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第225話 マイダーリン④

 

 暗雲立ち込める砂丘に、じゅうと激しく白煙をあげる筒が落ちる。先ほどの連続射撃に耐え切れず、溶けてしまった砲身だ。


 代わりに空間術から新たな砲身を取り寄せ、手早く分解をしてから金属音とともに嵌める。その作業のあいだも知性を働かせているのか、ウリドラの瞳は静かだった。


 魔導竜は技能スキルを自在に入れ替えられる。状況に応じて変更できるため、相手の特性を知れば知るほど有利に戦える。その分、焔天竜のように特化した能力からは見劣りをしてしまう。

 そして対策を施している分、裏をかかれると弱い。それをラヴォスは知っているだろう。だから余裕ある態度を崩さない。


 しかし、と彼女は思う。

 裏をつかれると弱いのは相手も同じことだ。

 そして正直なところ楽しみにしていた。あと少しで奴の鼻をへし折り、地べたに頭をこすりつけさせる光景が見れる、と。


 形の良い唇を笑みに変え、そして彼女の象徴トレードマークであるドレス型装甲は陽炎のなかに消えた。物理防御と自動迎撃は、これからの戦いに不要と考えたのだろう。


 ワンピース型のコルセットには黒薔薇の刺繍が刻まれ、ガーターベルトは健康的な素脚を包む。ふうっと仰け反ると、黒く艶のある髪が背中にまとわりついた。


 砂丘では見慣れない服装だが、それを眺める竜骨座カリーナにとっては不思議と魅力的に映る。きっと爪先や腰を包む鱗、そして髪飾りのような角が普段よりもずっと竜としての姿をしているせいだろう。


 横顔から映る竜眼は、どこか紫色の輝きを秘めていた。そう、この輝きこそが主人として陶酔させるものだ。全身から立ち上る気品と強者としての風格、そして奥底に眠る愛情を伺わせる。

 だからこそ、己の全てを尽くしてでも勝利をもたらしたい。例え圧倒的な相手だとしても、打ちのめし、叩きのめし、格の違いを見せつけてやりたい。


 進化という言葉がある。


 これは生物が段階的に変化をし、多種多様なものへと生まれ変わるという意味だ。しかし彼女はいま、己の身でも同種の変化を感じていた。主人を補うために機体の質を変化させ、速さと華麗さ、それに加えて耐衝撃、耐狂乱化といった能力を得ようともがいていた。


 ギギギと機体を鳴らす竜骨座に、魔導竜の瞳が向く。

 それと同時にカリーナはハッとする。主人の許可をもらう前に、勝手な行動をした己に恥じ入る思いだった。


『申し訳ありません、マスター。貴女様を守りたいなどと傲慢なことを私は考えました』


 返事は、そっと機体を撫でる彼女の手だった。

 いとおしく愛らしく眺める瞳に、そして開かれた唇が視界いっぱいに広がった。


「謝る必要などは無い。わしを思うての行動に、何を叱るというのだ。ふむ、おぬしには素質があるようじゃな。求めた姿へたどり着けるという、の」


 つん、と指先を押し当てられ、熱い塊が体内に入るのを感じる。

 同時に竜骨座は驚いてもいた。単一個体ではなく分離して生み出された彼女に感情などあるはずが無い。それなのに、涙をこぼしそうなほどの感動を覚えていたのだ。輝かしく、熱く、胸をかきむしりたくなるほどの激情。


 ――ああ、ああ、この感情は一体なんだ?


 まるで卵の殻が剥けたようだ。

 知覚する世界は光り輝き、親である魔導竜の瞳が待っている。


 その吐息に触れ、ぶるりと機体を震わせて、同時に翼が縦に折りたたまれた。あるべき姿、なりたい姿。そう考えていたものを易々と手に入れてゆく。この力はいったい何だ?


「【進化プログレス】の技能をそなたに与える。粉骨砕身、我らの敵に立ち向かえ!」

『はい!!』


 主人の声に、与えられた技能に、ぞくぞくと快感が奔った。もうこれは言葉などでは表せない。求めるものを手に入れられる奇跡、強く美しい主人に仕えられた奇跡へ、めまぐるしく機体は進化をする。

