第117話 では、ホラー映画ですよ・・・
「見たくない人ー?」
「はいはーーい」
そう尋ねるとマリー、ウリドラは元気よく右手を上げ、挟まれたイブは左右をきょろきょろ見た。
テーブルの椅子に座り、姿勢正しく手を上げる姿は授業中だったなら先生は喜んだろう。しかし僕は先生では無いし、むしろ正反対の消極的意見なので少しだけ悲しい。
むっすりとした口元をし、三白眼でこちらを見上げてくるのは黒髪美女であるウリドラだ。タンクトップの薄着で、風呂上りのさっぱりした肌、それと真っ直ぐの鎖骨を見せつけている。
「見たいわけがなかろう。その気持ち悪いタイトル文字といい、どうせろくでもない物じゃろが」
「そうよ、眠れなくなったりしたら嫌なの。だいたい、どうしてその映画が私たちの役に立つのかしら。そこからもう理解できないわ」
追従するのはエルフ族のマリーであり、今はピンとした長耳を露にさせている。揃って透き通るような肌をしており、やや少女のほうが色白い。
なるほど、確かにそうだ。
いま僕はホラー映画のDVDを手にしており、これを元に勇者候補であるザリーシュを罠にはめると確かに言った。しかし幻想世界の住人たちはホラーというものへ馴染みはなく、どう結びつくか理解しづらいだろう。
「んー、あたしはニホンゴが読めないんだけど。でも怖い系だったらパスかな」
おっと、褐色の肌をしたダークエルフ、イブはそもそも趣旨を理解していなかったようだ。これで僕を除いて全員が反対したことになり、ほんの少しだけ悲しくなる。
「試しにさ、視点を変えてみようよ。今回、怖がるのは僕らではなくてザリーシュなんだ」
僕からの提案に、きょとりと彼女らは顔を見合わせる。
怖い映画は怖がらせるためにある。しかしこれはただの参考資料であり、本番は就寝後にやってくる彼との戦いの場だ。
「つまり……グリムランドで私たちのしたことを、彼にするということかしら?」
「そういうことだね。ウリドラ、前に見せてくれた映像化魔法だけど、彼の屋敷を映すことはできるかな?」
ふむ、と魔道竜ウリドラは形の良い眉へと指を当て、答える前に少しだけ悩む。それから僕の質問への意図に気づき、にぃと唇を歪めた。
「ふ、ふ、なるほどのう、実に底意地の悪い雄じゃのう、おぬしは」
「うふふ、悪い趣味ではないと思うけどね。いや悪いかな。もし可能なら、録画してくれると嬉しいね」
ぐふふと僕らは含み笑いをし、これで若干1名の味方を確保したことになる。やや置いてきぼりのエルフ、それにダークエルフは片方の眉をぐしゃりと曲げていた。
先に口を開いたのは、ザリーシュの元部下であるイブだ。ちょんと片手を小さくあげ、それから不思議そうな顔をして質問をしてきた。
「でもさ、あのザリーシュが怖がると思うわけ? 笑いながら魔人を輪切りにした人だよ?」
「今回、武器の腕は何の意味も無いさ。グリムランドでウリドラが驚いていたように、ねっ!」
どすんと彼女から脇腹をグーパンされ、語尾は悲鳴混じりになってしまった。いててと腹をさすりながらイブへの説明を足す。
「それに直接手を出すわけじゃないから安全だし、もし駄目なら違う手を考えれば良いかな」
「んー、危なく無いなら賛成かな。でももし彼が怖がったら……楽しそうだねぇ」
どうかなぁ、怖がるかなぁ。大人だし、気にしないかもねぇ。でももし彼が怯え、泣き叫んだとしたら……胸はスッとするだろうね。
にたりとイブは笑い、こうしてもう一人の仲間を確保したわけだ。最後に残った少女へ目を向けると、意外そうにきょとりと目を丸くさせてしまう。
「あら、私はあなた達の味方をするわよ。そうではなくて、怖いのを見るのは嫌なだけ。でも作戦のためなら仕方ないし、一人ぼっちも嫌だから私も腹をくくるわ」
ふすんと諦めの息を吐き、これでようやく全員の意思は一致したわけだ。
