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第194話 おいでませダイヤモンド隊①

 さて、黒薔薇の館に住むプセリにとって、この共同更衣室なるものはあまり慣れていない。


 黒薔薇の一族は当然のこと名家ではあるが、彼女の場合そうお嬢様とは呼びづらい。というのは勇者候補により身内を討たれてからというもの、隊の皆と共に使用人としても働いているからだ。


 とはいえ、こうして人前で肌を露にするのは慣れていない。プセリは首元のボタンをひとつ外し、その姿勢のまま周囲へ視線を向けた。


「これではさすがに落ち着けませんわねぇ」


 むーと唇を不満そうにとがらせ、木を格子状に組んだ棚をわずかに睨む。

 その胸ほどの高さをした棚はずらりと並び、恐らく衣服などを置いて風呂場へ向かうというシステムなのだろう。

 しかし盗まれたりはしないのかと疑ってしまう。


 もちろん今日はダイヤモンド隊への貸切であり、そのような心配はまったくの無用だ。新築したばかりでそこまで手が回らないのか、はたまた客人を信用しているのか。


 そう考えていたときに、ぽんと肩を叩かれた。そこには女蛮族のダーシャとダークエルフがおり、どちらも鍛えぬいた身体を惜しげもなくスパッと晒していた。


「なーにー、恥ずかしがってるわけ? 女同士なんだから、気にしなくて良いんじゃない?」

「そーそー、気にしたほうが負けだぜ。あたしらは客なんだから、堂々としてれば良いんだって」


 どーんと胸を逸らしながら言われたが、ダイヤモンド隊のなかで屈指の豊満さを持つ二人から言われると、違う意味で負けた気がしてしまう。


 不思議なのは腹筋バキバキの身体つきをして、一体どうして女性として肝心な所だけ成長しているのか、という点だ。

 へそから上へ一本の線が浮き、もう少し上へ視線を向けると、どしりとカーブを描いた反則的な肉づきが待っている。


「……別に恥ずかしいわけではありません。慣れていないだけです」


 顔を赤らめながら言い訳のように答えつつ、めったにない機会なので思わずじっと眺めてしまう。大胸筋や小胸筋でしっかり支えているようにも見えるが、これが理由だろうか、と。


 じろじろ観察されている二人は、そろってハテナという表情を浮かべ「まあいいや、後でねー」と手を振りながら素っ裸で外へと向かった。


 そのお尻を揺すって歩いて行く様子さえ、プセリにとっては悩ましい。

 陽の降り注ぐ外へと裸で向かう。それは百戦錬磨の己でさえ、思わず腰が引けてしまうほどハードルが高い。皆の目に触れるだけでなく、まさか外を歩く事になるとは。


 とはいえ、いつまでもじっとしていたら仲間に心配をかけかねない。いや既に心配をされているのか、いつの間にやら左右から娘たちに挟まれていた。

 その茶色と水色の親しみをこめた瞳を見て、ようやくプセリは落ち着いた。


「あら、あなた達も着替えている途中でしたのね。折角ですから一緒に行きましょう」


 そう声をかけると、ぱっと花が咲くように少女たちは笑顔を浮かべる。それを見たプセリもまた「可愛い!」と軽い胸の疼きを覚えてしまう。


 このハクアとミリアーシャは、己が統主マスターになってからというもの、いつもプセリのそばを離れない。もともと身寄りが無い娘たちで、そのせいか寂しい夜には寝床も共にする。


 実の姉妹のように……いや、それよりも密接な関係になりつつあることをプセリだけが気づけない。もともと彼女は戦闘においても恋愛においても鈍感なので、少女達からの淡い恋心に気付きづらいのだ。


