第164話 魔装カルティナ③
ざっざっと軍靴の音をたて、一団は広間へ吸い込まれてゆく。
全ての者が入室すれば、この扉は固く閉ざされるだろう。
しかし、退路を失うことへ恐れる者はいない。大盾を構えた敵はずらりと並び、倒すべき相手、戦うべき時だと示されている。ならば全てを滅ぼすまで振り返る必要も無い。
アンダルサイト隊の聖歌詠唱はなおも続き、高音と低音を混ぜて広間を震わせる。耳にする者たちの恐れを薄れさせ、めきめきと音を立てて筋肉は膨れ上がってゆく。この詠唱を継続しているあいだ、彼らは不屈の戦士と化す。
結集した4隊による協力戦線の総数は45名。
対する魔物たちは、今までと様子は異なり大盾を横へ敷いており、正面に見えるだけで20体ほど。その後方に控えている兵数を合わせると数倍になるだろう。
鉄壁とさえ思える盾の向こうには、巨体の魔物ボラアックス・ドゥードゥーが上半身を覗かせている。ごるごると両肩にある頭からは唸り声を響かせ、乱杭歯の奥からは青白い炎の鱗粉が舞っていた。
「あれは強そうだなぁ。中ボスとはいえレベル100を超えているのかな?」
ちらりと黒色の瞳を向けられ、助言は必要無いよとウリドラを手で止める。高レベルすぎる彼女はいつものようにパーティー設定外であり、僕らが成長できるよう過度な忠告をしない配慮をしてくれている。
シャーリーも同様で、そもそもステータス設定をできる腕輪を持っていないので、パーティーを組むことは出来ない。ちなみに意思疎通はパーティー機能を使用するのだが、我らが魔導竜にとっては解析して割り込むなど造作も無いことらしい。
そして僕らは、ドゥーラ率いるアンダルサイト隊のすぐそばにいる。最も安全な位置であり、そしてリーダーからの指示をすぐに受けることのできる位置だ。
これは単に、戦術と密接な精霊使いマリアーベルを手元に置いておきたいからだろう。
「しかし、第三層は肌寒かったのに、これだけ熱気に溢れると暑いくらいだなぁ」
周囲からは高揚による熱気で溢れており、ほんの少し息苦しい。首元をパタパタと仰ぎながら、緊張を見せる少女へ声をかけることにした。
「やあ、まともに相手をするのは大変そうだねぇ。面倒だからさ、楽に戦える方法を一緒に考えない?」
「楽に戦うって……まだ相手の能力も分かっていないのよ? これじゃあ石精霊を形成する場所も決められないわ」
心配そうに周囲をきょろきょろ見ていたエルフの少女は、やや青白い顔を向けてくる。
その表情を見るに、恐らくは人が死ぬことを予測しているのだろう。長い日数を過ごした仲であり、協力しあった仲であり、今では友人に近しい間柄なのだから仕方ない。
だけど、僕らにとって過度な気合や緊張は逆効果だ。
今までの戦いも、可能な限りの想像力と発想で乗り越えている。ならば肩の力を抜いて、闘いを楽しまなければならない。怖い未来が待っているとしても、僕らは楽しむことで頭脳を働かせ、相手を翻弄しなければならない。
だから僕は、にこりと気の抜けた笑みを浮かべる。
「だってほら、前にマリーは言っていたよね。僕とウリドラがいるのなら、夢の世界では何のリスクも無く、好きなだけ能力を試すことが出来るって」
「そうだけど……、何の予測もできないし、今回は私の対策までしていそうな相手なのよ?」
先ほどから塔の監視者の発動を行っているのだが、顔色を見るにうまくいっていないようだ。やはり敵のなかに探知妨害をする術者が混じっているのだろう。
