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第132話 S級任務は唐突に

 

 庭園でお茶を飲んでいると、遠くから歩いてくる人物へ僕らは驚かされた。

 白髪を生やし、深い皺を刻んだ老人は魔術師アジャといい、地下迷宮攻略において重要な位置にある人物だ。


 不思議に感じるのは、どうしてここへ来たのだろうという事と、どこか顔色が悪く見えることか。隣に座るマリーへ視線を移すと、やはり彼女も不思議そうな顔をしていた。

 ゆるりと周囲を見回し、老人は相好を崩した。


「ふむ、流石は黒薔薇の館じゃ。朝から優雅な時間を過ごしている」

「お褒めに預かり光栄ですわ。今年はようやく咲いてくれましたので、皆と楽しんでおりました」


 館の主であるプセリは椅子から立ち、そう言いながら老人へ歩み寄る。貴婦人らしい優雅な仕草で一礼をし、そして空いている席へと案内をした。

 ひょっとしたら元から老人を招く予定だったかもしれない。そう思えるほど彼女の表情に驚きは見られない。


 しかし、一同を眺めた老人は、ふとマリアーベルの顔を見て怪訝な表情をする。


「んん、どうした、可愛い顔を不機嫌にさせて?」


 ぶすりとした表情のマリーは、南国への旅行を邪魔されたことにまだ腹を立てているらしい。同じようにイブも不満そうだけれど……あれえ、彼女を連れて行くとは言ってないし、そもそも断ったはずなんだけど。


 ぱちぱちとアジャ様と僕は瞳を瞬かせた。




「ははは、そういう事か! 楽しい旅行をするはずが、出国禁止令で邪魔をしてしまうとはな!」

「笑い事ではありません。もちろん海は楽しみでしたけど、まさか国から出れないなんて……」


 マリーの隣へ腰掛けた老人は、済まん済まんと肩を叩く。

 少しだけ申し訳なさそうな顔をし、テーブルにある菓子をつまむ。そして何かに気づいたよう、白い眉毛を持ち上げた。


「ふむ、今回の出国禁止令は裏切り者――ザリーシュへ加担していた者たちを一掃するためのものじゃ。それはすぐに済むが、問題はあやつらか……」

「あいつら? どなたですか?」


 きょとりと少女は老人を見上げた。


「うむ、迷宮に潜んでいる反逆者じゃ。そいつらは魔石を持ち出すような動きを見せていてな、それを食い止めるためというのが今回の措置に繋がる」


 ふうん、と僕らは顔を見合わせた。

 その反逆者を捕まえれば旅行に行けるだろうけど、そこまでして行きたいかと聞かれれば「別に」と答えてしまう。


「え、それじゃあ捕まえに行こうよカズ君!」


 ああ、このダークエルフは違ったようだ。

 肩にベタベタ触れながら聞いてくるし、海を思い浮かべてか瞳は輝いているけれど……カブトムシじゃないんだから、そんな簡単に捕まらないだろうに。


 しかし海へ遊びに行くための課題としては重過ぎないかなぁ。そう内心でボヤきながら、仕方なく老人へと聞いてみる。


「ええと、それじゃあ迷宮攻略は再開されるのです? いまは攻略停止中ですよね?」

「いや、封鎖はしばらく解けぬ。というより以前のような大規模な攻略はもう行えぬ」


 ……なんだって?

 目を丸くした僕らを見回し、老人は口を開く。

 そして、どうやら本題はここから始まったらしい。


 古代迷宮の攻略は現在のところ停止中だ。

 これは財宝の鑑定に時間が必要だからと表向きは聞いていた。また国庫を必要以上に増やせば、経済的な悪影響も出てくるだろう。しかし老人は首を横へ振る。


「それで困るのは、せいぜい宝物庫の管理に過ぎぬ。問題はそこではなく、第三層の難易度じゃ」


 老人からの説明によると、現在も次層の調査は行われているらしい。

 しかしその難易度の高さにより、兵の数だけでは太刀打ちできぬ領域にまで達していると判断された。そして、いまだ潜伏している反逆者という存在もある。


「思うに第二層の被害が大きすぎた。本隊は食い破られ、逆にお前たちの隊が攻略完了するなどというおかしな状況になっておる」

「つまり、いくら兵数を膨らませても逆に身動き出来なくなる、という事でしょうか?」


 そう口を開いたのは、エルフであるマリアーベルだ。

 ここ最近の彼女は、少し変化が出てきたように思える。このような集団戦、兵の配置、そして攻略において知性を見せ始めているのだ。


 なんとなく他隊との連携、レイドを経て成長したように僕からは見える。そういえば最近はゲームなどをしているようだけど、ひょっとしたらそれも影響しているのかな?

