第133話 魔石の具現化
テーブルへ乗せられたものを、そーっと覗き込む。
丁重に布へ包まれたのは拳大の物で、つついてみると硬くて重い感触があった。工房の奥で、ごそごそ何やら漁りながらミュイは男か女か分からない声をあげる。
あ、猫族なので雄雌と言ったほうが良いのかな。
「変な話、当たりと外れがあるんデスよー」
「え、魔石に? つまり、どう違うものなのかな?」
「んーとデスねー……あ、霊薬が見つかりマシた」
そう言い、ひょこりと小柄な猫は立ち上がった。
あれから猫族ミュイの工房へやって来たところ、ちょうど魔石の錬成は終わっていたらしい。
昼間なので日差しは強く、戸を閉めているので工房は薄暗い。しかし布の奥から魔石は淡い光を放っているため、さほど暗さには困らない。
つんっと袖を引かれ、振り向くと少女の大きな瞳が待っていた。
「ねえ、これおかしいわ。魔力媒体のはずなのに、循環している感じがするの」
「ええと……理解が色々と追いつかないな。さっきの当たり外れと、その循環しているというのは関係あるのかい?」
毛むくじゃらの手がテーブルへ乗り、ひょこりと猫族は顔を覗かせる。手にしている透明な瓶には何かの液体が入っているようだ。
彼は澄んだ瞳をこちらへ向け、少女の言葉を補足してくれた。
「ええ、外れのものは単なる魔力触媒デス。しかし中には当たり……循環と言いマスか、生きているものが含まれてるんデス」
うーん、生きているものと死んでいるものがあるのかな?
説明するより見たほうが早いとミュイは思ったのか、毛むくじゃらな手で布は取り払われる。そして僕らは思わず声を上げた。
「うあっ、綺麗な水色……! 前よりずっと透明で、内側から輝いているみたい……」
「凄いデスよ。ボクもたくさん魔石を見てきマシたけど、ここまで綺麗なものはそう見まセン」
綺麗さがどう関わるかは分からないけれど、彼の魔石を見る目は確かだ。すると一級品に近い魔石なのかもしれない。
「ボクの見立てでは、恐らく3つの魔石が混じってマス。相性の良い石は、長い年月でくっつく時もあるようデス。その結果、どんな性能になったか分かるのはこれからデス」
ふむ、しばらく見ないうち、ミュイは立派になったなぁ。口調はどこか自信を感じさせ、子供のような声であるものの淀みない説明をしてくれる。
神秘的な会話の流れはどこか宝石商を思わせ、そのせいか工房には高級さを感じさせる匂いが漂う。
うん、「でもお高いのでしょう?」と聞きたくなるね。
もちろん高価な値を求められる事はなく、それどころか一枚の紙をミュイは手渡してくれる。
「ん、これは何かな?」
「はい、こちらはアジャ様から預かっている所持許可証デスので、失くさないようにしてクダサイね」
あれ、いつの間にかアジャ様が手はずを整えていてくれたのか。
考えてみれば外の国へ持ち出されないよう注意をしていた物なのだし、このような許可証が必要になるのだろう。
さて、手続きは他にもあるようだ。
「魔石には所有者の登録が必要デス。えーと、複数名でも登録できマスけど、如何いたしマスか?」
正直、登録をしてどうなるのか、そもそも魔石が何なのかさえ分からない。今回はそれを調べに来たわけで、とりあえず僕は立候補として右手を上げる。同じようにマリーも手を上げたので、登録者は2名に決まった。
ウリドラは本体ではなく、ただの使い魔なので今回は辞退したのだろう。
「では、魔石へ指をつけてクダサイ。霊薬を一滴垂らし、石と触れ合えるように致しマス」
促されるまま、ぺたりと人差し指を押し付ける。
