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第240話 エルフさんとシネマな週末③

 雑踏のなか、映画館の前に貼られたポスターは、ややファンタジー味のある綺麗な色をしていた。

 宇宙を感じさせる深い色。それを大きな瞳のマリアーベル、そしてウリドラは見上げている。


「ふーむ、映画館ではこうして宣伝をしておるのか。人の生み出した印刷技術というのは侮れぬのう」

「これ、街のあちこちで見かけたわ。もしかして最新作なのかしら」


 しげしげと興味深く眺める二人に習い、僕も見上げてみる。

 怖ろしい姿をした敵と、それに立ち向かう主人公たちという構図だ。古典的でありながら、どのような物語なのかとても分かりやすい。

 公開日からそう日は経っておらず、恐らく知らない人はいないだろう。


 周囲には僕らと同じように余暇を過ごそうと、たくさんの人が建物へ吸い込まれてゆく。このビルの上層が全て映画館になっているらしく、当のポスターと同じように外壁を飾りつけていた。


「ちょうど良いかもしれないね。娯楽映画ならゆっくり楽しめそうだ」


 そう答えると、やった!と2人は手のひらをパチンと合わせる。どこかウキウキして見えるのは、映画やアニメといった娯楽をたくさん味わってきたおかげかもしれない。

 肩透かしを受ける場合もあるけれど、物語が始まる前ならば誰でも楽しみにするものだ。


「分かったわ。そういう風に空想で楽しませる意味が、このポスターにはあったのね」

「おや、それは鋭い考察だ。でもたまにポスターで騙そうとする映画もあるから気をつけるんだよ」


 驚きのラスト5分!とか、全米が震撼!など、数えだしたらきりがない。どちらかというと映画を配給する側に少々の問題がある気もしなくはない。

 とはいえ映画選びに悩まずに済んで良かった。意見が割れたりしたらどうしようと思っていたからね。


 では参りましょうかエルフさん。

 そう手を差し出すと、綺麗な笑みをする少女から腕ごとぎゅっと抱きつかれてしまった。恋人同士の時間を楽しみたいというよりは、映画が楽しみで仕方ないという様子だ。

 もうひとつ差し出されたのはウリドラの手で、少女は反対側の脇にそれを挟んだ。


「うむ、決まりじゃな。ではさっさと席を選びに行こうではないか。ボヤボヤしておると端っこにみすぼらしく座らされてしまうぞ」

「賛成! ほら急いで一廣かずひろさん。まずはチケットを買うのでしょう?」


 ぐいぐいと腕を引かれ、「よく知っているね」と答えながら周囲の人たちと同じように建物へ吸い込まれてゆく。

 こうして僕らは初めての映画館を楽しむことになった。




 とはいえ僕は映画館という場所に行くことはあまり無い。レンタルで事は足りるし、一人で見に行きたいとも思えなかったからね。

 だから場の雰囲気というか、映画の雰囲気をそのままあらわしているロビー空間が待っていたことに僕は少しだけ困惑をした。


「わーー、何かしら! 薄暗くて落ち着いた照明ね。近代風と言うのかしら。独特の雰囲気があるわねえ!」

「香りも少し変わっておるな。ふむ、あれじゃ。遊園地のアトラクションに近い」


 うんうんと2人は頷きあい、言われてみれば確かにそうだと僕も感じる。

 薄暗いけれど足元に不自由しない程度の照明を用意し、その代わりに目を引かせたいところを明るくしている。例えばポスターだったり、これから上映をする映画のフィギュアだったりと様々だ。

 これは映画館側が、雰囲気を楽しんで欲しいと演出をしているのだろう。


 わあ、とエルフさんが覗き込んだのは、どこか丸っこい輪郭をしたキャラクターたちだった。


「見て見て、細かく出来ているわねぇ。やっぱり日本人はどこかおかしいわ。手先の器用さは、伝説の土妖精族ドワーフを思い出すもの」


 三角帽子をかぶり、財宝を守ると言われている土妖精族ドワーフだけど、まさかそれに揶揄されるとは思わなかった。

 確かに日本人の熱意や情熱はどこかおかしくて、小さな玩具へキャラクターの魂を吹き込むことを愛してやまない者もいる。その熱意たるや、生涯を捧げて構わないという気概まで感じるほどだ。