なら、索敵についてはひとまず忘れるべきだね。
少女の手を取ると、薄紫色の瞳を覗き込む。
「発想を変えてみたらどうかな? 例えば、相手は魔物ではなく軍隊だとして、大盾をがっしりと構えていたら、どうするのが良いと思う?」
「……もう、分かったわ。あなたの遊びに付き合ってあげます。ええと……そうね、正面が硬いなら側面や後方から攻撃をしたいわね」
僕らの会話を不思議そうに見つめているのはシャーリーで、紺色のベスト、蝶ネクタイ付きの長袖シャツという上品な服装で、きょとりと首をかしげる。
うーん、ふらりと迷宮へ散歩にやってきた貴婦人、という印象だねぇ。
「ふ、ふ、このような奴らなのじゃ。子供のような発想で、敵の築いた砂山をなるべく楽に壊そうとするのじゃぞ」
そのようにウリドラから説明をされ、ふうんと青空色の瞳を丸くする。
彼女から見れば不思議かもしれないけれど、僕ら人間は頭を働かせないと簡単に負けてしまうからねぇ。
うんうん唸っていた少女は、あご先へ指をあてながら唇を開く。
「そんな事ができるかしら。正面を守りつつ、側面にも展開できる陣地の形成だなんて」
「出来たとしても、時間がかかりそうだ。両脇は諦めて、L字型の片方だけに敷くのはどうかな」
「あら、広間の角を利用するならそれほどの範囲もいらないわね。ただ、後の無い陣地は追い詰められるようですこし嫌だわ」
こういう風に、ぽんぽんとアイデアが出てくるのは良い傾向だ。
マリーもゆっくりと肩の力を抜いてゆき、仮案を上回る案、そして足りない所への対策と思考をめぐらせてゆく。
そのように防衛策を決めてゆく様子をドゥーラも聞いていたようだ。
赤い髪を揺らして振り返り、将らしく闘気を高めた美しい笑みを向けてくる。
「良いわね、それで行きましょう。あなたたちの遊びに本気で付き合わせてもらうわ。なら右隅を固めつつ、最初は陣地用の領地を確保するわね」
いつの間にやら入室は完了したらしく、背後からゴリゴリと扉の閉まる音が響いてくる。その中でドゥーラは声を張り上げ、隊列はすぐさま斜めへと傾げてゆく。
もう間もなく扉は閉まりきる。
そのあいだ、矢継ぎ早に彼女は周囲へ指示を飛ばした。
「カズヒホ、ガストン、イブ、あなた達は遊撃手として状況を見て最適な攻撃をしなさい。だけど必ず私からの指示には従うこと。ダイヤモンド隊は指示があるまで大きく動かないこと」
了解の返答をそれぞれで発し、ごおん!という扉の閉まる音は広間へ響き渡る。
ぴくりとエルフも長耳を震わせたけれど、先ほどよりずっと恐れの感情は少ない。対抗策を練ったことで、多少は心の支えになっているのだろう。
ただし、僕はいつもより警戒をしなければいけない。
先ほどまで感じていたマリーを狙うような気配、そして防衛陣への対策をしているだろう敵を常に監視する必要がある。
また索敵妨害をしている術者を見つけることも大事だし、奥に控えたボラアックス・ドゥードゥーへの警戒も忘れられない。
いやぁ、やるべき事が多いとテンションが上がるなぁ。
会社の仕事とかは「勘弁してください」という思いをするけど、ここはファンタジー世界だからね。
勝手に高揚してゆく己を覚え、ぎゅうと片手剣を握る。
そのようなタイミングで、戦闘音楽は響き始めた。
それは高い高い、極めて高音な声色だった。
女性の泣くような声色は幾重にも絡み、やがて旋律へと変わってゆく。
