第224話 マイダーリン③
炎天下、砂丘から見下ろす坑道からは煙があがっていた。
それは絶え間なく焼け続け、部下からの報告を聞くまでも無く魔軍が焼かれているのだと分かる。
ごしりと皺を撫で、魔軍の将であるハイゾソカは静かに戦況を見つめた。
やはり守りを固めていたか、と彼は思う。
恐らくは入り組んだ坑道に潜み、ごく少数で迎撃をしているのだろう。その証拠に、初手として陣地の奥深くまで入りこませてから攻撃を開始した。いまだに敵兵の姿が見えないのも、数の少なさを表している。
顔の半面を黒皮で覆い、かつて炎のようだった色あせた髪を風に煽らせる。そして唇を歪ませて笑った。
彼にとって好みだったのは、攻撃的な守りという点だ。命を永らえるための守りではなく、魔軍を効率的に焼いて見せて威嚇をする。手を出せば、さらに被害が増すぞとこちらを脅しているのだ。すると名のある軍師がついているかもしれない。
しかし、ハイゾソカは遺跡に背を向けた。
遊びへ誘われたが、残念なことに後の予定が控えている。焔天竜の加護を受けた魔軍を南下させ、アリライ国および他国との決着をつけねばならない。
数として大きく勝っている以上、包囲した時点で遺跡は手に入れたも同然だ。あとは時間をかけるだけで相手は疲弊をするだろう。
どろろ、と暗雲の向こうから雷鳴が聞こえてきた。
それを横目に男は指示を放つ。
「五千の魔兵、そして屠殺隊を送れ。最低でも3日間は攻撃を緩めるな。状況を見て、その後に皆殺しを開始しろ。残りは予定通り南下を開始する」
知性に優れた配下らは、命令を伝えに駆けてゆく。
そして黒馬にまたがると、彼の思考は古代遺跡から南方へと向かった。
魔軍侵攻を阻むのは、古代からあるという三つの塔だ。それぞれが太陽と思える火力を持ち、広範囲を焼くのだとか。
古代からあるという噂だが、その面倒事はあの古代竜が取り除いてくれる。ごうつくばりな竜は、莫大な金貨と引き換えに塔の破壊を約束した。
どろろ、とまたも東側の空が響く。
腹の底から震わせ、怯えたいななきを黒馬は上げた。
「いや、おかしい。音はするが雷光が見えないのは何故だ」
怪訝に思い、東の地平線へと男は目を向けた。
するとようやく雷光が奔る。ただしそれは空を埋め尽くすほどの光量であり、山は耐え切れずに形を崩壊させる様子だった。
息を呑む彼に、悲痛な声が響いた。
「でっ、伝令ッ! 焔天竜、交戦中ッ! 相手は魔導竜との報告です!」
「なんだとッッッ!!!」
ハイゾソカが驚きの声と発すると、伝令が真実であったと示すように地面は激しく振動をした。
彼らは知らなかったが、あの光景は発狂領域による精神破壊だった。死を思わせる紫色をした光が、山の向こうには広がっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ざざ、と砂混じりに意思疎通の声が聞こえてくる。はるか遠くにいる彼らは決戦を前に軽食を楽しんでいるらしい。
しかし、ただ気を抜いているわけではなく、エルフの技によって位置情報を探り、どのような展開になるか予測と対策を練っている。当のエルフは好物を口にし、緩んだ表情をしているようだが。
それを聴き、ふふとウリドラは笑った。
もし偉い者が見たら「たるんでいる」と叱りつけるだろう。しかしあれでも難所を易々と乗り越えている。結果が出ているなら文句も引っ込んでしまう。そういう意味で笑った。
『楽しそうですね、ウリドラ様』
「うむ、不出来な弟子がおってのう。いくら真面目にやれと言っても聞かぬのだ。今までで一度きりじゃぞ。本気の顔を見せたのは」
己の翼であった竜骨座にそう答え、魔導竜は照準を覗き込む。はるか先の地平線には砂塵が立ち込め、幾たびかの狙撃により地形が変わり、視覚障害が起きていた。
