第109話 夢と魔法の国へ行きましょう③
いつもより車内はだいぶ騒々しい。
それもそのはず、初めて車や道路を見る褐色エルフのイブ、それを気にもせずワイワイとおにぎりを頬張るマリアーベル、そして魔導竜ウリドラにより占拠されているからだ。
バックミラーからは金髪を左右へ揺らし、驚きの表情をしているイブが見える。さすがに見かねた僕は彼女へ話しかけることにした。
「イブ、おにぎりを食べたらどうかな。最後のツナマヨが消えようとしているよ」
「こっ、こんな状態でご飯なんて食べれるわけないし! なにあれ、でかっ! 何人乗れるのよアレ!」
見れば大型観光バスがゆったりとした巨体で道を走っていた。まあこれから向かう先は大型テーマパークなのだから、おそらく向かう先は一緒だろう。
とはいえ園内に食事は持ち込めないのだし、昼食はまだずっと後だ。助手席にいるマリアーベルへ目配せをすると、頬張りながらこくりと頷いてくれる。
「はいこれ、おにぎり。お茶はここに置くわね。いくら驚いていても食べるくらいは出来るでしょう?」
無理やり手に持たせると、香ばしい海苔の香りにひくひくと鼻を動かす。どうやらマリアーベルと同じエルフ族らしく嗅覚は鋭いのかもしれない。
異世界から来たばかりの彼女にとって、周りの光景はいささかショッキングだろう。しかし匂いに負けたらしく、あんぐと口を開けると豪快に頬張った。
「……っ! うっ、なにコレ!」
「おにぎりよ。日本の誇る携帯食なの。そのなかでもツナマヨは国民的な人気があって、我先にと皆は手に取るの」
などと背丈の低いマリアーベルのほうがお姉さんぶって教えてあげる。肌の色はずいぶんと異なるけれど、こうして見ると面倒見の良い子なのだと思う。
ちなみに日本語など出来ないイブのため、車内はずっとエルフ語だ。
「どう、美味しい?」
食しているせいで声も出せず、イブはコクコク頷き返す。
白米、海苔、それにツナマヨはクリーミーに絡み合い、噛めども噛めども旨味は溢れてきてしまう。もともとお米は噛むほど甘みが出てくるので、じっくり長い時間、美味しさを楽しめる。
グイとお茶を飲み、それからイブは青い瞳を大きくしながら声を上げた。
「美味しっ! これさあ、さっきあんたが簡単そうに作ってたやつでしょ。なになに、どうやって作ったわけ?」
「良ければ帰ったら教えてあげるよ。でもお米が平気みたいで良かったよ。この国の主食だから、苦手なら困ってたところだ」
「ぜんっぜん平気。というか好き。もちもちしてて噛みごたえいいし、あとこの黒いのも匂いがあって好き」
おや、お喜びいただけたようだ。
その言葉にふふんと鼻を鳴らすのはウリドラだった。
「この国の食文化は、このわしにもまだ底が見えぬ。レベルで表すならば、おにぎりは5といったところかのう。無論、レベル99が上限で、じゃ」
「はああっ!? そんなのあり得ないし。あたしが田舎出身だからって騙そうとしてるんでしょ」
などと噛み付いてくるけれど、確かにおにぎりはレベル5くらいの存在かな。などとマリーと顔を見合わせながら思う。
というよりエルフの出身地に田舎とか都会とかあるのかな。
「エルフ族には幾つか種類でもあるのかい。肌の色だけでもイブとマリーは違うみたいだけど」
「えーと、そうね。私は森族、イブは……海族かしら? ふうん、やっぱりね、最初に見たときからそうだと思ったわ」
どうやら説明によると、肌の色自体はそう関係無いらしい。
森族は知性側に寄ることが多く、海族は逆に肉体を高めようとする。とはいえエルフは人間と少々異なり、日焼けなどの肉体的な劣化をしないはずだ。
「あたしはいわゆるダークエルフってやつ。精霊の使い方を間違ってんの」
「精霊の、使いかた? どういう意味?」
などと尋ねるとマリーは「うーん」と悩ましげな顔をする。
「一般的にはそう言われているけれど、私はそれほど間違っている気はしないかしら。精霊を肉体に宿し、強化をしているだけでしょう?」
「……そういえばあんた、あたしを見ても怖がらないね。ねえ、おにぎりもう一個ある?」
そう言う彼女は、いまの会話でひとつ心の壁を解放したように僕の目には映る。手渡されたおにぎりに「ありがと」と答えてくれた様子も、それを裏付けているようだ。
絶対数が少ないのか、ダークエルフという種族はあまり目にする機会は無い。
ずっと一人でいた僕としても話すことなど今回が初めてだ。それでも噂は聞こえてくるもので、彼女らには「神から呪われた一族」などの形容詞が付きまとう。
しかしマリーの解説によると、精霊力を体内へと取り込むことで肉体強化をしているに過ぎないらしい。なるほど、前に見かけた鬼のような脚力はそこから生まれていたのか。などとバックミラーを見ながら思う。
と、ちょうどその彼女と目が合ってしまった。
「……あのさ、ザリーシュ様のことをいつ聞いてくるわけ? 気になってんでしょ?」
「え、特に聞く気はないけど」
「そうじゃあ、今日はせっかくの遊びの日である。あのような奴の名を出すことはわしが禁じてやろう」
「賛成よ。あんなの気持ち悪いし思い出したくもないもの」
畳み込むよう「興味無し」を3人から叩きつけられ、さすがの彼女も目を見開いた。もちろん彼の対処は考えないといけないけれど、それは後でも構わないさ。
