしなくても……なんてひっそりと僕は思う。
「まあ現代人は忙しいからね。そういう時にもぴったりの店があるんだ。あそこで売っているのは、時間を節約するために歩きながら食べるらしい。僕もあまり食べたことが無いけれど、甘くて美味しいという評判だ」
最後の一言は甘いもの好きなエルフさんにとって、帽子の下からぴくんと長耳を動かすほど効果があった。
ふうん、あら、そう、などと気のない返事をしつつも、長耳の先端が揺れているのも、もじもじと腰を揺らしているのも誘惑に負けつつあると丸わかりだ。
なので、あえてきりっとした表情でそんな少女に提案をする。
「ひょっとしたらこれから役立つ知識かもしれない。どうだろう、後学のためにも立ち寄ってみるというのは」
「ええ、そうね。私もちょうど同じことを考えていたの。せっかくですからお勉強をしに行きましょう」
これから階層主と戦うのかな? と思えるくらいきりっとした顔で返事をされて、僕は頬のピクピクを抑えるのに一生懸命だよ。興奮しているのかエルフさんは先ほどよりも頬を赤くしており、僕の頬をニヤけさせようとするのだから困ってしまう。
深呼吸を何度かしてやり過ごし、先ほどのお店へ案内をする。
そこはごく普通のお店であり、つい先ほど開店したばかりらしくお客さんの数は少なかった。
「くれーぷ……?」
「うん、確かフランスが発祥の洋菓子だったかなぁ。ここにあるものから好きなものを選ぶと、店員さんが生地に巻いてくれるんだよ」
ふんふんと興味深々の様子でマリーはディスプレイをのぞき込み、その向こうでは店員さんが悲鳴じみた顔をしている。妖精じみた子から商品を覗きこまれたときの気持ちはよく分かるけど、せっかくのデートなのだから落ち着いて接客をして欲しいかな。
隣にしゃがみ込むと、真剣な表情で品定めをしている様子だった。イチゴやバナナ、桃などなど甘味の誘惑にはたくさんの種類があって、森育ちの彼女を困らせる。
「やっぱりイチゴかしら。甘酸っぱさがとても好きなの。だけどこっちのバナナというのは南国のものでしょう? 味を確かめてみたいし、私の好きなチョコレートと合わせているだなんて卑怯としか思えないわ」
こしょこしょと小声で囁かれ、くすぐったい思いを僕はする。このときばかりは時短のこどなど忘れ、わずかに頬を膨らませた少女へ話しかける。
「どちらも試してみたらどうだい? 僕とマリーで違うものを選べば、味の違いを確かめられると思う」
くるんと大きな瞳がこちらを向いた。どうやらその提案ならば彼女の悩みを解決できるらしい。両手の指を合わせて、ぜひそうしましょうと頷いてくれた。
――このとき、僕は油断していたのかもしれない。
いや、もし分かっていたとしても、どうしようもないときだってあるのだ。そのことを間もなく思い知らされる。
日本へようこそエルフさん、第2巻が12/22(土)の発売に決まりました(ぱちぱち)
お読みいただいている皆さま、心からありがとうございます!
また本作のコミカライズについても、そう遠くないうちにお伝えできると思います。
活動報告やtwitter(https://twitter.com/maki4mas)で砂漠仕様のマリアーベル衣装をご紹介をしておりますので、ご興味がありましたらどうぞです(´ω`)♪
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