もちろん魔導竜にとっては砂程度、さしたる問題ではない。
盆地を見下ろす形で、空には暗雲が立ち込めている。本来の姿に戻った焔天竜は、その巨大な姿を羽ばたかせ、宙に静止をしていた。
絶好の狙撃チャンスではある。しかしどうも先程から竜の勘から「危険」と囁かれているのが気になった。
『魔粒子の放出を確認。焔天竜は何かを狙っているようです』
さて、その狙いとは何だ。
奴にとって厄介なのは、この「距離」だろう。
知覚範囲外からの攻撃は、焔天竜の防御壁を突破できる火力がある。ウリドラでもさすがにこの距離では相手の生命力を見れないが、確実にダメージを与えているはずだ。
「無論、逃げようと思えばいつでも逃げれるじゃろうが、あやつはそれを選ぶまい。気持ち悪いほどプライドの高い男じゃからな」
『自意識が過剰なのですね。するとウリドラ様の位置把握をしたいのでしょう。どこまでも追ってくる気持ちの悪い男です』
淡々と無表情に言う竜骨座へ「まったくじゃ」と答える。
少しばかり辛らつな気はするが、彼女なりに主人を想っているのだろう。現役の旦那という点は完全に無視されているが、それも仕方ない。彼女自身、殺せるならば殺したい相手なのだ。
『では、ここに罠を仕掛けますか?』
「……うまく行かぬ気はするが、そうしよう。あやつはそう単純では無いからな」
何かを言いかけた竜骨座は口をつぐむ。代わりに淡々と地面に魔具を設置し始めた。
これは魔道竜の武器庫と化した洞穴から取り出したものだ。空間術の使用を許可された彼女は、筒状の金属を岩場に隠してゆく。
『――――設置完了しました』
間髪入れず、ウリドラは引き金を絞る。
ガキン!と重低音を残し、大質量の弾丸が吐き出された。肺の息を吐き出して衝撃を逃がし、同時に周囲一帯の隠蔽魔術を強化する。
この一撃は重すぎる。周囲をひしゃげさせるほどの反動があり、エネルギーの放出はプラズマを吐き出す。
距離と速度により、音を飛び越えて飛来をする。しかしそれよりも光景により居場所を知られてしまう。そのため広範囲に映像魔術をかけ、隠蔽する必要があった。
そろそろと息を吐き出しながら、ウリドラの竜眼は照準器を覗き込む。
音速を超えた弾丸は、厚い層となった防御壁を貫いてゆく。玉ねぎの断面が破砕されてゆくよう、極めて物理的に干渉をする。
そう、干渉されるのだ。
第一撃では理想的な不意打ちに成功したが、上へ上へとエネルギーを逃され、大部分の衝撃を逸らされてしまった。
ピピッと電子音を鳴らし、弾丸は軌道を微修正して焔天竜へと迫る。これは初手の失敗を生かし、追加した機能だ。
50キロもの距離となると、到達するまで二十秒ほどかかる。
そのときにウリドラの背筋はゾオッとした。何も考えず、ただ本能に身を任せ、手元のボタンをカチカチカチと連続で押しながら反転をする。
同時に竜骨座も動いていた。
機体を浮き上がらせると備え付けの魔銃で地面をドカドカと撃ったのだ。轟音と粉塵に覆われてゆくなか――そこから何かが出てきた。
真っ黒く粘度のある液体。
それは棘となり周囲へ広がり、岩も、山も、竜骨座も関係なく貫いてゆく。生命ある存在へと向かい、根のように広がり内側から破壊する代物だった。
すぐさま竜骨座は羽根の一枚を切り離し、乗り込んだ主人と共に轟音を放つ。姿勢を崩したまま音速を越え、激しい振動を残して暗雲を抜けてゆく。
ドキュ、ドキュ、と後方へ向けて連続で魔銃を放ち、熱により銃身が焼け落ちてしまう。
しかし、それでも逃れ切れない。光速を超えられる存在など居ないのだから。
「ぐうう! これは発狂世界!」
『計器が効きません。あらゆる情報を得られません。衝突の可能性が……』
