第163話 魔装カルティナ②
最初に異常へ気づいたのは、エルフの少女だった。
彼女は定期的に周囲を索敵しており、最も察知しやすい役割を担っている。
少年と共に進行中の人波をかきわけて、ようやく赤い髪をした女性、ドゥーラの元へたどり着く。
「どうしたの、マリー。何かあった?」
「ええ、何かが変よドゥーラ。こんなに魔物が見当たらないなんて、第三層らしくないわ」
ちょうどいま、その会話を将来の夫であるゼラとしていた所だ。
半妖精エルフの技、塔の監視者は魔具とリンクしており、立体地図へ敵の位置をリアルタイムで知らせている。だからこそ、今までに無い変化へ警戒をしていた。
手を引かれていた少年も、眠そうな顔を隣から覗かせる。
よく見れば眉は数ミリほど逆立っており、これでも一応警戒をしている表情らしい。だいぶ前にそのことを説明されたけれど、未だに違いは分からないと皆は口々に言う。
「それで、マリーと相談して索敵範囲を広げてみたんだ。その時の映像が……ああ、マリーも映像化魔法を使えるようになったんだっけ?」
「ええ、まだ未熟だけれど、それほど鮮明で無ければ平気よ」
ここ数日は休憩時間を使い、魔導竜ウリドラは古の魔術をエルフへ伝えていた。師として友人として、熱心な指導は森のなかで開かれる。そのような勉強の時間になるとカズヒホはお茶を運び、魔術の構築されてゆく光景を不思議そうに眺めていた。
火力に直接繋がらない魔術でも、使い方によっては大きな効果を生み出す。それこそが魔導であると、竜人は酒入りのグラスを片手に語っていたこともある。
昔を思い浮かべてか、そのときの彼女は機嫌良さそうに夜空を見上げていたものだ。
その授業の成果として、ぱっと暗い通路へ映像は浮かぶ。
ときおり波のように乱れはするものの、これは当時の索敵状況を伝えるものだ。最初はただの真っ暗闇だが、範囲を広げるとともに、おかしな光景は浮かび上がる。
「こいつぁ……、見間違えじゃなけりゃ、隊列を成して移動しているのか? この先に数グループが集合してるようにも見えるぜ」
「……ゼラ、あなたは対策を2人と練っていて。私は隊を止めて、先頭のダイヤモント隊のプセリを呼び寄せてくるわ」
状況に応じ、最も適切な対応を行えるのは聖騎士ドゥーラだろう。しかしこのようにヒントの少ない中なら、ゼラの動物的な勘のほうが頼りになる。
この2人は行動を共にすることで、ひと回りもふた回りも成長している節がある。だからこそ比較的低レベルでありながら、攻略隊の中心にまでのし上がっているのだ。
どどお、と速やかに行進停止の靴音は響き、それぞれ指示を待つ姿勢を取る。それを眺めながら、ゼラは顎をごしりとこすった。
「へえ、見つからないよう魔物を移動させる、か。こいつは確かにきな臭い。だが斥候に向かったイブの報告によると、この先は大広間だろう?」
「そう、挟み打つような場所も無いはずだね。となると、大広間では……」
「罠が待ち構えている、かもしれないわ」
とんとんと柄頭をゼラの指は叩く。
迂回ルートは他に無く、攻略をするならば突き破るしか道は無い。おまけにまだ半分ほどしか第三層を攻略できていない。
少数精鋭にしたことで順調に進められているが、その弊害もある。つまり少人数にしたことで、踏破までの道のりも長くならざるを得ない。
しかし、退却の選択は今のところ無いだろう。
どのような敵か分からない中で退却をしても、次に来たとき何の改善も出来ないという事になる。むしろ敵に準備時間を与えかねないので、ここは危険を承知でも進むしかない。