純度の高い宝石へ2本の指は触れ、その先にミュイは透明な瓶を近づける。ぴたんと一滴、そしてマリーの指にも一滴を落とし、水滴は爪から指の腹へと垂れてゆく。
石と指の間へ霊薬は染みると、気のせいか宝石は温度を上げたよう感じられた。
「はい、これで魔石の登録は済みマシタ。それでは孵化を始めマス」
「え、孵化って……まさかこれは……!」
「ひょっとして、宝石なんかじゃなくて……卵なのかしら!?」
僕らを驚かせたことが嬉しいのか、ミュイは目を線にして微笑んだ。
青い空の下、ひゅお、と風が舞う。
そして宝石の透明度はさらに高まり、空気へ溶けてしまいそうになる。
ミュイの指示に従い川原へ放ると、宝石は地面に落ちることなく静止した。強い風に煽られ、再び目を開いたとき僕らは驚くことになる。
そこには大きな虫に似たものが浮いていたのだ。
「おーー、これは驚いたなぁ。虫? 飛行機?」
「わ、わ、見てちょうだい、地面から少し浮いているわ。この透明な羽が小刻みに揺れているせいかしら」
乾いた砂色をしたそれは、鳥が翼を広げたような形状をしており、その先には幾重かの透明な羽が見える。ゆらゆらと揺れ、それに合わせて羽は小刻みに動いているので、微細なバランスを整えているように感じられた。
「大きい羽虫デスねえ! ここまで大型の飛行タイプは初めて見マシタ!」
どうやらミュイにとっても珍しかったらしい。
飛行タイプということは、他にも種類があるのだろうか。それより、まずはこの魔石を観察してみよう。
羽の長さは全体で5メートルくらいある。
頭らしき出っ張りには触覚に似たものがあり、ぴこぴこと動いているあたり「虫」と言い表して問題無さそうだ。
這いつくばり、腹の辺りを覗き込んでみると数本の足が列状に並んでいる。硬さは……ざらっとした手触りといい、動物の骨に近いなぁ。
「これは魔石を具現化したもので、『戻れ』と言えば魔石へ戻りマス。契約者の意思により動かせ、慣れれば自在に操れマスよ」
「ふうん、意思で動かすだなんて、やったことも無いから分かりづらいわね。えーと……もう少し高く飛んでみてくれるかしら?」
ルン、と不思議な音を立て、それは透明な羽を震わせる。
そして僕らの見守るなか、ビュンと10メートルほどの高さにまで上がった。真上を見上げ、キツい日差しを手で除けながらマリーは瞳を輝かせる。
「うあっ……、なにかしらこの妙な感動は」
「まるで大きなラジコンを動かしてるみたいだねぇ。さっきの位置へ戻ってくれるかな」
るるる……という音を立てながら、それは先ほどの位置まで降りてくる。地表に近づくほど減速してゆくのは、生物として地面へぶつからないよう調整しているのかもしれない。
と、何かに気づいたらしくマリーは虫の頭部あたりを指でつつく。
「あら、この豆粒みたいなのが目なのかしら。大きいのに何だか可愛いわね」
「変な音もそうだけど、これは全然怖くないね」
しかしこの虫を見ていると、どうにも知的好奇心が湧き上がってしまう。大きさといい、平べったい背中といい、まるで……。
ちらりと少女を見ると、ちょうど目が合った。少しだけ興奮している表情は、もしかして同じことを考えていたのかな。
「ねえ」
ちょいちょいと手で招かれ、顔を寄せる。すると耳元へ手を当て、こしょりとマリーは囁きかけてきた。
「乗れそうな感じがしないかしら?」
「うふふ、するねぇ。ウリドラはどう思うかな?」
ぐるんっと黒猫はこちらを向く。そのままコクコクと頷いてくるのは、思い切り同意をしているようだ。
乗る? 乗っちゃう?
