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第173話 一泊二日の伊豆旅行ですよ②

 

 車はゆったりと西湘(せいしょう)バイパスの道を進み、頭上にはなだらかなカーブを描いた高速道路が見える。わあーと皆はそれを見上げ、合流する先へと3つの頭は同じ角度で追う。


 そして正面へ戻れば、今度は新幹線が頭上を横断してゆくという、近未来的な光景だ。わああーともう少し大きな歓声を響かせて、僕を除いた皆は後方へと目を向ける。


 再び視線を前へ戻すと、なだからな坂の先、僕らの道路は真横へとカーブを描いてゆく。立体的な道というだけで珍しいのに、その先へ広がっている光景は、さらに驚くべきものじゃないかな。


「わ、わ、わ! うみうみうみ、海かしら、ねえねえ、海かしら!?」


 そんな風に、僕と前方へ視線を行ったり来たりしている様子は可愛らしいね。答える必要も無いだろうし、にこりと笑みだけを僕は返す。

 百聞は一見にしかずと言うからね。エルフさんの目で、しっかり見ると良いよ。


 しばらく、坂道と青空だけの景色が広がり、その間も皆は待ちきれないようにはしゃぐ。そして、カーブを抜けた先、フェンスの向こうには……。


「わあああーー! うみうみ、海! う、わ、あ、あ、あーー!」

「ふうむ、海岸沿いに綺麗に道ができておるのう! しかし、空も海も気持ち良いくらい綺麗な青色じゃなあーー!」


 そう、今日は長い時間をかけてこの海岸沿いの道を進む。

 左手に大海原は広がり、右手には目も覚めるような緑色。晴天にめぐまれたおかげで、おそらくは長い時間を楽しめるだろう。


 べたりと幻想世界の彼女らは窓側にはりつき、そして窓をあけると夏らしい湿度、そしてかすかな潮の香りが届く。マリーたちの髪も舞い、きゃいきゃいという明るい声はさらに増す。


「ここから先は海のバカンスだよ。マリーは初めて見る景色だろうけど、シャーリーはどうなのかな?」


 ちょいちょいと水平線を指差し、そして「ゼロ」という指サインをバックミラーへ向けてくる。溢れるような笑みを見るだけで分かっていたけれど、彼女も初めての経験らしい。

 それにしてはウリドラまで目を輝かせているようだけど、魔導竜なのだから、今までも空を飛んで見ていたんじゃないかな。


「ふ、ふ、わしの場合、単なる移動じゃからな。ほれ、下手に飛んだだけで人間たちは恐れおののくじゃろう。こうして海岸から眺め、しかも車で運んでくれるなど初めてじゃ」


 にーーっと目を細め、猫のような笑みを向けてくる。

 艶のある黒髪は風にもてあそばれて大変そうだけど、本人はまるで気にしていない。


「わあ、わあ、大きいわ、本に書いてあったままなのに、本とまるで違うわ! ねえ、少し外で見られないかしら? 波の音がすると聞いたわ!」

「そうだね、せっかく早めにつきそうだから、そこのパーキングエリアで停まろうか。あ、おまんじゅう売ってるみたいだけど、どうする?」

「「買うーーーーっ!」」


 シャーリーまで口を揃えて動かすものだから、僕の頬はもう崩壊だ。なんだろうね、まるで3姉妹のようで、ぷはっ!と吹き出してしまったよ。

 エルフと竜、それに元階層主というバラバラな組み合わせなのに不思議なものだ。




 バタン、とドアを閉じると、僕でさえ「おっ」と声が漏れてしまう。

 駐車場のすぐ裏手、フェンスに向かって身体は勝手に歩き出す。その向こうには、本格的な夏を思わせる空、そして朝日に輝く視界いっぱいの海が広がっていた。


 さああ、さああ、という波の音は、足元の岩場にあたり真っ白い泡を立てる。少し風があるようで、薄手のワンピースをマリーは押さえ、そして反対の手では髪を押さえて立ち尽くす。