 喜びを爆発させるよう彼女は新たな能力を手にしてゆく。



 ―耐物理攻撃への障壁を手に入れました


 ―耐精神攻撃への障壁を手に入れました


 ……了解、改良を実行する。エネルギー元として魔素の注入を要請――承認されました。

 高純度化への精製機構に着手――機体への組み入れに成功しました。

 障壁の多層化開発に着手――成功しました。多層障壁シールドと命名します。屈折能力の付与を要請――承認、改良を実行する。



 目まぐるしく変わりゆく機体へ、ウリドラは笑みを浮かべてから離れてゆく。目の細かい砂を踏み、振り返ると球形に多層障壁シールドを試運転として展開させる様子が伺えた。

 そしてもう一度振り返り、今度は地平線に浮かぶ焔天竜を眺める。


「ふ、ふ、己の身から力を手放したこと、おぬしは嘲りを見せておったな。その答えをようやく示せるぞ。さあ、温かくも苛烈な歓迎をしてやろう」


 そう迫力のある綺麗な笑みを彼女は浮かべた。

 手にした魔銃は全長3メートルと、長身な彼女よりもずっと高い。それを持つ指には、めきめきと鱗が生えていった。





 がしん、とブーツを台座に嵌める。


 砂地では十分に衝撃を吸収しきれない為、竜骨座カリーナを半ば砂に埋もれさせ、それを土台としていた。

 しかし先ほどまでよりもずっと安定感があり、これが正しい姿だったのではと彼女は思う。またひとつ計画プランの上方修正をウリドラは行った。


「ふむ、これならば連続射撃も出来そうじゃな」

『思うがままに貴女様の力をお使いください、マスター』


 返ってきた答えに、ひとつウリドラは頷く。

 横を見ると備えとしての魔銃があり、その向こうには長距離誘導弾のスイッチ類が幾つも置かれている。

 はやる気持ちを抑え、すうと息を深く吸った。


「では計画の最終確認じゃ。射撃後、すぐにラヴォスはここへ襲い掛かる。竜骨座カリーナは地中からの攻撃に備えて障壁展開。その間に最大級の火力を奴に見せつける」

『力の差から、最悪な男ファット・アスを防げるのは8秒です。ご注意ください』

「うむ。その後は、わしが日本へ訪れたことで覚えた技能スキルを使おう。下準備に時間のかかる代物だが、ここへおびき寄せられるなら話は別じゃ」


 照準を覗き込むと、やはり焔天竜は魔素を宙に散らせたまま静止をしている。彼も知っているのだ。魔導竜が決して逃げぬ存在だと。だから次の攻撃を待ち構えている。

 そう考えていると、竜骨座は普段とまた異なる声色を発した。


『日本……私を生み出されたルーツの地ですね。いつか私もその国に行ってみたいです』

「ふ、ふ、ではまず睡眠を覚えねばならぬな。確か航空ショーなるものが日本では――いや待てよ、わしの翼に戻ればひょっとして――まあそれは後で話すとしよう」


 ここに北瀬がもしも居たら「やめてくれ」という表情をしただろう。現代日本でも彼女らのような火力を持ち合わせていないし、竜骨座はエルフの比ではないほど目立ち過ぎる。

 その悲鳴混じりで眠そうな顔を思い浮かべたのか、くつくつと魔導竜は笑い、そして唇を引き締めた。


 狙うは最大射程距離にいる焔天竜。

 即席で作った弾倉には3つの弾が待っており、がしゃりと砲身に一発目が装填された。


 ふっふっふーー……。


 やけに自分の呼吸が遠くに感じる。

 暗雲に包まれ、辺りの風は強い。はためくカーテンのように砂が舞い、黒髪を好きなように弄ぶ。機体の上へ四つんばいになった彼女は、鼓動が早まるのを感じた。


 撃ちたい。倒したい。殺したい。

 かつて屈辱を与えられた相手に、今こそ焼けた鉄を飲ませてやりたい。古代竜として誤った道へ進む者を罰してやりたい。

 故に、獰猛な笑みを彼女は浮かべた。


「死ね、わしの旦那様マイダーリン


 とがった八重歯を覗かせ、豊満な谷間を見せつけ、魔導竜は引き金を引き絞った。



 ――ドンッ! ゴッッ! ドズズン……ッ!



 三連射ともなるといかに竜骨座であろうと衝撃を吸収しきれない。機体ごと後方へと吹き飛び、斜めに砂塵を撒いてようやく宙へ静止をする。

 弾道の行方を眺めることなくウリドラは唾を吐いた。


多重障壁シールド展開せいッ!」

多重障壁シールド展開します。安全のためシートベルトの着用を推奨します、マスター』


 そう電子音声が流れた直後、おかしな光景が広がる。

 地面一帯には多重層の障壁が生まれ、その真下からグググと黒い存在がうごめいたのだ。


 これは神朧かみおぼろを使用した焔天竜であり、十二重もの障壁を貫かれるまでの時を稼いでいた。彼は「ただの障壁ではない」と気づいたろう。耐物理、精神の効果を成す障壁が、交互に層となって侵攻を阻む。

 力を斜めにずらされて、思うように破壊が出来ない。オオオと苛立ちを表す叫びが響いた。


 与えられた8秒で何をするか。

 まずウリドラは両手に持ったスイッチを、カチカチカチとためらい無く押した。続いて竜骨座は主人へとシートベルトをかけ、場の演出として音楽を鳴らす。ミュージックスタートの表示を示し――竜骨座カリーナは火を吹いた



 ドロロッ! ドロロッ! ドンドンドン!