それではホラー映画の鑑賞会を始めようか。そう伝える意味で、ベッドルームへ向けていたテレビを、ぐるりとテーブル側へ向ける。
正直ね、僕はこの手のものがよく分からないから、怖がれる人の意見を聞きたいんだ。そういう人のほうが、怖い演出を思いつけるだろうし。
DVDをケースから出し、デッキへ入れると画面にはノイズの音が響き始めた。
全体的に画質は悪い。
光源は自然のものばかりを使用しており、暗くて見えないところもある。
だからこそ、今までの娯楽映画にない臨場感を彼女たちは楽しめる。テレビを挟み、本物の日常が広がっているよう思えたかもしれない。
「ふーん、この生活臭さと無機質さは少し怖いかしら。色彩の少ないほうがリアルかもしれないわ」
「なになに、なにこれ、エイガってやつ? 動く映像化魔法なんて初めて見るよ」
「ほれ、わしが訳してやるからそばにおれ。ふぅむ、日本人はこうして見ると黒色が強すぎて少し不気味じゃのう」
分かる分かると、まだ彼女らは明るい声をあげられる。
それはそうか。まだ物語は序盤の序盤、映画の主人公もまだ身の危険を感じていないときだ。
主演は若い女性で、彼女らはだいぶ共感しやすい。ところどころ不気味な雰囲気は感じるものの、世界はまだ平和だと感じられる。
しかしその日常は、ふとしたことで遠ざかるときもある。
偶然により手にした一枚の切符は、決して日常へと戻れないものだと気づくのは、もう少し後のことだ。
不可思議な犠牲者はあっても、まだ彼女は安全だ。
しかし、あと一歩踏み出せばどうなるだろう。
「悪手じゃろう、それに近づいてはならんぞ……」
平和な日常にある違和感。それは嫌な気配として視聴者の目を誘う。
見たくない見たくない、近づきたくない。そのように思えるのは、恐らく人としての本能がそうさせるのだろう。
画面では、決してショッキングな映像などは無い。血も流れなければ悲鳴をあげることもない。
しかし日常のなかにある違和感だけは存在する、という嫌な状況だ。自然と彼女らは茶を飲む回数を増やしてゆく。
だが、マリーたちの願いもむなしく、女性は吸い寄せられるよう違和感の元へと近づいてしまう。仕事だから、気になるから、と理由をつけて。
「やーー、見ちゃ駄目だってーー……」
「もうっ、ずっと気になってたから見ちゃう……っ!」
やがて、蓋は開かれる。
ざざと画面は怪しく揺れ、それは違和感の正体へ触れることに、そして日常から一歩だけ向こうへ渡ってしまうことを表す。
そこにある映像は、ある意味で異様なものだった。
ごく普通の人たちは何の感情も感じさせず、ただうごめく姿を淡々と見せてゆく。しかしこれは……非日常的なこれは何だろうか。
皮膚の下を何かが這い回っているような異物感を、彼女たちは覚えてしまうようだ。
なるほど、とキッチン側の流しに寄りかかりながら皆の様子を僕は眺める。よく分からないけど何かが変、いつもの日常と異なる、そのような違和感というのが怖いらしい。
と、マリーはこちらを振り返り、無言でちょいちょいと手を振って呼び寄せてくる。どうしたの?と首を傾げながら近づくと手を引かれ、少女と入れ替わりに椅子へ座らせられた。
なんだなんだと思っていると、ぽすんとエルフは太ももの上へ座ってくる。
うん? 満足げな鼻息は「これで安心」という意味なのかな?
さて、映画の物語へ戻ろう。
非日常への扉を開いてしまったことに、彼女はようやく気づいたらしい。ようこそ、という歓迎の意味だろうか。大きな音が響き、ビビクン!と女性たちは震えた。
「おほーーっ! 今のは来たのうう!」
「うわ、うわっ、見て見て、鳥肌立ってる!」
などと言いながら、ハハハと彼女らは何故か笑う。
マリーは背中越しに、どっどっどっと激しく心臓を伝えてくる。と、少女はこちらへ振り返り、こそりと耳元へ囁いてきた。
(ねえ、あなたはどうして怖くないのかしら?)