「ふむ、これは剣か? 柄しか無いようじゃが、近未来風で格好良いのう」


 ウリドラの興味を惹いたのは、作中でもきっと使われる武器だった。ショーケースに飾られており、指先にスイッチのようなものがある。

 こちらにも製作者の熱意は十分以上に発揮されており、手に取れば敵を倒せそうに感じる雰囲気があった。


「まあ、その辺りは映画を見れば理解できるんじゃないかな。チケットを取るけれど、さっき言ったように普通のスクリーンと、立体に見えて座席が動くものと2つあるんだ。どちらで見たい?」


 最近の映画館ではそういう設備もあるらしい。より臨場感たっぷりに楽しめるものと、従来どおり落ち着いて鑑賞できるものに分かれている。

 僕はもちろんオーソドックスな方で楽しみたいけれど、二人がそちらを選ぶなら同行するつもりだ。


「悩ましいけれど、私はあわただしいよりも普通に楽しみたいわ」

「無論、派手に楽しめるほうじゃ! 立体視など家では体験できぬからな」


 迷いつつも答えるマリアーベル、そして既に決めていたらしく元気に手をあげるウリドラの姿があった。

 おっと、仲の良い2人だけれど今回ばかりは対立したようだ。じろりと睨みあう様子に僕は声をかける。


「上映時間はどちらも同じだし、好きなほうを見ても良いんじゃないかな。僕も静かに見たいから普通のスクリーンを選ぶけれど、ウリドラはそれで平気?」

「うむ! まったくおぬしらは馬鹿じゃのう。損をしたのう。たっぷりと堪能をしたわしの土産話でも楽しみにしておると良い」


 わーっはっは、と勝利宣言をする様子に、僕らはじっとウリドラを見つめて「大変な思いをすれば良いのに」と少しだけ黒いことを思う。

 いやいや、友達の不幸を願うなんて良くないぞ。と、マリーと一緒に頭を振った。



 ぐるりと見渡せる吹き抜けのロビーには多くの客がおり、上映を待ち続けている。時間の潰しかたは様々で、パンフレットを見たり展示物を眺めたり、友人と語り合う者たちの姿が見えた。


 そして僕らはというと、等身大の人形などといった展示物に興味を引かれ、あっちにこっちにエルフさんと竜は歩き回る。

 その表情は普段よりもずっと映画を楽しみにしているように見えて、少しだけ不思議な思いをした。この僕まで先ほどからワクワクしているのだ。


 もうすぐ映画が始まる。

 それは独特の空気だと思う。


 画面に流れている予告。作中のものと思われる音楽。それらに囲まれていると、いつの間にやら物語の世界へ足を踏み入れているのかもしれない。

 レンタルビデオなら、テレビをつけてDVDを入れるだけで映画が始まる。しかしこちらでは「もうすぐ映画が始まる」という時間を長く楽しめる。

 どうやら心から作品を楽しむための演出を、最近の映画館では心がけているようだ。


 と、何かのヒントを得たらしい女性と目が合った。

 彼女はくっきりとした瞳を見開き、館内をぐるりと見渡す。そして形の良い唇を笑みに変える。


「どうだい、ウリドラ。上演会を成功させるための秘訣を掴めたかな?」

「うむ! この雰囲気、臨場感! 映画というものを上映前から楽しませるとは、思いつきもしなかったぞ!」


 などと、大きなポップコーンを抱える魔導竜から満面の笑みを返された。

 本当に彼女は変わっているね。地形を変えるくらいの力を持つ存在だというのに、ごく普通の人々を楽しませたくて仕方がないとは。


 第二階層の広間もそれに近いと思う。楽しませたい、遊ばせたい、という純粋な欲望によって生み出されたおかげで、誰が見てもあそこは古代迷宮などではない。もはや一級のレジャー地だ。