 たぶんいま、彼女はとても豊かな時を過ごしている。

 エルフとして、魔術師として、そして精霊使いとして生きてきたけれど、この世界はちょっとした奇跡がなければ見られない。


 まっすぐに広がる水平線を前に、振り返る彼女の瞳は宝石のような輝きをしていた。


「海を見たときはね、馬鹿野郎と叫ぶのが慣わしらしいよ」

「んえっ!? また私を騙そうとして。そんなバカな風習があるものですか」


 いや、これはさすがにネタが古すぎたか。

 なんだろうね、あの風習は。それとも若い子はもう知らないかな。なんて、そんな年寄りくさいことを考えていると、本当に年を気にするからやめておこう。


 彼女らと並んで立ち、ぐんと身体を反らす。長時間の運転に、腰のあたりはパキパキっと良い音を立てた。

 同じようにマリーも伸びをすると、「ふうー」と気持ちよさそうな息を吐く。


「んんっ、清々しいっ。このフェンスが無ければ、もっと幸せになれるのに」

「もちろんあるさ、伊豆の誇る名スポットがね。そこをもう少し進むとバナナワニ園が見えてくるよ」


 おおーと瞳を輝かすマリーの後ろから「ばななわにえん?」とシャーリーは小首を傾げてくる。

 そういえば大した説明もせずに連れてきたんだっけ。第二階層広間で眠るとき、海旅行について来るかい?と気軽に尋ねたことを思い出す。


 すぐに「行く!」と憑依されたのは言うまでもない。


「緑と動物に囲まれた、ほんのちょっとワイルドなところかな。ちなみにバナナは甘い果物、ワニは……火とかげに似てる?」

「ふ、ふ、阿呆じゃのう。大人と子供くらい離れておる。ほれ、さっさと眺めの良い場所まで連れてゆくがよい。無論、おまんじゅうを買うてからな」


 うん、渋滞に巻き込まれないよう早めに出ておいて良かったね。

 おかげで休憩所に寄っていけるし、トイレも我慢しなくて済む。そういうわけで飲み物やおまんじゅうなどを買い、すぐに車へ戻ることにした。




 テンションが上がると、普段できないことをするものだ。


 車内には、ひさしぶりに彼女らの歌声が響いている。それがまた子供が歌いそうなピクニック用のもので、動物の名が出たときはその格好を真似するルールがあるらしい。


「ララララ、山羊さんも」


 合いの手のようにエルフさんはメェーと鳴き、もうね、この時点で僕の頬は崩壊しかけている。白くまっすぐの髪、そしてふんわりとしたワンピースは、もう可愛らしい山羊さんにしか見えない。


 輝かしい海は雄大に広がり、車の渋滞はさほどでもない。おかげで夏らしい気温、窓から入り込む潮風と共に、彼女らの愛嬌たっぷりの旋律(リズム)を楽しめる。


「ララララ、牛さんも」


 ただ、ウリドラが牛のモノマネをすると……ごめんね、頑張ってこらえたのに無理だったよ。吹き出した瞬間、やっぱり彼女からズボーっとおまんじゅうを口に入れられたけど。うん、甘くて美味しい。


 ランララと歌い終えれば明るい笑い声と拍手が響き、そして車はトンネルへと吸い込まれてゆく。これを抜けると城ヶ崎(じょうがさき)海岸はすぐ近くだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 ここまで来ると、住宅の様子も都内とは大きく変わる。

 ペンション風の家も目立つのは、旅行客向けのお店が多いからだろう。


 朝の8時をだいぶ回ったころ、さほど大きくもない駐車場で降りるとわずかに潮風が運ばれてくる。観光客はまだまばらで、親子連れが大半だ。歩くだけで周囲から視線を感じるけれど、皆は気にしていないようなので僕も見習うことにする。


 両手を真上に伸ばし、僕の恋人は近づいてくる。


「んー、気持ちの良い歩道ね。この先には何があるのかしら」


 それはもちろん、ついてからのお楽しみだね。

 林のトンネルへ歩道は吸い込まれてゆき、それを追ううち辺りはすっかり木陰に包まれていた。


 朝ならではの落ち着いた空気。四季を通じて花が咲き、散歩にはぴったりの場所だろう。そのまま道なりに真っ直ぐ進んでいるうちに、ドライブ疲れはすっかりと晴れてしまった。


 やはり緑というのは清々しくて、歩いているだけで心地よい。

 まだアスファルトを歩きなれていないシャーリーは、そんな遊歩道をきょろきょろと眺める。まるで第二階層の参考にならないかと観察しているようだ。


 と、思い出したように少女は見上げてくる。


「あら、気がついたら手を握っていたわ。いつからか覚えているかしら?」

「ん、それは難しいね。離したときなら覚えていそうだけど」


 言えているわ、と少女は笑う。

 刺繍レース付きのワンピースは、薄手のせいか風になびく。ドレープのせいで、そしてエルフらしい透明感のある肌のせいで、妖精のような輝きを秘めている。


 木陰のなかでも眩しくて、そんな彼女は松に飾られた海に気づく。


 和風の海というのも悪くない。わずかな柵の向こうには、空と同じくらい明るい海が見える。水平線は滲んでおり、マリーの歩調はゆっくりしたものへと変わった。


「やっぱり、綺麗……。緑とのコントラストで、絵を見たようにハッとするわ」


 そう呟く声は、どこか夢見心地に響く。

 どおお、と響く海というのは雄大だ。地球の丸みが分かるほど広く、その先にもっと広い世界が待っていると教えてくれる。


 しばらく動けないのは、見たものを理解しようとするからだろう。

 そしてあまりの大きさに情報を処理しきれず、深い深い海色へ見とれてしまう。そして脳からはとてもシンプルな「綺麗」という答えだけが示される。


「来てよかったわ。一度だけでも見たほうが良い景色だと思えるもの」

「それを言うのはまだ早いんじゃないかな。まだ旅の第一歩に過ぎない場所だからね」


 それもそうね、と少女は笑う。

 先ほどとはまた異なる、何かを得たような表情だ。風に揺れる髪を押さえ、露な肩を寄せてくる。


「風が強いわ、台風の影響かしら。行きましょう、この先が気になるもの」


 そしてようやくエルフは歩き出した。




 城ヶ崎(じょうがさき)の見所といえば、海沿いの小道だろう。

 視界のほとんどは青い海であり、防風のための松があちこちに生えている。よく手入れをされた小道を歩けば、和風な海というべきか、岩場と海、そして緑のコントラストを楽しめる。


