第222話 第三階層主との戦い①
さて、坑道で魔物たちを焼いている最中、そのずっとずっと下でも戦士たちは動き始めていた。攻略途中であった第三階層へ、再度身を投じているのだ。
完全武装をした戦士たちは一糸乱れぬ行進をしており、しかしその中でもバタバタと足並みを揃えられぬ者もいる。北瀬、そしてマリアーベルと魔装カルティナだ。
いつもの迷宮攻略とは異なり、今日はやや騒々しい。それもそのはず武装をした者たちが周囲におり、ザッザッと規則正しく足並みを揃えた移動中なのだ。
僕らはどこかのんびりとしているからね。このようにあくせくした移動はあまり好きじゃないんだ。その証拠に後ろを振り向くと「へ」の字の口をしたエルフさんが見える。
むっすりと不機嫌そうな顔をし、両手杖を持つのも億劫そうだ。持とうかと手を伸ばすと、ううんと首を横に振られた。杖は魔術師にとって命であり、しかも魔導竜の素材を使った貴重な特注品だ。手元から離すのも抵抗があるのだろう。
「大丈夫、マリー。疲れていない?」
そう声をかけると、彼女の紫色の瞳はこちらを見る。今は夢の世界なので互いの背丈は同じくらいで、そのぶん瞳は大きく感じられた。
「……そうね。疲れてきたし、少しだけ残念だわ。久しぶりの迷宮攻略を私は楽しみにしていたの。それなのに走って移動をするだなんて情緒が無いし勿体無いわ」
おでこから汗を流し、上気した顔で少女は文句を言う。
先ほどから振り向くたびに彼女の機嫌は悪化する一途だ。まいったなあ、と高い天井を見上げながら僕は思う。
精霊魔術師であるマリーにとって、肉体強化というのはまったくの不要だろう。かつ僕らの冒険は散歩に近しい歩みをしている。その結果、疲労と迷宮を見て回れないことがストレスとなって少女の機嫌を損ねてしまうらしい。
おまけに今日は盾役であるウリドラもいないので、その影響もあるだろう。
そう言えばと思い出すのは、初めて砂漠に訪れた時だ。あのときのマリーは見たこと無いほど不機嫌で、ずっと文句を言っていたのを思い出す。
正直、それはそれで女性らしくて可愛らしいと僕なんかは思うけど。この年になると、小さな子からワガママを言われるのも楽しいからね。
「誤解しないで頂戴。別に疲れているだけで不機嫌なわけでは無いわ。シャーリーが居ないのなら魔物の再出現も考えられるでしょう? なのに『塔の監視者』を建てる余裕さえ無いのも嫌なの」
「あ、そういえばそうだった。それと確かにこの速度じゃあ、塔を建ててもすぐに範囲から離れちゃうか」
塔というのはマリーに加わったファーストスキルであり、周囲の魔物を感知する能力がある。居場所だけでなくレベルや技能などの一部も解析でき、かつアジャ様の教えにより地形把握機能まで加わっている。
これがね、すごく便利なんだ。もう道には迷わないし、敵からの不意打ちを受けることも無い。その便利さを知っているぶん、移動のせいで使えないのは勿体無い気持ちになるかな。
とはいえ、少女の疲労をどうにかする方が今は大事だろう。
息切れをしたら詠唱さえ出来なくなるし、この先で休憩ポイントがあるとも限らない。
「そうだ、おんぶをしようか? これでも沢山鍛えたから、体力には自信がついたんだよ」
「え、いいわよそんな! だって、ちょっと……恥ずかしいもの」
などと顔を背けられてしまった。
そりゃそうだ。周りにたくさんの人がいるからね。
うーん、他に何か手は無いかなーと考えていると、マリーの背後から女性の声が響く。
「カズヒホ。確かお前は乗り物を持っていただろう。あれを使わないのか?」
「あ、それだカルティナ。よく覚えていたね」
珍しく僕はパチンと指を鳴らす。
ベストな答えを出した彼女は、むふんと得意げな顔をする。彼女は長身であり軍人として鍛えているけれど、人との会話を楽しみたい年頃らしい。
魔装なる古代装備を使いこなし、少し前には僕との死闘を繰り広げたこともある。ガチンコの殴り合い……というよりは一方的に殴られる時間がちょっと長かったかな。マリー、そしてシャーリーの助けが無ければ、たぶん何度か殺されていただろう。
いや待てよ。別に殺されてはいないのだから、他の女性たちよりもマシなのだろうか。ウリドラ、マリー、シャーリー、他に誰から殺されていたかな――おっと、そんな事よりも乗り物を出すとしよう。