 どうやら老人にとっても満足できる答えだったらしく、優しい笑みを返してくれた。


「うむ、迷宮は広く、全ての領域を支配することはもはや不可能。無数に生まれてくる魔物を全て相手にしていては犠牲ばかり増えてしまう」

「第一層で行っていたことが、もう出来ないのですね……」


 ではどうすれば良いだろう、という問いを老人は無言で尋ねてくる。

 気になるけれど、うんうん唸るマリアーベルに任せ、僕は別のことを考えよう。それはつまり「なぜ攻略したいのか?」という素朴な疑問だ。


 もし国の兵力で攻略不可という事になれば、普通であれば冒険者などと呼ばれる組織へ任せるのが一般的だろう。時間をかければ報酬と引き換えに財宝を得られ、また人々が集まることで経済にも良い影響が出てくるからだ。


 しかし、何故かそれをしない。

 するとよほど財宝を独占したいのか、あるいは長く時間をかけたくない、などという状況に絞られてくる。


 さて、古代迷宮が他の迷宮と決定的に異なるのは、桁外れに高い難度だろう。もちろん得られる財宝の価値も高く、特に魔石なるものは他で見たことが無い。


 そう、魔石。

 魔石とは何だろうかという疑問も浮かんでしまった。

 しかし、僕の思考はそこで中断される。マリアーベルが授業中のように手を上げ、老人からの問いに答えを出したからだ。


「少数精鋭こそが求められているのでしょうか? 戦争のような面による展開だけではなく、点での突破が必要に思えます」


 アジャは満足げにうなずき、そしてテーブルに集まる皆を見回す。


「さよう。だからこそ精鋭であるお前たちへ特別任務ミッションを与えるため、わしは来たのだ」


 懐からカード状のものを取り出すと、それを統主マスタープセリ、そして僕の前へと置く。プラスチックのように白く光るそれは、僕でさえ目にした事の無いものだ。

 プセリは息を呑み、そのカードを見つめた。


「まさかこれは、S級難度の特別任務ミッション……! しかも王家印が刻まれているなんて信じられませんわ!」


 表面に刻まれた天秤の絵、そして文字は調停の神を表している。

 だからこそ契約は絶対的に保障されるものであり、もし破れば契約の重さに合わせた罰を受けることになる。


「達成条件は3層の攻略完了。そしてもし反逆者を全滅させれば追加報酬を払おう。ああ、旅行に行けるというのとは、また違う報酬じゃ」


 なんの冗談かと思ったけれど、どうやらアジャ様は本気らしい。

 攻略のバックアップ、情報提供や食料面などの協力は一切惜しまないと説明を追加され、ようやく僕も理解をした。そして必要があれば他の隊に参加を求めても構わないそうだ。


 まずは検討して欲しいと老人から言われ、アジャ様はそのまま屋敷を後にした。




 屋敷から外へ出て、舗装された道をゆっくりと歩く。

 馬車を使って良いと言われたけれど、それは丁重にお断りさせて頂いた。どこかへ行きたいわけでなく、ただのんびり歩いて考えを整理したいだけなのだ。


「はあー、まさかのS級任務かぁ」

「びっくりしたわねぇ、アジャ様から直接依頼されるだなんて」


 一緒に歩いていたマリーは、そう同意の言葉を漏らす。

 子猫を抱いたまま2人して物珍しげにカードを見つめているようだ。青空へかざすとカードは淡く輝き、ただの紙では無いと分かる。


 ぺらりとひっくり返せば署名欄は空白で、依頼先と依頼主の記名により契約は成される代物らしい。

 むすんと少女は口をへの字に曲げた。


「期待してくれるのは嬉しいけれど、引き受けるべきか悩むわねぇ。何故か胸がもやもやするの」

「確かに悩ましいね。プセリさん達もこれから会議をするらしいけど、たぶん引き受けるんじゃないかな」


 再結成したばかりの彼女らは、まだ金銭面で不安があるらしい。ザリーシュ不在とはいえトップチームの誇りにかけ、大きな成功をしておきたい所だろう。


 横を見ると、まだマリーはむっすりとした顔のままだ。

 それでも手を伸ばせば指を絡ませ、不機嫌そうな顔のまま握ってくる。たぶん無意識なんだろうけど、親指で撫でてくるものだから少しくすぐったい。


「それで、もやもやする理由は分かったのかな?」

「ええと……そうね、なぜ魔石を持ち出されそうなくらいで出国禁止令を出したのかしら。それと少数精鋭といっても数を絞り過ぎていることね。その2つがずっと引っかかっているの」


 おや、マリーもそのことを考えていたのか。

 先ほどの口ぶりでは、横流しをしようとする反逆者を捕らえなければ、出国禁止令を取り下げないように聞こえた。それほど大事な魔石というのに、僕らはまだ正体を知らないのだ。


 などと考えていると、はっとした顔をマリーはし、薄紫色のきれいな瞳を向けてきた。


「ねえ、そういえば前に魔石をもらっていなかったかしら?」

「あ、すっかり忘れてた! 猫族のミュイに練成を依頼していたままだった」


 そう答えると、またマリーは不機嫌そうな顔をして頬を膨らませてしまう。腕に抱いた子猫でさえ、じとりとした瞳をしているけど……あれえ、2人も忘れていたんじゃないのかな?


「それじゃあこのまま工房へ行ってみましょう。何か分かるかもしれないわ」

「うん、そうしようか。返事をするまで、まだ時間はあるからね」


 少女から手を引かれ、その真っ白い髪、そして笑顔へ僕は見とれてしまう。


 まっすぐに伸びた道といい、真っ青な空といい、それは砂国でありながらどこか日本の夏を思い浮かべる光景だ。日はゆっくり真上へと向かい、エルフの少女と木漏れ日のなかを歩き始めた。


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