シンと静まり返っていた大広間へ、震えるほどに細い女性たちの声は響き、やがて太鼓の音が加わると、ヒステリックな音楽は形成されてゆく。
旋律に合わせ、どろどろと動き始めたのは敵軍だ。
こちらの陣形に合わせて斜めへ大盾の列は動いてゆき、どしゃり!と鉄壁を正面へ向ける。
「始めるわ! ブラッドストーン隊、抜刀ッ!」
ざざあ!と横一列に盾のあいだから鋼色の剣が生まれる。
まったく同時に敵の大盾も、ずん!と一歩を踏みだすと、ヒステリックな音楽の鳴り響くなか死の行進は始まった。
よほどの重量があるのか速度は遅い。しかし壁が迫ってくるような圧迫感は、ただの盾では無いなと傍目から予想できる。しかしドゥーラは恐れずに、全軍へと指示を放つ。
「こちらの防衛領域を確保するッ! 微速前進ッ!」
ざ、ざ、と足音を立て、ブラッドストーン隊は迎え撃つ。旋律に合わせて両軍の隙間は徐々に狭まり、ずらーっと魔物の盾から並ぶのは黒色の槍だ。
それはタールのような液体を塗っており、大広間の壁と同じような色をしているのは……少々気になるな。
僕らの最後方にあたる広間の角は、前進したことで隙間ができ、熱気も少し薄れる。
詠唱とともに石精霊を操るエルフを眺め、それから身を起こした。
「じゃあ僕も様子見をしてこようかな。あの盾の裏側がどうなってるのか気になってね」
「分かったわ。でも、このまま意思疎通をしながら進めてちょうだい。あなたの声を聞いていたいの」
うわ、そう言ってくれるとジンとするほど嬉しいね。
とはいえ彼女の声はとても綺麗なので、耳の奥へ囁かれるとうっとりするほど心地よい。などと思っていたのだが……。
「ほら、あなたってのんきな声をしているでしょう? 最近になって気がついたけれど、それが私にはちょうど良いの。安心するわ」
ええっ、のんきな声……?
これでも真面目にやっているつもりなんだけどなぁ。などと考えながら「行ってきます」と声をかけ、敵の側面位置にあたる壁面へ転移をする。
ざぎゅっ!と闇色の壁面へ剣を突き立て、そこから真下を覗き込む。
大盾で見えなかったが、やはり彼らは魔物だった。中ボスと同じようにずんぐりむっくりな体型をし、地面へ腕がつきそうなほど全身は丸い。
覆う装甲は鉄色をしており、また密集しているせいでひとつの生物のようにも見える。
その後方には大荷物を背負う一団、そして周囲で詠唱をしている術者が……。ぞわりと後ろ毛が逆立つのを覚える。
「ヤバいな、あのオウガは。自爆兵だろ?」
ぎくりとした。
すぐ横から声をかけられ、しわがれた声に思わず振り返る。初老とは思えぬ眼光をした者、ガストンは闇のなかから囁きかけてきた。
「え、ええ……。ガストンさん、いつからそこに?」
「はあ? なーに言ってんだ、おまえが勝手に俺ンとこに来たんだろ。それよりも、さっさと攻撃するぞ、イブ」
おっと、またもギクリとさせられるとは。
壁につきたてた僕の剣へ爪先を乗せ、しゃがんでいる者がいるなんて。これでも不意打ちを受けないよう直感を思い切り鍛えているのに、2人とも易々と気配を隠してくるな。
「いーよ。じゃあ、あたしらは即席の遊撃メンバーね。みんなに良いところを見せよっか、カズ君、おじいちゃん」
抜かせ、と老人は笑い、躊躇なく石壁を掴んでいた手を離す。とん、と壁を蹴った瞬間に、僕ら3人は瞬間的に敵の密集空間へと降り立った。
あれぇ、僕の転移並みに早いな、2人とも!