邪魔にならないよう通路の端に寄ると、懐から水色の宝石を取り出した。
これは以前にもらった魔石で、猫族が精製をしてくれたアイテムだ。魔物の卵という意味なのか、必要のある時だけ姿を現してくれる。
シュウ、と煙を吐いて魔石ルンは翼を広げた。
「良いのかしら、私だけ楽をしてしまって」
「待ってくれないか、私も後ろに乗ってみたいのだが――」
おっと、カルティナが片脚を乗せると、ルンの身体は大きく傾いてしまう。嫌々をするように羽を揺すられ、彼女はショックそうな表情で脚をそっと降ろした。
僕らも何かを言いかけたが、女性に対して体重のことを言うのは……ちょっと、ねぇ?と目を合わせてしまうよ。
「言わなくても良い! 分かってる! 鎧のせいで重いんだし、今さら普通の格好をしたって私になんて似合わないから諦める!」
ばっと両手を突き出し、そんな事をカルティナから言われてしまった。
うーん、どうなのかなぁ。そばかす跡の残る彼女は、やや精悍な顔つきをしているけれど洋服を選べば栄えると思うんだけど。
少女も同じ事を考えていたのか、きょとりと大きな瞳を向けた。
「そうね、あなたは脚が長いから、大人っぽい服装をすると似合うと思うわ。ジーンズとブーツだけでも綺麗なラインになるでしょうし」
「鍛えているから肩幅もあるね。背筋も軍人らしく整っているし、パンツルックは僕も良いと思うかな」
いつの間にか魔道竜の影響を受けていたのか、僕らはワイワイと彼女に合う服装を考え始めてしまう。もちろんカルティナは目を丸くして戸惑っていた。
そこでマリーは「あ!」と大きな声を出し、何か大事なことを思い出したようだ。
「そうだわ、薫子さんの部屋で見た執事服! あれが凄く似合うと思うの!」
…………執事服って、何だ?
僕の頭のなかでは、眼鏡をかけた白髪老人の燕尾服姿を思い浮かぶけれど、それとはまた違うのだろうか。ちなみに結婚式などでよく見かける白ネクタイだけど、あれは執事が主人と差をつけるため身につけていたものであり、来賓が付けるのはおかしいと聞いた気がする。
とはいえマリーにとってはドストライクだったのか、頬を赤くして詰め寄った。
「ね、ね、着てみましょう? あなたなら凄く似合うし素敵だと思うの!」
「い、いや、私はそういうのは……ほら、皆がもう行ってしまうぞ! はぐれる前に出発しないと!」
おっと、そういえばそうだったと僕は前方に視線を向ける。彼らの姿はすでに無く、はるか遠くから靴音を響かせるきりだった。
ただし、魔石ルンへ乗るエルフさんに「あ、あとで詳しく教えてくれ」と耳打ちしたのを僕は見逃さないよ?
ふっと僕らは笑い、そしてルンは静かに浮き上がる。
通路は広く、そして天井は高い。Uターンをするのは少し気を使わないといけないけど、さほど困りはしないだろうと僕は思う。
と、少女はまたも何かに気づいた顔をした。
「あ、これってもしかして……!」
そう呟き、杖の先で魔石ルンの後部座席をコンコンと叩く。
すると皮製の座席はめくりあがり、そこから石組みの塔が生まれてきた。
「ひょっとして監視塔? すごいな、こんな使い方もあったのか」
「んふふ、今まで塔を作ったときも、効果が消えたら跡も残さなかったでしょう? たぶんルンちゃんでも平気かなと思いついたの」
ルン、ルン、と魔石は「何をしているの?」と言いたげに鳴き、小さな瞳を向けてくる。この様子なら確かに問題なども無さそうだ。
「へえ、移動しながら周囲を索敵できるなんて哨戒機みたいだね。あ、向こうにはそういう機体があってね、上空を旋回して地上や海を監視するんだ。この場合、何よりも優れているのはマリーが楽チンだって事だけど」
とても楽チン!と言いたげに少女は白い歯を見せて笑う。
そしてこの場合、実は僕も楽チンになれる。今まで気を使って一緒に走っていたけれど、こうなったら好きに技能を使えるからね。
「じゃあ皆に追いつこうか。よいしょっと」
ほら、僕には転移の技能があるじゃない。
だから水筒の水を飲みながら、ぽんぽんと前方へ移動をする事も出来る。すぐに後方からルンもやってきて、それを待ってから転移をする。うーん、実に合理的に楽チンだ。やっぱり効率を求めてこそ迷宮は楽しめるものだよねぇ。
しばらくして後ろから「待て! ずるいぞお前たち! 私だけ損をしているじゃないか!」と叫ばれたけれど、あまり細かいことを気にしても仕方ないんだよ?