「では、恥ずかしがらずに脱ぎましょう。こういう場所は開き直ることが肝要ですわ」


 手本となるべくドレスの止め具を外してゆく。

 背中側から露となり、鎖骨まで外気にさらされて気恥ずかしい思いをする。以前、水着なるものを楽しんだおかげもあり、多少は耐性がついたかもしれない。


 しゅるると衣擦れの音を残して上半身を下着だけ残すと、妙な視線を感じた。両側から娘たちが、じっと熱っぽい瞳を向けていたのだ。


 星占ほしうらの血を残すハクアは、未来予知という能力を持つ。茶色いおさげの髪を揺らし、かたときも己の胸元から瞳を離さないのは……いったいどういう意味なのか。


「プセリさま、お綺麗です……」


 夢を見るような声で囁かれ、何やらくすぐったい思いをする。と、反対側からミリアーシャがそっと背筋へ触れてきて、ぞくりとした。


「肌が透けるようにお美しくて。あの、もう少しそばで見ても良いでしょうか?」


 いまでも十分に近いとプセリは思うのだが、きゅうんと眉尻を落とした二人から見つめられ、よく分からないまま頷く。


 統主マスターとして、どうもこの瞳に弱い。うっすらと涙を浮かべ、おあずけをされた子犬のように大きな瞳でまばたきをされると、守るため抱きしめてあげたくなる、などとプセリは頬を熱くしながら思う。


「後ろ側を外しますね。失礼いたします」

「あっ、ちょっと、それくらい私が自分で……」

「身の回りのことはボクたちに任せてください、プセリさま。いつも守っていただいているお礼です」


 拒否をやんわりと拒絶され、成されるがままに下着の結び目を外される。しかしこの、もったいぶるようゆっくり露にされてゆくのが……たまらなく恥ずかしい。


「プセリさま、後ろからではちゃんと見えません。よろしければ腕をあげてくださいませ」


 どうしてそうしなければならないのか分からない。が、求められるまま腕を持ち上げ、ふっくらとした脇の下を少女たちへ晒す。

 そんなことでさえ幼い二人からの視線を集めると、さらに顔は熱くなる。


 もうまともに見ることは出来ず、頬を赤らめたまま瞳を閉じてしまう。そのせいでプセリは気づけなかった。そのような恥ずかしがる姿さえ二人にとってはご馳走にあたり、じわじわ胸を露にしてゆく度に少女らの瞳は輝いてゆくことへ。


「そのまま動かないでくださいませ。布地がこすれたら傷をつけてしまいます」

「そうです、プセリ様のお肌は繊細なのですから。あ、すごく、お綺麗です……」


 ついに露わにされてしまい、ふうふうと彼女らの息が胸元と背筋に触れてくすぐったい。

 視界を閉ざしているせいか肌は鋭敏で、熱のこもった吐息に触れるだけでジンと熱を持ってしまう。


 ちらりと瞳を開き、それからまたすぐに閉じた。一瞬だけ見えた光景は、とろんと赤い顔をした二人から、触れてしまいそうなほど近くで魅入られているものだった。


 ただ、少々プセリが毒されているのは、脱ぎかけの少女らの肌を見て「カワイイカワイイ!」と頭のなかで繰り返してしてしまう事か。

 彼女もまた少女らと同種であり、本人だけがそれに気づけない。


 自然とプセリの息さえも熱を持ちはじめ、呼吸はやがて早まってしまう。しかしそこで、冷や水を浴びせるような声が投げかけられた。


「……何をしているの?」

「んえあッ! だっ、あっ、ドゥーラ!」


 そこにはいぶかしむ瞳をする女性、ドゥーラがタオル姿で立っていた。

 彼女もまた聖騎士として身体を鍛えており、身体を背けようとするプセリに呆れきった溜息を放つ。


「一足先に私も滞在していると伝えていなかったの、カルティナ?」

「ああ、すまない。そのうち顔を合わせるだろうと思っていたからな。プセリさん、先ほど言ったとおり湯処は絶景ですよ。ご一緒にどうですか?」


 ようやくプセリは安堵の息を吐き、それからさっさと衣服を脱いで外へ向かうことにした。一瞬だけ二人の純朴そうな娘たちは「惜しい」という顔をしたが、それは誰の目にも映らなかった。



 さて、絶景と言われるだけあり、もうもうとのぼる湯煙の向こうには湖が輝いていた。人目には触れないよう最低限の垣根を残しているが、それ以外は一面の湖だ。そのダイナミックな光景に思わずプセリは立ち尽くしてしまう。


 水面が風により波立つと、ずっと遠くからその風が己の肌にまで届く。湯煙は舞い上がり、そしてまた静寂は戻る。いや、周囲からは鳥のさえずりが聞こえ、遠くには草を食む鹿たちが見えた。