「そういう意味で、ウリドラの魔生誕クリエイトというのは天職なんだろうね。そういう生き方を僕は素敵だと思うよ」

「むふ、ふっ、ぬしから褒められると腰がくすぐったくて仕方ないのう。それほどまでにわしのポップコーンが欲しいのか。そら、食わせてやろう」


 あのね、鳩じゃないんだから……。などという文句も、指先につままれた菓子ごとモグリと飲み込んでしまう。うん、キャラメル味で美味しいね。


「さっき広間で用意をしていた上演会のことね。いったいどんな映画を流すのかしら? やっぱり古代竜同士の戦い?」

「いや、あれは自信作じゃが、わしの姿も映っておるので見せられぬ。しかしそれより良いものがあるぞ。明日を楽しみにしておれ」


 そう不敵に笑いかけながら、エルフさんにもポップコーンを食べさせる。少女と一緒に「何をやるつもりかな」と首を傾げあい、しゃくりと菓子を噛んだ。



 さて、もう映画の始まる時間だ。

 階の異なるウリドラとは別れ、トイレを済ませてから入口に向かう。

 暗がりのなかでもマリーから「楽しみで仕方ない」という気配が伝わってくる。指を絡ませて、触れている肩を通じて心臓の音まで聞こえてきそうだ。


 やがて係員により両開きの扉は開かれて、見上げるような天井と、ずらりと並んだ座席たちが待っていた。


 この空気感は独特だろう。快適に過ごせるように空調が効いており、リラックスして映画を堪能してくださいねと頼もしいシートが迎えてくれる。


 もうすぐ映画は始まってしまう。

 今までずっと作品の雰囲気に包まれていたおかげで、マリアーベルの期待は高まっている。

 少女から手を引かれて通路を歩き、鑑賞するにはぴったりの座席へと向かった。


 腰を下ろしてから専用ホルダーに飲み物を置く。

 これも期間限定なのだろうか。彼女のドリンクカップには、特別にフィギュアが乗っていた。無機質でありながらもどこか愛嬌ある姿に、半妖精エルフ族は微笑む。


「信じられるかしら。ウリドラは真っ黒くて悪魔みたいに怖い人を選んだのよ? こっちの方が絶対に可愛いのに」

「こちらの方が強そうで格好良いのにのう、と彼女は思っているよ。そのキャラクターたちが映画でどんな活躍をするのか、一緒に眺めようか」


 そうしましょ、と実に楽しみそうに笑いかけてくれる。つま先を揺らし、そして同じような趣味をした人達が座ってゆくのを興味深そうに眺めていた。


 思えばこうして大人数で映画を楽しむというのは初めてか。

 最近になって彼女には知人が増え、僕のいない平日の時間さえ充実させている。

 同じマンションに住む女性とは、もう一緒に夢の世界へ遊びに行く仲だ。彼女は図書館に勤めているので、毎日のように顔を合わせている。


 商店街にもなじみの店ができ、世間話をしに黒猫を連れて行くらしい。そしてオンラインゲームと言うのかな。大学生らと一緒に遊ぶ時間も増えてきたと聞く。


 この日本へ案内をしてからというもの、彼女が馴染んでくれるかとても心配だった。けれどそれはあっけなく杞憂に終わり、招いた僕としては安堵をする思いだ。

 日本人はどこか思慮深く、そしてこの映画館のように楽しませようとしてくれる。


 彼女たちから僕は変わり者だと言われるけれど、それは日本人の血なのだと分かって欲しいかな。

 それにたくさん楽しませてあげると、エルフさんはポップコーンを僕に食べさせてくれるからね。

 あーんをして頂戴と促され、ぱくりと菓子を食す。やはりキャラメル味のポップコーンは甘く、美味しかった。


 ひょっとしたらウリドラが広間を整えているのも、同じ理由なのかもしれない。天下の魔導竜だというのに、うっかり日本人の影響を受けてしまったのだ。

 そう考えると少しだけ面白い。まさかあの古代竜が、自分でも気づかぬうちに価値観を変えているとはね。


 最後の映画予告を終え、ゆっくりと館内は暗闇に包まれてゆく。

 もう映画が始まるのだ。


 そっと耳元に「始まってしまうわ」と囁かれ、お返しに「始まってしまうね」と囁き返す。帽子のなかで長耳がかすかに揺れた時、ブーーと上映を告げるブザーが響いた。


 この古めかしい演出を、僕は何故か好ましく思った。


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