「聞こえないフリをしたほうが良いかしら?……えーと、鷹の目」
「ルンを提案したのはカルティナだから仕方ないね……そのままだけど哨戒機」
などと僕らは意味も無く技能名を決める遊びをしつつ、最奥部へと進むことにした。
さて、そんなこんなで目的地へとたどり着く。
総勢百名以上の攻略隊は足を止め、それぞれ水を飲みながら前方の通路を眺める。僕らの姿に気づいた指揮者ドゥーラは、赤い髪を揺らしながら振り返った。
「見ていたわよ。これからあなた達には面倒な仕事を与えようかしら。そうしたら楽になる方法をすぐに思いついてしまいそう」
「ええっ! 迷宮に来てまで面倒なことをしたくないよ」
水を含みながら、にやりと笑われた。
その隣には大男のゼラがおり、彼女から渡された水筒を遠慮なく口にする。こぼれた水を拭ってやるなど、さりげない仕草だけでも夫婦と感じさせる。
「さて、前回は攻略を断念した仕掛け通路に来たわね」
「んー、隊としての練度が足りないってドゥーラが判断した場所か」
夫婦らは通路の奥へと視線を向けた。
そう、ここは第三階層における面倒な通路だ。
マリーの示す索敵の通り、通路のあちこちで魔物たちが潜んでいる。隊としての実力を高めねば、相当な被害が出てしまうと指揮者は以前に判断したのだ。
そしてハカム様の了解を得て、第二階層で長い時間をかけて鍛錬を行っている。
少しばかり第三階層というのは特殊だ。
第一層、そして第二層では階層主というのが統括をしており、本能のまま侵入者を攻撃していた印象がある。しかしここでは妙な統制が目立つ。
魔装カルティナを相手にした時もそうだったが、魔物たちが群れを作り、広間などで十分に体勢を整えてから襲いかかる状況が多い。
「だから私は、この階層に限って制御室があると睨んでいるわ。これを手中に納めれば、魔軍らの侵入を妨げてくれるはず」
「ドゥーラ、あんまり期待しすぎない方が良いと思うぜ。なんと言っても魔物だからな。人間サマに協力する気はさらさら無いだろ」
ゼラの言葉に、彼女はぎこちなく頷く。
希望混じりの憶測というのは厄介だ。もしそれが外れた場合、希望は転じて絶望に変わってしまう。もちろん、そうなれば良いなと僕も思うけれど。
しかし意外にも彼女は自信のありそうな笑みを浮かべた。
「たまには女の勘を信じたら? ねえ、マリー。あなたが彼氏を選んだのも女の勘よね」
「え? ま、まあ、そうデス……」
そういう事、と言いたげにドゥーラの瞳はこちらを向いた。
なんとも占い師の宣託じみているけれど、背後にいるカルティナは瞳をそっと横へ逸らしていた。中立である彼女が隠し事をしているのだから、ドゥーラが言っているのは本当かもしれないと僕は思った。
ひとまず未来への希望とやらは置いておこう。今はこの通路の攻略へ集中しなければならない。
皆の装備を見回したドゥーラは、指先を通路へと向けた。
「先行隊、カズヒホ、イブ!」
どうやらこの通路を先に進めという意味らしい。
そういえば前にもイブと組み、前線を切り裂いた事があったか。その時に相性を観察されていたかもしれない。やはり抜け目の無い人だ。
「これも女性の勘って奴なのかな?」
「ン、なんの話しー? じゃあ行こっかカズ君」
首にがしりと腕を巻きつかれ、健康的に日焼けした肌が視界に入る。あれ?と思うのは以前より防具が軽そうな点か。
腹部は筋肉により割れており、ちょんとおへそを覗かせている。腰に巻いた布を前後に垂らし、左右にはよく鍛えられたと分かる太ももを見せていた。
「いつの間に装備を変えたのかな、イブは」
「うん、鎧とか邪魔かなって思ってさ。こっちの方が性に合うって言うか、元々あたしはコレだから」