 庭園を見たときにも感じた調和というものへ、タオルを片手にぶるりと身震いをしてしまう。感動、という言葉が最も近い。

 なるほど、恵まれた土地とはこのようなものか、と砂国に住み続けるプセリはようやく理解した。


「まさか、こんな……ただの湯浴み場のはずが……」


 呆然とした己の声も、どこか遠くから聞こえてくるようだ。


 これほどの光景が待っているなど、とてもとても予想など出来るはずが無い。

 身体を洗うというのは、大抵は桶を使うものであり、大量の湯を使うような者は砂国において存在しない。


 そして贅沢な湯を味わっていた仲間たちが振り返る。いずれも満面の笑みを浮かべており、楽園エデンとも思える時を過ごしているのだろうと分かる。


 はあ、と何度目か分からない溜息を吐く。

 両側からしがみつくつ娘たちも同様で、ぽかんと口を開きっぱなしにするほどだ。


「おーーい、いつまで素っ裸で立ってるわけー、プセリー?」


 どっと周囲から笑われて、ようやく我に返った。

 なるほど、これが居心地が良いということか、などとプセリは思う。言葉に表せない開放感に皆は笑顔を浮かべ、日ごろの鬱憤もストレスも風に吹かれて消えてしまう。


 カルティナから教わるまま身体を洗い、そして足首からゆっくり湯につけてゆくと、思わずぶるりと身は震える。ややぬるめの湯、それにトロみを感じさせる湯質はただの沸かした水でも無いようだ。


 不思議な事に身体が求めている湯だと分かる。

 ゆっくりと胸元まで、そして肩まで沈むと、花のように色づいた唇から「ほうう」と息が漏れた。


 ひょっとしたらもう手離せないのでは、と思えるほど気持ち良かったのだ。




「いいのかなぁー、戦争が始まったのに、こんなノンビリしてて」


 褐色の肌をしたイブは、のびのびと手足を伸ばしそんな言葉を漏らす。彼女の場合、肩こりの原因であるものからも解放されているので、言葉とは裏腹に表情はゆるい。


 ダイヤモンド隊の八名、それにカルティナとドゥーラまで加わり計十名となったが、ずらりと円を描くように湯へ浸かってもまだスペースが余る。それでも肩をくっつけ合ってしまうのは、隊としての姿なのか、はたまたそれ以外の目的なのか。


 ダークエルフの声に、プセリは宵闇色の髪を頭の上へ結わきながら口を開いた。もちろん左右を陣取る少女らは、そんな姿さえ目を離さない。


「あら、のんびりしているようでも迷宮攻略の準備をしている最中ですわ。ハカム様とアジャ様は古代迷宮を守る任に就くので、ここを利用して引継ぎと訓練をしている……のですわよね、ドゥーラ?」

「ええ、そうよ。後方指揮をする私たちの隊は特にしごかれているわ。寝ぼすけ……カズヒホ君とマリアーベルはもっと大変そうだけど、アジャ様は喜んでいたわ。ようやく秘術を伝えられる弟子が現れた、ってね」


 はあ、とイブは目を丸くした。

 アジャの秘術といえば、魔具を通じた迷宮の構造記録、それに隊の皆を情報統制するものだ。それを一介の魔術師、それもまだ若いエルフへ託そうというのだから驚かされる。


「あの子、やっぱ頭が良かったんだ。じゃあドゥーラ隊はハカム様に、マリアーベルはアジャ様に鍛えられてるのかな。んで、カズ君は何をしてるわけ?」

「ゼラ、それとガストンが鍛えている最中よ。みっちり朝から晩まで」


 ドゥーラの言葉に、カルティナは身体をほぐしながら顔を向ける。


「私も教えているぞ、剣を使った体術をな。その代わりに魔物語などの座学を教わっている」


 うへぇ、とイブは苦い顔をした。

 あの三人が揃ったなら、訓練は想像しづらいほど過酷だろう。聞けば気を操る術についても教えているらしく、そのような怪しい技能訓練になど参加したくもない。


 さて、湯を楽しむと、普段より身体も口も軽くなる。

 恐らくはそれだけが理由ではないだろうが、悪魔族の血を引く女性は肩をコキリと鳴らし、それから口を開く。


「さきほどゲドヴァー国から連絡があった。向こうの為に働いてほしいそうだ」

「ああーー……、そういえばありましたわね、そういうお話が。私も操られていた時なので、うっすらとしか覚えておりませんが」


 あったあった、忘れてたよー、と皆は笑いながら口にするが、若干一名ほど反応が異なる。言うまでもなく協力戦線レイドを指揮するドゥーラであり、ぱちぱちと瞬きをし「いま何て?」と不思議な表情をしていた。