 吐き出された弾丸は、重さにして一発あたり約5キロ。高純度な魔素を極めて大量に詰めてある。発射された直後に目標をロックし、ただ貫通するだけでなく内部で分離をし、連鎖爆裂を得意とする対超獣用の弾丸だ。


 仮にこれをクジラに撃ったとする。その場合、頭から腹部までを一息に貫き、中心部で連続破裂を起こすため文字通り「消し飛ぶ」代物だ。いまの速射だけで国がひとつ滅んでしまう。


 そして新たな機能として「己の障壁を無効化する」というものがある。

 スッと多重障壁シールドへと吸い込まれ、地面は真下から膨れ上がった。それに向けてウリドラが手を伸ばし、宙を握りしめる仕草をすると、黒色の炎は巻き戻しをされたよう爆心地へと戻る。力場を一点へと収束させる魔導の技だ。名を【可逆操作リバース】と呼ぶ。

 そうしてブラックホールのように周囲の色彩が飲み込まれた。


 一瞬の無音、そして内部からの崩壊を誘うズズズという響き。竜骨座からの拍手と女性的な声がコクピットに流れた。


『お見事。全ての衝撃を集約させるなど、惚れ惚れするほど華麗な術さばきです』

「ふふん、奴も楽しんでおるじゃろうな」


 音楽としても実に良い。戦場を知る者でなければこの選曲はできないだろう。心音よりやや早い旋律リズムが興奮を誘い、重低音が身を震わせる。

 そこへ女性歌手のボーカルが加わると、より情熱的な興奮を誘う。


 極めつけは操作性の良いグリップだ。クイクイと機敏に動き、射撃をいくらしても呆れるほど安定をしている。

 軽快なフラッシュマズルと身体を震わせる衝撃。そして焔天竜の叫びを響かせる。

 これが実に良い。これこそが聞きたかった。


「ハ、ハ、ハハハ! 阿呆め、のこのこ同じ手でやってくるとは!」

『多重障壁、崩壊します。伝説級との戦いを貴女と迎えられること、無上の喜びを感じております、マスター』


 ごん、と音を立てて地面の障壁が崩壊をした。

 多層を断裂して見せたのは焔天竜であり、真っ黒い芽のようにそこで咲いた。

 禍々しい花弁から棘を生み、暗雲の空に広げ、竜骨座を貫こうとするが――もうその場に彼女たちはいない。



 ドンッ! ドロロッ! ドドドンッ!



 機体の向きに対して斜めに超獣用弾丸を吐き出し、旋回をしていた――のだがすぐに周囲は紫色の光に包まれる。オンッと通り抜けてゆく音は小さなものだが、効果は絶大だろう。周囲の数少ない草木は枯れ、命を持った物は全て死ぬ。一瞬で狂い咲き、ぱっと命を散らすのだ。


発狂世界ブラックアウト、発動されました。多層障壁シールドへ魔素注入を開始します。マスター、三十秒ほど快適な射撃をお楽しみください』

「安心するのは早いぞ、竜骨座。奴は裏をかくことを何よりも好む。ほれ、発狂世界の威力がグンと上がった」


 主人の言葉に竜骨座は、即座に再分析を行った。

 そして地上で竜人化をした焔天竜を見て、ようやく意味を知る。先ほどとは異なり、竜核の存在が3つ、確かに彼の中へ宿っていたのだ。


『訂正をいたします、あと10秒ほど射撃をお楽しみいただけます』

「実に楽しめそうじゃな。おっと、操縦を全て預かるぞ」


 ぐんと操縦桿を倒し、真横へ猛烈な重力がかかる。

 と、直後に真っ白い線が砂地を奔った。それは地平線にまで伸び、地中から目もくらむような輝きを生む。

 いや、これは多大過ぎる熱量だ。地中が溶け、その熱で膨張をし、真上へと白銀色プラチナの壁ができあがる。


 後方を確認するまでもない。本体から吐き出された白銀吐息ドラゴンズ・プラチナ・ブレスだ。発狂世界に耐えている状況で、もしもあれに触れていたら大惨事を招いていた。


 先読みをした無数のいばらが機体を掠めてゆく。火花を散らし、汚染を受けぬよう竜骨座は外装を切り離す。この領域は死が溢れすぎている。


 しかし、焦るどころか魔導竜は微かに笑う。

 竜核を3つも使うとは、奴は馬鹿なのか、と。

 これからどうなるのか予想もできず、ただ己を強く見せたいがために最悪ともいえる一手を指してしまった。



 ――ならば、それに応える最高の手を指してやろう。



 地表に散らせていた地雷たちが一斉に紫色のランプを灯し、竜人の姿へ戻った男の周りでピピピピィーーと不吉な音を鳴らす。

 無数の銃撃にさらされて余裕を失った男の顔は、先ほどとは比べようも無いほど醜い魔物の顔をしていた。



 地平線の彼方から飛来した無数の超火力誘導弾も、ようやく力を発動できる。


 奴のプライドが邪魔をし、逃走をしなかった事が勝因だ。


 すべて、この瞬間を迎えるためだけに、危険な領域で戦い続けていた成果だ。



 多重障壁シールドの消える直前に、一帯は地獄と化した。


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