 切り立った黒い岩に波は当たり、マリンブルーから白色へと複雑な色合いへ変えてゆく様子は、ついつい見入ってしまう。


「綺麗な色ねぇ。アクアマリンが溶けているようだわ」

「ん、僕らの魔石と似た色だなぁ。もう少し先に一番のスポットがあるみたいだよ」


 ゆったりとした小道を歩くとそれが見えてくる。

 ワイヤーを張った橋は切り立った岩場に吊るされており、茶色い支柱で固定されている。そしてここからは、目前だけでなく足の下まで海を楽しめる場所へと変わる。


 全長50メートル。しっかりワイヤーで固定されているけれど、視界をまったく阻害しないので景色は抜群だ。

 そして看板には「百人以上乗ってはいけません」と何やら危険なことが書かれているけれど……とりあえずマリーから見えないように身体で隠しておこう。


「おお、吊り橋か! ふうむ、これは見ごたえがありそうじゃ」

「4千年前に噴火があったらしくてね、そのときの名残で自然の造形美を見られるらしいよ」


 もっと高いところを飛んでいるだろうに、ウリドラはなぜか高いところが好きらしい。

 じゃあ実際に見てみようか、と一歩踏み出したところで手をガシッ!と握られた。振り返ると、慌てた表情のマリーがいる。


「どうしたの、マリー?」

「ま、待ってちょうだい! ほら、橋が動いていないかしら!?」

「吊り橋じゃぞ。多少の風があれば揺れるに決まっておろう」


 怖がりじゃのうとウリドラは笑うけれど、この時点で僕は諦めた。

 そう、マリーは地震などが大の苦手で、不安定な足場などもっての外だ。


「仕方ない、諦めよう」

「そうね、懸命な判断だわ。いくら素敵な光景でも、危険を犯す必要は無いの。冒険するのは古代迷宮だけで十分だわ」


 はあっ!?とウリドラは驚愕の顔を向けてくる。


「待たぬか! おぬしは甘い、甘すぎる。それよりもなぜ古代迷宮は良くて、吊り橋からは逃げるのじゃ! そこがもうわしには理解できぬ!」


 うん? 別に古代迷宮は危険じゃないし、適度なスポーツを楽しめる場じゃないのかな。ときどき手ごわい敵がいて、思う存分にストレスを解消できる……。


「違うじゃろうがあ! どこぞのアスレチックと間違えておるぞ! ほれ、シャーリーも眉間に皺を寄せておるじゃろうが」


 え、そうかなぁ。

 彼女は言葉を話さないけれど、なんとなく言わんとしていることは分かる。ピザの試食会、気の優しい友人たち、図鑑へのお絵かき、膝まくらなどなど、いくら思い返しても危険な場所では無かったということに。


 そして無言で僕らの手を握ると、まるで勝者へするように上へあげた。少女に視線を向け、勝ったな、ええ、と頷きあう。


「これで決まったわね。古代迷宮はダイエットにもぴったりだということに」

「裏切り者おっ! 嫌じゃ嫌じゃ、わしは橋を渡りたいんじゃあ!」


 うん、どこから突っ込んで良いか分からないね。

 まあそんなこんなで、結局はシャーリーとウリドラが橋を渡り、代わりにぱしゃぱしゃと写真を撮ってくれたよ。




「綺麗じゃったなあ、まさに実際に目で見ないと味わえない雄大さじゃ。いやーー、伊豆とやらへ遊びに来てみて大正解じゃったな」


 戻って来るなり、ウリドラとシャーリーはそんな会話をする。それからチラリと視線を向けてくるのは、ひょっとしてマリーを誘っているのかな。


 彼女は怖いものにめっぽう弱いとはいえ、好奇心が人一倍強いところもある。握ってくる手はソワソワと動き、行きたい、見たい、でも怖いと葛藤に揺れる。

 まあ、僕にできるのは小さな提案くらいだ。


「何も橋を渡りきる必要は無いんだよ。少しだけ眺めて、そのまま戻ったらどうかな?」

「そうね……うん、そうしましょう! それと、海を背後に写真を撮ってもらいたいわ」


 それくらいはお安い御用かな。

 手をいつもより強く握られ、少女は第一歩を踏み出した。


 そんなこんなで雄大な海の景色、そしてアンバランスなことに見事なへっぴり腰をしたエルフさんを写真に収めさせていただいたよ。


 いいね、涙目でピースをするエルフさんは貴重(レア)だぞ。これはウリドラに感謝しないといけないな。



 などと騒いでいたせいで、そろそろ皆のお腹もすいてくる。

 だったら海を見れる場所で、お弁当でも食べようかという話になった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 書籍版の発売が楽しみです。WEBの方も楽しく読ませていただいていますよ。 誤字の連絡です 「なだからな坂の」とありますが、きっと「なだらかな坂の」の間違いですよね
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