着地しざまに僕、そしてガストンの一刀が敵の頭部を輪切りにする。
そして、ぺたんと地面に手を付けたイブは、少し悩んでから僕の影へと滑り込む。彼女のほうが長身だけど、猫のように身をかがめると敵からはまったく見えなくなるようだ。
「俺ァこっちだ、お前らは反対側を掃除しろや」
「んーー、カズ君と一緒に戦うなんて初めてだから楽しみっ!」
おっとと、勝手に状況が進んでゆくなぁ。
まあ良いかと考えながら、頭上から振り下ろされる手斧を気にすることなく一歩分を転移し、カウンターぎみに喉を裂く。
どっと溢れた黒い血と、その背後から迫るオウガ……の頭は真下から蹴り上げられ、褐色の太ももに視界は覆われる。
おや、すごい。見とれるようなラインをした太ももが消えたと思ったら、ぐらんと揺れたオウガが目の前に残されるだなんて。さくっと喉笛を切り裂きつつも、左から伸びてきた大きな腕はイブの短刀により腱を切られる。
はぁ、なるほどねぇ。僕の補助をしているのか。
そういえば彼女は体術には自信がありそうだったし、こういう器用なことも出来るんだなぁ。さすがは忍者なる希少職業だ、などと考えながらギィギィ鳴くオウガの首を切る。
さて、流れでこのような攻撃に参加したけど、本来は僕にとって苦手な状況だ。いやぁ、ホント困るね、視界がすべて敵だらけというのは。
狭すぎて一歩か二歩分くらいしか転移出来ないし、もし完全に囲まれたら厄介なことになりかねない。
しかし幸いなのはイブによる補助、そして相手も自爆用の荷物をかかえていて動きは鈍いということか。おまけにここで自爆したら目も当てられないだろうし、こちらにとって有利な材料もいくつかある。
ついでのように【五重定義の過負荷】へ最適な攻撃を数パターンほど記憶させながら、ぐしゃぐしゃの密集空間を進んでゆく。
すると、愚直のときと同じように、僕は集中する必要がだんだん無くなって来る。最適な位置に立てば、あとは勝手に攻撃をしてくれるからだ。
「うーん、こりゃあ楽だなぁ」
「じゃあさ、うちに入っちゃったら? ダイヤモンド隊の奥の手は凄いよ。能力付与するメンバーとかいるしぃ」
へえ、能力を付与することもできるのか。それは気になるなぁ。
けれどもまあ、とりあえずは自爆兵の駆除をしておかないと。
あ、そうだ。
せっかく技能も強化されたんだし、いっそのことイブの攻撃パターンも記憶させてみようか。
彼女の場合、決まって意識喪失を狙える敵の顎先などを狙う。
それを大量のスロットへ丁寧に記録してゆくと、ゆっくり僕らの連携攻撃は最適化されてゆく。
あれに似ている。おもちを突く感じ。
ぺったんこ、ぺったんこ、のアレ。
あれをものすごく早めた感じが、たぶん今の僕らだ。
真上へ向け、ぐしゃりとイブの蹴りが顎へ食い込むと、すぐさま僕の剣が喉を裂く。そのように絶命までの間隔を狭めてゆくと、やがてダークエルフは喜色を浮かべてしまう。
「うっわ! ヤバっ、ヤバいってカズ君っ! あたしの無敵感がハンパ無いっ!」
気持ち良いと感じるのも無理は無い。
掌底、ひざ、足の甲などで意識を散らした瞬間、敵は死ぬ。
すると彼女の体術はさらに速度を増してゆき、もはや鈍重な自爆兵には到底止められない連携となる。
そして気づけば自爆兵はひととおり駆除し終えていたらしく、周囲の敵兵はより武装を強めたものへ変わっていた。
ふうと汗をぬぐうと、ダークエルフへ声をかける。
「こんなところかな。イブ、そろそろ離脱するよ」
「えーー、もうちょっとヤってもイイジャン。ねぇ、ヤろヤろ?」
うわー、聞き分けが悪いなあ。
とはいえ遊ばせてあげる余裕はないので、くびれた腰をがっしり掴むと、僕は壁面へと転移を行使した。
「きゃっ――……!」
長い悲鳴を残し、がきゅっ!と壁面へ剣を突きたてる。
以前は体重制限など厳しかった転移だけれど、五重定義の過負荷へ強化されたことで選択肢も広がってきたなぁ。
どどおおッッッ……!!
始まった。
互いの前線同士が衝突しあう音だ。
真下にその光景を眺めながら、戦況をじっくり見守った。