いやいや、ここまで来て乗らないわけには行かないでしょう。
無理かどうかはやってみなければ分からないのだよ。
とん、と足を乗せる。ビクともしない。
ゆっくりと右足へ体重を乗せてゆくが、小刻みな羽の振動を多少早めただけだった。思い切って両足を預けてみると……まだ空中へホバリングしているままだ。
おおーー、と見守っていた皆は拍手をしてくれた。
続いてマリーを呼び寄せると、興奮によりやや頬を赤くして僕の手を掴んでくる。そしてローブ姿のまま四つん這いぎみに乗ると、虫は透明な羽をもう少し早めた。
「……けっこう安定しているわね。もっとぐらぐらすると思っていたわ」
「この大きさのせいかもしれないな。どれ、ほんの少しだけ上昇してくれるかい?」
ルンという音、そして浮遊感は同時だった。
ゆるゆると高度を上げてゆく感覚に、堪らずマリーは僕の太ももへしがみつく。
「やっ、やっ! ちょっとだけ浮いてる!」
「うーん、1メートルくらい浮いても全然平気だなぁ。ウリドラ、こっちへ飛び乗れるかい?」
声をかけると黒猫は「待ってました!」とばかりに駆け、ぴょんとマリーの背中へ張り付く。そのまま肩の辺りへ爪を立て、ビー玉のような瞳そして、紫水晶のような瞳がこちらを見上げてきた。
「とりあえず川に沿って進んでみようか。それなら落ちても平気だろうし」
「ええっ、駄目よ。私はそれほど泳げないの。絶対に落ちないようにしてちょうだい」
あれ、そうだったのか。ここに来て意外な事実を聞いてしまったなぁ。てっきり森育ちのエルフなのだし、川泳ぎくらい出来ると思っていたのに。
となると海に行ったとしてもあまり楽しめないのかな。
まあ、それは後の課題にしようか。もし泳げるようになりたいなら、それまでにプールにでも行けば済むのだし。
そう思い直し、まずは虫の飛行試験のことを考えることにする。
「じゃあ僕だけで飛んで来ようか?」
「絶対に嫌っ! 私も乗りたいし、このあいだ見たアニメみたいな思いをしたいの!」
ぶんぶんとエルフ、それに黒猫は思い切り首を振る。
しかしこのあいだ見たアニメって……、ああ、そういえば主人公は空を自由に飛んでいた気がするなぁ。となると熱意がありすぎて、いまさら実験中止にも出来なさそうだ。
しかし、わがままなマリーというのも可愛らしいね。
じわりと浮いた涙といい、引き結んだ口元といい、それでも必死に太ももへしがみついているので何故かほっこりさせられる。
「うん、試しに飛んでみよう。もし落ちても、僕にしがみついていれば平気だろうし」
「そうね……、ただやっぱり怖そうだから、低めにゆっくり行きましょう。ええと、どういう体勢が良いかしら」
さて、乗る体勢というのをしばし2人で考える。
試行錯誤の結果、あまり華やかとは言えない格好に落ち着いた。どういう体勢かというと……。
「じゃあ静かに上昇してみようか」
「ええ、ゆっくりよ、ゆっくり。欠伸が出そうなほど、のんびりした感じでお願いね」
……ルン。
少し遅れて魔石は返事をすると、ゆるゆる地面は遠ざかる。
ぎゅうと抱きつくマリーは余程緊張しているらしく、その柔らかな身体を思い切り押し付けていた。
両足を開いて虫を踏み、そしてマリーは横から抱きつくという体勢を僕らは選んだ。この世界でなら十分以上のバランス感覚を持っているので、前後左右に振られてもたぶん大丈夫だろう。
「んんーーっ、けっこう、怖いっ!」
浮遊感に弱いらしくマリーは目をつむり、そして密着した身体から震えは伝わってくる。黒猫はというと、こんな5メートルほどの高さなどまったく怖くないらしく、物珍しそうに周囲を見回していた。魔導竜とはいえ、他のものに乗るのは初めてだろうしね。
「じゃあ、川沿いにゆっくりと進もうか。ほらマリー、綺麗な景色だから目を開けてくれないかな?」
「もっ、ちょっとっ、待って! 足元がふわふわして少し怖いの!」