「まあ、三層のパターンも掴めてきたが、この広間の大きさなら入ったら最後、閉じこめられると考えていいだろ」
「うん、間違いないと思う。それにちょっと嫌な感じがするのも確かだね」
「2人とも、先に広間の入口まで進まない? そうしたら私の索敵で状況を調べられるわ」
それは少し待って欲しい、とカズヒホは押しとどめる。
もしも後ろから敵が迫り、広間へ進まざるを得ない状況になるのは避けたいそうだ。それほど警戒をしなければならない状況に、エルフの少女は冷や汗を垂らす。
「おう、楽しそうな話をしてやがるな。俺も入れてくれ」
「ガストンさん、今まで何してたんです?」
少年の言葉へガストンなる老人は、初老と思えぬ睨みを効かせてくる。とある先日の一件以来、なぜか彼のことを嫌っているようだ。
それは兎も角、ピリと後ろ毛が逆立つような緊迫感のなか、状況を伝えると老人は不敵な笑みを浮かべる。
「んんー、結構あれだな、第三層ってのは人間的じゃねえか。こちらの対策をして、十分な戦力を一点に集中させるだなんて、魔物のクソ頭じゃ考え付かんだろ」
「ふうん、言われてみれば確かに人間的だな……」
ぽつりと少年は呟くと、マリアーベルと共にウンウン思考をめぐらせる。こうなると結論が出るまで彼らは動かないので、皆は放置し、合流したダイヤモンド隊と共に対応を考える。
とはいえ彼らに打てる手は威力偵察しか無いので、十分に注意をし、軍備を整えつつ進軍することになった。
アリライ国の精鋭攻略隊、そしてゲドヴァー国の先行妨害部隊との激突は、あと10分まで迫っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ずず……。
広間に入ってすぐの場所へ、マリーの塔の監視者は生まれ出る。がろがろと石畳をめくり、現れたのは丸太くらいの太さをした塔だ。
時間をかけるごとに階層を延ばし、索敵範囲はさらに広がる。30秒で一階層、そのたび立体地図へ敵位置を表す光点は増してゆく。しかし……。
――ばしゃっ!
強力な遠隔攻撃により塔は破壊されてしまった。
ものは試しにと安全な外側から設置を試みたが、どうやらエルフの技を敵も学習しているらしい。それはつまり、僕らの協力戦線において、マリアーベルを自由にさせると痛い目に合うと分かっているのだ。
「駄目ね、外からではほとんど索敵できないから中に建ててみたけど……」
「うん、警戒しているみたいだ。そろそろエルフさんの活躍に、敵も怖がっているかもしれないね」
そう強がりを言いつつも、そろそろと僕は息を吐く。
とうとう索敵阻害の対抗策が出てきたか、と警戒を1段階ほど高めてしまう。
「噂によると、逃亡中の逆賊には、一団の身を隠せる術者がいたらしいね」
「あら、私も同じことを考えていたわ。人為的な行動といい、この個性的な術といい……」
「うーん、匂うねぇ。僕としてはパズルのピースがひとつ埋まった思いかな」
辺りへ漂う雰囲気から、兵士たちも脅威を感じ取っている。そして間もなく、索敵を広げられない内から攻略を開始する事になる。
そうなれば、何人も死ぬかもしれない。
しかし、誰一人として死を恐れていないのは、やはり精鋭としての誇りがあるからだろう。僕らアメシスト隊はいつでも退却の道を残しているけれど、出来れば彼らを無駄死にはさせたくない。
こきりと首を鳴らし、横を見るとドレス型の装甲をしたウリドラ、そして明るい金髪のシャーリーと視線が重なる。
「どうしたのじゃ、いつものように瞳を輝かせておらぬな」
「まあ、僕はこれでも空気を読める男だからねぇ。それよりも今日はしっかりとマリーとシャーリーを守って欲しいかな」
