第105話 ステータスとドロップ品を見てみよう
どうやら梅雨の晴れ間というのは、ここアリライ国にもあるらしい。
雨季を迎え、砂漠のあちこちで緑は広がりつつある。全体で見ればちっぽけな量だけど、今までにない涼しい空気を運んでくれる。
平和な光景を窓から眺め、それから正面へと視線を戻す。皆はテーブルへとお重を広げ、その豊かな色彩にワイワイと盛り上がっていた。
「見てちょうだい、この豪華なお重は私たちの合作なの。こっちの玉子焼きだってそうよ。甘くてとても美味しいわ」
などとエルフの少女は自慢げに猫族ミュイへ教えており微笑ましい。この地域では卵を食材にすることは少ないけれど、彼は野性味ある種族らしく口端によだれを垂らしていた。
お箸やフォーク、お皿を並べてくれるのはゲスト参加のシャーリーだ。霊体なのでミュイは怖がっていたけれど、優しい雰囲気の彼女へゆっくりと慣れつつある。
僕も配膳を手伝うよと言ったのだが、彼女からやんわり断られてしまった。
「ごめんね、押しかけちゃって。ミュイも魔石関連で忙しいだろうに」
「いいえ、訪ねていただけて嬉しいデス。聞きましたよ、今回の遠征で大活躍をしたらしいデスね」
大活躍、なのかなぁ……。
結局は第二階層主であるシャーリーの優しさに助けられたのだし、討伐というよりは和解に近いのだけどね。
などと微妙な気持ちでいると、コトンと傍らに陶器のカップが置かれ、そこへ茶を注がれる。見上げればヘッドドレスをしたシャーリーがおり、にこりと笑いかけられた。品のあるその笑みは、どこか房なりの花をつけるスズランを思い出す。
ありがとうと礼を言うと彼女は目を細め、その長いまつ毛に見とれてしまう。
シャーリーは使用人などではないし本日はゲストなのだが、僕と同じように世話をすることが好きなのかもしれない。お盆を手にそれぞれの席へと茶を配り、皆からの礼にも嬉しそうに微笑んでいた。
ん、そういえばどうやって霊体がコップを運んでいるのだろう。しばし悩み、ポルターガイストという言葉が浮かんだけれど……気のせいだ、気のせい。
「まあ、無事の帰還とレベルアップ、そしてシャーリーからの贈り物を今日は思い切り祝おうか。ちなみに僕とマリーで半分ずつ作っているからね」
「待っておったぞー。くぅ、長いこと美味そうな匂いを耐え続けた甲斐があったのう!」
などとウリドラも舌なめずりして今か今かと待っていた。
お重はめでたい場にふさわしく色鮮やかなものを並べている。リクエストの多かったおいなりさん、花形のニンジンを散らした煮物、玉子焼き、おひたし、紅白かまぼこ、鳥などの揚げ物、おにぎりなどだ。
「では、僕らのささやかな祝勝会を開こう……乾杯!」
「いえーーい!」
やあ、元気な女性陣だ。がちんとコップをぶつけあい、わっとお重へと箸やフォークは入り乱れる。
このあいだの祝賀会はバタバタして大変だったし、できれば今回の参加はパスしたいところだねぇ。まあ階層主まで祝いの場に同席しているのはどこか変かもしれないけれど。
「んむっ、これは美味いのう! 揚げ物なのにシャクシャクとした歯ごたえが……!」
「んふ、揚げレンコンよ。お肉を挟んでいるから堪らないでしょ」
揚げレンコンで自慢をするエルフかぁ……なにやら違和感があるような無いような。かつかつと猫族ミュイも一生懸命に食しており、好評なようで何よりだけど。
甘じょっぱいおいなり、そして歯ごたえの良い揚げレンコン、おひたしの組み合わせでみるみるお重は減ってゆく。気持ちの良い食べっぷりに見とれていると、ふと思い出すものがあった。
「そうだ、司令官のハカム様から祝いの品を受けていたんだった。秘蔵のぶどう酒らしいけど、飲みたい人はいるかな?」
「誠か! 飲む飲む、飲むであるぞ! この地は葡萄畑とは縁が遠いから貴重じゃのう!」
はいはいー!とマリーも元気よく手を上げてくれたのだし、僕も美味しく芳醇な味を楽しむとしましょうか。などと思っていたのだが、シャーリーは僕にだけコップを配ってくれないのは……どういう意味なので?