彼女は露にされた上腕を見せつけながら、人差し指をもう片方の手で握る。言わずとしれた忍者ポーズであり、ぱちんと猫のような瞳でウィンクをされた。
たぶん本物の忍者は、もっと地味だと思うんだけどねぇ。などとボヤきたいけれど、これからタッグを組む相棒なのだから水を差すわけにも行かないか。
水筒を飲んでいるマリーへ手を振って、僕らは通路を歩き出す。すぐに後方からガシャリと装甲の音が鳴り、ザッザッと行進する様子が伝わってきた。たぶん隙間無く盾を構え、あちこちから槍を突き出しているのだろう。
「そうそう、言い忘れていたかもしれないけど忍者のルーツは日本でね、イブはその事を知っていたかな?」
「うっそ!? なにそれ、すごく興味あるんだけど! ね、ね、本物はやっぱり凄いわけ?」
おっと、がっつり食いつかれてしまったぞ。
青い瞳を丸くさせ、ぐいぐい袖を引かれると日本を愛されているように思えて嬉しくなる。だいぶ前に忍者や侍のブームがあったけど、それを肌で感じると流石に頬が緩んでしまうなぁ。
と、そのときピコンと僕は思いつく。
『そうだ、マリー。秋の行楽をどうしようか悩んでいたけど、古来からある日本文化を再現しているアトラクションがあってね。そこには武士や忍者がいたりするんだけど……』
『行きたいわ!』
意思疎通だから皆には聞こえないけれど、頬を赤くさせて両手をバンザイさせたら流石に目立つからね。
本当ならイブも連れて行ってあげたいのだけれど、勇者候補であるザリーシュを指輪で封じている役目があるからね。なにか良い手があれば良いのだけれど……。
そう考えていると、女性の声が飛び込んできた。
『乗ったぞ! 時代劇好きのわしこそ、あとらくしょんへ行かねばならぬ! くふふ、みなぎって来たのうーー!』
『わ、ウリドラ! 意思疎通の声が遠いけれど、これは距離の問題なのかしら。それで、そっちはどう? 何時くらいに終わりそうかしら?』
んーー、とウリドラは熟考し、ガシャリと金属音を鳴らす。僕の気のせいかもしれないけれど、今のは銃へ弾を込めた音を連想させるな。
『まだしばらくかかる。朗報を待っておれ』
ズザザと砂嵐のような音が響き、それきりウリドラの声は途絶えてしまった。
うーん、あのウリドラが「朗報を待て」と言うのだから余程の相手なのだろう。図書館でも聞いたけれど、古代竜である旦那さんとは元の実力差がかなりあるらしい。
あちらの状況がとても気になるけれど、僕らは目の前の仕事をしなければいけない。
無言で僕とダークエルフは武器を抜く。
通路の左右に並ぶ像が、隠し扉のように回転をして巨大な魔物を吐き出したのだ。そいつはミイラのように両腕を交差させており、ボリッと音を立てて4本腕を解き放つ。
どん、どん、と奥側から音が響いている通り、暗闇の向こうでは複数体が生まれつつあった。
彼らの頭上には「マクルスの操り人形」という名が付いている通り、この領域だけの特殊な魔物だ。
4本のサーベルは淡い燐光を残して振り回され、それぞれ冠をつけた骨人形たちは動き出す。同時にガコンと足元が振動し、床にまで仕掛けがあったのか自動で前へ進めるという親切設計だ。
「待っているだけで死へ案内をしてくれるだなんて、古代人の残した洒落なのかな。じゃあイブ、思い切りサポートするから好きなだけ……楽しんで」
「オッケエエーー!」
ざきん!と短刀をクロスさせ、イブは楽しげに笑った。
その表情はどう見ても忍者からほど遠いけれど、僕の胸にしまっておこうか。
ゴンゴンと鈍い音を響かせ、背を合わせる僕らは暗い通路へ飲み込まれて行った。