 肘をついてダラけきっていたダークエルフのイブは、ぱっと頭を持ち上げた。


「で、どーするワケ? まさかイスカはこっちを裏切るの?」

「ん? 私だけ裏切っても仕方ない。事実を伝えただけだ」


 悪魔族は湯に弱いのか、ざぼりと湯を分けて立ち上がり、すべすべの岩に腰掛ける。この場所はちょうど心地よい風が吹くので、そのまま寝転びたくなる誘惑に彼女は堪えた。


 悩ましいことに、視界の端には横になるのに最適なベンチがある。ダイヤモンド隊、そして双方の国について話している最中なのに、悪魔族の娘はチラチラとベンチを見続けた。

 今の彼女にとって、祖国を裏切ることとベンチで寝転ぶことは、後者の方が悩ましい。


 と、間に割り込むようにカルティナが口を開く。


「やはりそちらにも連絡はあったか。私は忙しくて返事をしていないが、何と言っていた?」

「ん? ああ、将軍とか偉そうな奴だったから返事をしていない。キャッセ、ミリア、そっちはどうだ?」


 そう質問を投げかけると、二人もきょとんと首を傾げる。

 将軍を相手にだれ一人として返答をしていない事にようやく気づき、しばし湯処には沈黙が満ちた。


 笑い飛ばそうかと思ったが、統主マスタープセリにとっては今後に関わる大事なことだ。しばし悩んでから唇を開いた。


「私としては、軽率な行動を避けたいですわね。皆の知っている通り、黒薔薇の一族としての家訓は『我ら主を持たず』です。アリライ国に隠れながらゲドヴァー国に従うなどとてもできません」

「知っている。それと私もこのまま皆と過ごしたい。向こうに家族はいないからな。だが、国へ戻りたい者がいても私は責めない」


 その言葉に皆は周囲を見回す。

 一体誰がゲドヴァー国へ戻りたいのだろう、と。


 勇者候補から解放されたいま、ダイヤモンド隊は今が最も楽しい時期だ。こうしてバカンスを楽しめ、戦闘においても以前とは異なる連携を見せている。


 そのため、たっぷり1分ほど誰も話すことなく、視線はまた悪魔族の娘に集まった。


「……ん、いないのか? 構わないが、裏切りたくなったら言うんだぞ。こういうのはしっかりしておいた方が良い」


 はーい、と皆が返事をする様子に、一人だけドゥーラはクラリとした。本当に裏切る気があるとは微塵も感じなかったのだ。


 彼女としても気持ちは分かる。今後の戦争次第だが、いまの状況で裏切る利点がそもそも見当たらないのだろう。


 とはいえ、協力戦線の統括者であるドゥーラとしては「秘密は私のいない所でちゃんとして!」などと心の中で叫んでしまう。

 そして何事も無く済みそうな様子に、ぶくぶくと口まで湯に沈むほど脱力した。



 さて、皆はその後、バカンスというものを楽しんだ。

 異なる湯処やサウナ、さらにはリザードマンによるオイルマッサージ。程よく冷えた茶を飲んでから昼寝をし、その後は良い香りのする岩盤浴、またマッサージ、コーヒー牛乳なるものを大発見してきゃあきゃあ騒ぎ……言葉に表せないほど大満足した。


 しかし、この招待には実は裏があることを、北瀬、マリアーベル、そしてウリドラだけが知っている。

 この館において、最も必要なものは何か……もしもその内情を知っていれば気づけたかもしれない。


 だが、彼女らは骨抜きにされるほど楽しみ、遊び、ゆるみきっている。例えるなら罠の上で踊っているような状況だ。


 ちょうどそのような時に、少年とエルフはようやく目を覚ます。

 さて、特殊任務の開始ミッションスタート、だ。


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