「構わぬ、このまま飛べ!」
一帯には光が生まれ、精神を破壊しつくす【発狂世界】に2人は飲み込まれていた。
ガリガリと内側から削られる攻撃は切実だ。あと十秒は飛ばねば、この領域から離れられないと魔導竜は直感をする。
咄嗟に闇の門を開き、そのなかへ竜骨座ごと吸い込まれた。
はるか先の砂丘で砂塵を撒いて不時着をしたが、今度こそ焔天竜からは知覚をされなかった。
のそり、と元いた岩場に身を起こす者がいる。竜人の姿へ変えた焔天竜ラヴォスだった。
彼は岩に脚をかけ、彼女らの去った地平線を見る。そこには複数の日の出がのぼるような光景があった。真上へと吐き出されたのは長距離ミサイルであり、外装を切り離して速度を増してゆく。物珍しい兵器を彼はじっと見つめた。
「あれ、まだ勝てる気でいるんだ。言うことを聞けないコは嫌いだな」
ぺろりと指先を舐めとき、周囲一帯はえぐられ、猛烈な炎が吹き荒れた。
ビーッ、ビーッ、ビーッ。
警告アラートを聞きながら、ウリドラは地面に降り立った。
先ほどまでの青空は消え去り、辺りは暗く閉ざされているようだ。煙を吐く機体を確かめながら、彼女は言葉を漏らす。
「ふむ、やりおる。奴は魔粒子でわしの位置を特定したのじゃ」
『どういう意味でしょうか。それになぜあの距離を近づけたのですか』
修復を急ぐ竜骨座は、いくら分析をしても原因にたどり着けない。だから答えを主人へと求めた。
おそらく、という前置きをしてから魔導竜は砂を手ですくう。そしてパラパラと撒きながら唇を開いた。
「空中に生んだ無数の魔粒子。これに弾丸が触れ、まず角度を割り出された。そして延長上にある地形から位置を割り出したのじゃ」
その答えに竜骨座は沈黙した。音速をはるかに超えている弾丸よりも早く、位置情報を割り出すなど異常だ。あり得ない。しかし結果として裏を突かれたのだから黙る他ない。
しかし、という風にウリドラは指を地平線へと向けた。そこには傷ついた焔天竜がおり、おびただしい血を空中へと撒いていた。
「見よ、傷ついておる。つまり本体を囮として残し、竜核のひとつに【神朧】をかけて近づいたのじゃろう」
『存在を自在に変えるという、あの異様な技ですか。確かにそれなら地中を移動出来ますが……信じられませんね』
こくりとウリドラは頷いた。
かつて魔導竜は彼に敗れたことがある。異様な範囲攻撃により生命力を削られ続け、結果として火力負けをしたのだ。
しかし今回ばかりは負けられない。中立であると定められた竜が、魔族らに加担をしたら世界は大きく傾いてしまう。その時にはもう、北瀬やマリアーベルとは遊べなくなってしまう。理由は分からないが、何故かそれがとても嫌だった。
では、勝とう。
敵に勝ち、困難を乗り越え、そして日本で旅行をしよう。あまり本意では無いが、きっと2人は頑張ったことを褒めてくれるだろう。
破れたドレス姿で、ウリドラは静かに決意を固めた。
ならばどうするか。
遠距離狙撃は封じられてしまった。
奥の手のひとつである超火力兵器も奴に見せてしまった。
その中で、閃光のようにウリドラの脳裏へ奔るものがある。
「…………狙撃をし、ここへ奴をおびき寄せる」
『警告します、マスター。それは危険です。先ほどよりも苛烈な攻撃を受けるはずであり、おびき寄せたところで相手は竜核のひとつに過ぎません』
竜骨座の言葉に、ウリドラは鷹揚にうなずいた。
攻撃にさらされるだけでは済まない。あの化物を相手に、近距離で戦わなければならないのだ。
もう一度うなずくと、竜骨座は主人と戦う意思を決めた。
砂に埋もれた機体を立て直し、高純度の魔素がつまった弾丸を装填してゆく。そうして極めて危険度の高い作戦は開始された。