あ、でもこれくらい思い切りしがみついてくれると、僕としては嬉しくなるな。頼られているようで……もちろんいつだって頼ってくれているだろうけど、これでもマリーは我慢をする子だからね。
もっとわがままを言ってくれると良いな。
好きなこと、してみたいことを言ってくれると嬉しい。たぶん僕は、大抵の願いごとを叶えてあげたくなると思う。
だから怖さが消えるよう、いつもより優しい声で囁きかける。
勇気を出し、その瞳を開きさえすれば、まるで異なる世界が広がっていると気づくだろうから。
「ほらマリー、ちゃんと支えているから怖くないよ。ゆっくり目を開けてくれるかな?」
「……ん、平気。少し落ち着いてきたわ」
ふうと首元へ温かい息を吐き、そして少女はゆっくりと目を開く。長いまつ毛に縁取られた紫水晶の瞳。それがまるで花を咲かせてゆくように美しいと、僕の目には映る。
きれいな瞳は丸く見開かれ、砂国にどこまでも伸びた川を、雨季を越えたばかりの緑豊かな両岸を、そして花をつけた多肉種たちが見えてくる。
「わあ……」
とても不思議な光景だ。すぐ足元には川が流れ、ゆるやかに落ち着いた速度で進んでゆくのは。
横を見れば羽は小刻みに揺れており、飛翔の速度を調整しているように見える。
魔石は思っていたより操作しやすく、そして羽音も振動もわずかなものだ。ざあざあという川の音のほうがずっと大きい。
くすぐったそうにマリーは身をよじる。
「んふふ、なんだか変な感じ! すごく得をした気がするわ!」
「やあ、貰い物だけどこれは楽しめそうだ。確かにこれは、外の国へ持ち出されたくないかもね」
魔石が何なのか、そして国外へ持ち出されることを危惧していたのか何となく分かった。これは手軽すぎる。そしてまた便利すぎる。
技能を得る場合、長い長い修行を求められるというのに、これは才能も努力も必要なく得られてしまう。
それはつまり、人の数、そして魔石の数だけ国が強化されることへ繋がってしまう。砂国であるアリライ国は、そこまで人口の多い国ではない。もし国外へ持ち出され、有効活用されたとしたら、簡単に国を奪われてしまいかねないと思えてしまう。
「だから私たちには許可証をくれたのかしら」
少女から抱きついたまま囁かれ、僕は小首を傾げる。
そして淡く色づいた唇から、言葉の続きを囁いてくれた。
「ほら、どうせ私たちは遊ぶ以外の活用法を考えないでしょう?」
「あはは、そうだね。このままシャーリーの所へ行って、見せてあげたい気持ちになるよ」
「あら良いじゃない。どこまでも続く砂の地平線を眺めて、それからカボチャの種を撒くの。もし実が出来たら、醤油で煮つめてしまいましょう」
おや、ずっと前に食べたかぼちゃの煮物をまだ覚えていたのか。皮までほっくりと柔らかい煮物を思い浮かべたらしく、少女の口元はほんの少し緩む。
それからマリーは魔石へと声をかけた。
「あとそうね、魔石だなんて呼び名は可愛げが無いわ。あなたの名前は『ルンちゃん』で良いかしら?」
ルンっ?
戸惑うような尻上がりの声に、僕らは思わず吹き出した。
豆つぶのような瞳は陽光にきらりと輝き、了承をあらわすよう飛翔速度をゆっくりと上げてくれる。
まあ、たまには遠くまで散歩するのも良いかもしれないね。
砂漠の日差しはこたえるだろうけど、うちのエルフさんは快適にさせる精霊術が得意だろうし。
「あと必要なのは……そうだなぁ、果実水とかの飲み物?」
「むーん、もし音楽があれば最高なのに。そうね、簡単な手すりと椅子かしら」
「あー、音楽は良いね。ええと、雨風や日差し除けはマリーが得意そうだなぁ。飲み物を冷やしたりも出来るのかな?」
まあ、そんな話をしていたら勝手にワクワクしてくるよね。
こういうとき攻略で得たお金があると、自由に買い物ができて嬉しいよ。あまり夢の世界でのお金に興味は無かったけど、こういう娯楽があると話は別だね。
それじゃあ待っているミュイに挨拶をしたら、シャーリーの待つ第二階層へ向かうとしようか。
るるる……と、魔石はゆっくりと川上を旋回し始めた。