(怖いけど、もっとこう……バーンって出てくるほうがびっくりするかなぁ)
変わっているのねぇ、と可愛らしく小首を傾げられたけれど、少女の向こう側に恐怖映像が流れているのは不思議な光景だ。
さて、この物語は残酷で、彼女へと日常を見せてしまう。
いっそのことずっと非日常であったなら諦めもついたろうけれど「大丈夫かも」という希望を抱かせてしまうのだ。
家族の姿に安堵をし、そして「気のせいだった」と思い込んでしまうのはすぐだった。
「これじゃなあ、助かったと思わせることが重要じゃろう」
「あーー、最悪じゃんっ。こんなに油断させられて襲われたら、あたしなら泣くって」
ぐいぐいとウリドラの肩を揺すり、イブは悲痛な声を上げる。とはいえ、これは参考になるぞと僕は心の中でメモを取る。
ゆったりとした日常風景は、それから何度も見ることになる。
しかし気づくのは、そのテンポがゆっくり速まってゆくことだろうか。安堵、そして恐怖という間隔は狭まってゆき、やがて視聴者は気づく。ゆっくりと、しかし確実に追い詰められていることへ。
不思議なのは、その度にマリーは体勢を整えてゆくことか。僕の腕をお腹のうえに乗せさせ、反対側も同じようにし、最後には横座りになってべたりと抱きついてきた。
「あの、マリーさん……?」
「しぃー、静かにしていてちょうだい。困ったわ、これでもまだ防ぎきれないなんて……。恐ろしい存在ね、ホラー映画というのは」
などとキリッとした顔で言うのは、どこか不思議だ。
やがて物語は終焉を迎える。
謎を解き明かし、女性は全ての問題を片付けたのだ。
さすがの竜も大きく安堵の息を吐き、そして胸を撫で下ろすダークエルフと共にハイタッチをした。
しかし、なぜか物語は終わらない。
山場を越えた安堵さえ利用したいのか、淡々とした日常を画面へと映し続け、皆は「嫌な気配」を覚えてしまう。
「おほーー……、ぞわぞわするのうーー……」
「あたし、だめだぁ、こういうの……っ! あーー、ヤバいヤバい! それヤバいっ!」
イブの悲鳴じみた声に画面を見ると、その非日常はやって来た。
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて。
対抗策を考えさせる時間をたっぷりと用意させ、それでも手の打ちようの無さに呆然としている視聴者へと近づいてくる。
「おほ、ほー……っ! 消すのじゃ、テレビをはよう!」
「なになに、消せんの!? さっさと言ってよもう!」
そう言い、彼女らは振り返ってきた。
ふむふむ、安堵させてから恐怖を与えるねぇ。覚えたばかりのテクニックなのだし、実際に使ってみようか。そのように思いつき、なるべく安心させる声を僕は出す。
「そうだね、調査はもう十分だし。分かった、すぐに消すよ」
それからリモコンを手に取り、ポチポチと僕は押すフリをする。
「あれ、おかしいな、あれ……」
「ななな、なにをやっとるのじゃあ! ほれ、ほれ、もうヤツが来るのじゃぞ!」
「おおお、おいい、カズヒホくぅんっ! カズくん、はやくしろ、おいカズっ!」
なるほど、こうすると恐怖心をたっぷりと覚えるのか。つるりとリモコンを取り落として盛大な音を上げるのと、画面の向こうから追いつかれるのは同時だった。
ぎゃにゃあああ~~~~っ!
そのように部屋から悲鳴は響き、皆はホラー映画の真髄を楽しめたらしい。
ちなみに初めてのホラー映画への感想は「意外に面白かった」「また見てもいい」なのだから、今ひとつ女性というものをよく分からなくなったよ。