ふんと愉快そうに鼻を鳴らしたのは「容易い任務じゃ」という意味かな。
ならば僕は心から安心できる。彼女に敵う相手はそういないだろうし、もし居るならば、この時点で警告をしてくるはずだ。
――そういう意味で、安堵した。
うん、だったら僕はなるべく緊張せず、思う存分に剣を振ったほうが良いかもしれない。つまり、いつもと何も変わらないということだね。
「それじゃあ意思疎通の設定を忘れないように……って、シャーリーは話せないか。まあ身振りで伝わるから大丈夫だよ」
彼女はにこりと笑みを向け、へっちゃらですよとコブシを握る。まだ実力の片鱗も見ていないけれど、守られる必要も無さそうに思えるな。まったく、武器も防具も身に着けていないというのに頼れるなんて変な感じだ。
と、そのとき意思疎通の声が響いた。
「みんな、そろそろ行動開始するわ。敵の思惑が分からない以上、最初は防衛寄りになることを覚悟して。守ることはたったの2つ。私の声へ常に耳を傾けること。恐怖に負けて逃げ出さないこと」
同時に、ドゥーラ率いるアンダルサイト隊の聖歌詠唱は始まる。
アァーーと低い音から始まり、通路へ整列する皆の耳に入り込む。それは徐々に声量を高め、やがて旋律を刻む。どう、どう、と薪へ炎を生むように。
やがて心音まで引きずられ、戦士たちの血は目覚めてゆく。
あたり一帯へ、聖騎士の声は高々と響いた。
「我らの魂が楽園へ至ることを祈ろう! ブラッドストーーン隊ッ! 横列ッッ!!」
「応ッッッ!!」
どどお!と隊列は組まれ、全身の毛が逆立つほどに彼らの気迫は胸を打つ。
尖兵として選ばれたのは、柔軟な行動を得意とするゼラ率いるブラッドストーン隊。彼らは攻防守と自在に役割を変えられる事から、ドゥーラにとって最も役立つ手駒にされている。
「うはは、惚れ直すぜドゥーラ! 帰ったら子供を作るからな!」
「…………か、構わないわ」
うわ、全体への意思疎通でノロけられちゃったよ。
とはいえ、これくらいで腰が砕けるような協力戦線では無いか。マリーと一緒にクスクス笑いつつ、尖兵は突入を開始する。
軍人らしく整った歩調で大きな扉をくぐり、マリーの操る光精霊たちが隙間を縫って放たれる。ぱっぱっと照明は輝き、体育館を縦に2つ並べたほどの広間が浮き上がった。
天井は見通せないほどに高く、そして壁面は墨を塗ったように黒く粘液質な光沢をしている。
そこに待ち構えていた魔物の姿は、僕らを驚かせるには十分だった。
横へ20もの鉄製の大盾が並び、隙間から魔族を思わせる瞳が幾つも覗いていたのだ。さらにその奥へ、ずんぐりむっくりな二足歩行の奴がいる。
身の丈4メートルほどの巨体。両肩へ芋虫のように不恰好な頭部をくっつけ、溶けた鉄を半ば固めたような皮膚をしている。
ゆらゆら揺れる陽炎といい、内側から高温を発しているだろうと分かる。古代語を習得しているおかげで、わずかにボラアックス・ドゥードゥーという名を読めた。
頬の肉を引き裂きながら、奴は鳴いた。並みの者が聞けば、頭をかきむしりたくなるような異音で。
エ゛エ゛エ゛ア゛ア゛ア゛――ッ!
ビリビリと大気を震わせ、しかし戦士たちの歩調は乱れない。恐れていないわけではない。恐れ、戦意を失ってしまうことを戦士たちは心底恥じているからだ。
そしてもうひとつ、何者かの視線を感じ取る。気のせいか、僕ではなく隣にいるエルフを狙っているようにも感じるが……。
きょろりと見回しても相手を特定できず、それが嫌な感じをさらに高めてしまう。
全ての戦士が広間へ入り、重厚な扉が閉められたとき両軍は激突するだろう。
チェス盤のように、互いの布陣は組まれてゆく。