などと話しているときに、レジャー地らしいホテルなどが現れはじめる。そして浮かれる彼女らと共に、巨大テーマパーク専用の道路へと車は吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広場じゃないかと思えるほど広い道の向こうには、いくつものチケット売り場が見えてくる。
周囲にはキャラクターをモチーフにした像などが並び、漂うファンタジー然とした雰囲気にゆっくりと現実味は薄れてきてしまう。
軽快に鳴る音楽も同様で、進む足さえウキウキとさせる効果がある。
それもそのはず、この場所は現世を忘れられる夢の国、魔法の国なのだ。
買ったばかりのチケットを手にし、彼女らの元へ戻ると皆はぽかんと口を開いていた。
「はいこれ、首からぶら下げておくようにね」
「あ、ありがと……」
マリーの首へかけてあげると、施設の大きさに度肝を抜かれているようだ。大きな瞳をさらに真ん丸にさせ、あたりをきょろきょろと見回している。
「おっと、カラフルな入場券じゃなあ。ほれイブ、いつまでぼーっとしておる」
「え、だってこんな……子供向けの遊び場じゃなかったの? てっきりふざけた施設かと思ってたら……」
いやあ、そんなわけがない。
ここは大人が本気を出し、夢と希望を詰め込んだ異世界と言ってもいいだろう。子供を騙すにはまず大人から、という言葉があるように、ここでは大人であっても十分に楽しめる。
さて、彼女らを連れてゲートをくぐれば、たくさんの人を飲み込むショッピング街が待っている。見上げれば雨よけの天井があり、それひとつでも揃って驚きの声をあげてしまう。
「天井が全面ガラスとは恐れ入るのう。かなりの重量、そして強度が必要じゃぞ」
「あたし、ぜんぜん分かんないわー。なんでこんな金かけてんの?」
正解は、投資に見合ったリターンがあるからだよ。もちろん僕の払ったチケット代は、その一端に過ぎない。
と、マリーは周囲に立ち並ぶ建物へと目を向けていた。
「んわあーーっ、可愛いっ、可愛いっ! まわりがみんな可愛いっ!」
などとエルフさんは笑顔で大はしゃぎだ。
カラフルな色彩をした建物は、実に彼女好みのものだろう。周囲に人は溢れているものの、人々の喧騒さえどこか楽しげなものだ。家族連れ、カップルと様々で、いくつもの笑い声が周囲から響いてくる。
「ヤッばい、あたし完全に舐めてた。車とかいう変な乗り物には疲れたけど、こんな街なら見に来れて良かったわ」
「え、違うよ。ここはただのお土産屋さんだから」
はあっ?とイブから瞳を見開かれるが、それは隣にいるウリドラも同様だ。
「まさか、ただのショッピングのためにガラス張りの天井を作ったのか?」
「そうだけど、うーん……興味があったら帰りに寄るから、まずは中に進もうか」
でないと乗り物にはどんどん行列が出来てしまうからね。
はぐれないようマリーと手をつなぎ、人ごみのなかをゆっくりと進む。ショッピング街の中央には大きな笹があり、新緑の色彩を見せ付けていた。
「ねえ、あれは何かしら? 日本の伝統行事?」
「えーと、たぶん七夕かな。まだ先だけど、7月7日には七夕というものがあってね、短冊に願いを書いて吊るすという行事があるんだ」
まあ説明している僕だって、多少は驚かされているけどね。このような西洋風の場所に日本の文化を取り入れているなんて知らなかったし。
マリーは物語や伝統文化など大好きな子だ。へえ、へええ、と興味深々に何度も振り返り、見事な笹を見つめていた。
さて、ショッピングエリアをまっすぐ抜けてゆくと、またも少女は驚きの声を漏らす。ぎゅうと僕の手を掴み、そして立ちすくんでしまう。
「うわああーーっ、見て見てっ、お城っ! 屋根が青いわっ!」
これを見せてあげたかった僕としては、はしゃぐ姿につい頬を緩ませてしまうね。
すこし前、一緒に見た映画では綺麗なお城があり、尋ねたところ少女は「見たい」と答えてくれたのだ。ならば実物を見せてあげないわけにはいかないさ。
「アニメで見たよりずっと綺麗! ねえ、あそこには悪い人が住んでいるのかしら?」
「どうかなあ、ひょっとしたら小さなエルフさんをさらってしまうかもしれない。少し覗いてみようか」
そう聞いてみると「きゃあ怖い」と言い、彼女はくすぐったそうに笑う。
とはいえ近くで見たいという好奇心は強いらしく、グイグイとマリーから手を引かれるまま足を進めることになる。
その真下をくぐるときなど、少女は何度も僕へと顔を向けてくるので……その、可愛くて困ります。
「うわ、うわ、形が上品で素敵! こんなお城になら私も住んでみたいわ」
「どうだい、石精霊を操って作ってみるというのは。きっと楽しいかもしれないよ」
などとはしゃいでいる僕らとは異なり、ウリドラとイブは神妙な顔をして見上げていた。
「ふうむ、窓は小さく、それでいてかなりの高みにまで塔を持っておるとは」
「あそこには間違いなく遠隔魔術の使い手がいるね。高所を活かすなら……さては物質系か」
などと物騒なことこの上無い。
どうして遊びにきた人たちを殺戮しようとするのだろうか。
ふむ、あの2人にもこのテーマパークがどのような所か教えるとしよう。
そういうわけで、老若男女が楽しめる施設、水しぶき舞うアトラクションへと皆を案内することにした。