「え、もしかして年齢制限かな? いやいや、こう見えても僕は大人でね、お酒は前からたしなんでいるよ」
などと言っても彼女はふるふると首を横へ振り、口元を少しだけ「へ」の字にしてしまう。するとワインをなみなみと注いだマリーが、これ見よがしに僕へ絡んできた。
「あらぁー、お子様には少し早かったかしら。んふふ、カズヒホちゃん。お酒は大人になってからのお楽しみね」
「んーーっ、とびきりの良い酒じゃな! おぬしには勿体無い……ごほんごほん、これはわしら大人がきちんと始末をするから安心するのじゃぞ」
などと黒髪美女から頭をガシガシ撫でられると、ほんの少しだけ泣きそうになるよ。おかしいな、いつもお酒をご馳走しているはずなのに。どうしてこんなに嬉しそうな顔をして高級品のお酒をお預けしているのだろう。
……うふふ、よぉく覚えておくよ。グリムランドでは楽しいアトラクションが待っているからね。
「それで、マリーは何レベル上がったのかな」
「えーと……あ、惜しいーっ、あと1つで50レベルになれたのに!」
お、すると通算で7レベルアップかぁ。
マリーの職は精霊魔術師なるもので、強力であることを引き換えにかなりレベルアップは遅い。経験値アップの技能は持っているとはいえ、それでも普通の職とは比べ物にならないだろう。
「へえ、戦闘回数はそう多くなかったけど、囲いを使って一気に倒していたのが効いたかな」
「あなたは……あら3レベルアップで77ね。なんだかめでたい感じがして良いじゃない」
そうなのだ。前回に引き続き――いやそれ以上か――なぜか僕は3レベルアップをしてしまった。
普通ならここまで上がりはしないと思う。敵を多く倒したとはいえ、階層主シャーリーを滅ぼしてはいないのがその理由だ。
ちらりと半透明をしたシャーリーを見つめると、嬉しげに微笑みかけてくれる。その表情を見て、ひとつの仮説が頭に浮かぶ。
そうか、負けを認めるというのも経験値の条件に入るのかもしれない。あのとき彼女は僕の提案を受け入れて、全ての守りを解いてくれた。膨大な力を手放し、だからこそ今はごく普通の女性の格好に戻れている。
つまりはそのような意味なのかもしれない。
「……ま、ありがたく受け取っておこうか。そういえば戦利品をいただいたね。まだちゃんと見ていないし、みんなで鑑賞してみようか」
もりもりと鳥の唐揚げを食していたウリドラは、お行儀悪く箸をこちらへ向けてくる。
「うんむ、そういえばしばらく預かっていたのう。調べ終えたし、ぬしらへ返そう」
そう言い、布にくるんでいたものをテーブルへゴトリと乗せる。
いそいそとマリーは布を開くと、そこには水滴型の宝石が姿を見せ、猫族も思わず瞳を丸くした。
透き通るような水色には緑色がわずかに混じり、複雑なカットにより周囲へ幻想的な光を放つ。
宝石には魔法に似た効果があると中世の人々は思ったらしい。しかしこれには本物の魔法がかけられている。
――死神の涙。
死神と呼ぶには美しすぎるその宝石は、一時的に魔術を保存し、そして好きなときに解放することが出来るらしい。保存できる魔術レベルがどれほど高いかは分からないが、シャーリー自身のかつてのレベルは100以上であったことを考えると、値段のつけづらいアイテムだろう。
「うわあーー……っ」
「ん、そういえば報酬もまだ使っていなかったね。ドゥーラさんあたりに細工職人を紹介してもらって、マリーの身につけてもらおうか」
えっ!?と薄紫色の瞳を真ん丸にさせ、マリアーベルは驚きの声をあげる。魔術師として勤勉な彼女は、もちろん宝石の価値を分かっている。だからこそ驚いているのだけど、さすがに男性が持つにはもったいない。
「まあ、礼を言う相手はシャーリーだね。どうかなシャーリー、できれば女性に身につけてもらったほうが宝石は喜ぶと思うんだけど」
階層主としての力のほとんどは失われ、代わりにこのアイテムがドロップした。彼女という存在の一部が、きっと宝石には詰まっているだろう。そういう意味で尋ねてみると、彼女は微笑みながらこくりと頷いてくれた。
「だ、だって、こんなっ……失くしそうで怖いわ」
「だから落とさないように細工をしてもらうんだよ。指輪やネックレスとかが一般的なのかな」
そう伝えると現実味を覚えたのか、少女は長耳まで赤く染めてゆき、うっとりと死神の涙を見つめる。光は紫水晶のような彼女の瞳を輝かせ、マリーのほうが綺麗なのではと思える。もちろん、そんな気障ったらしいことは言わないけれど。
「あ、ありがと。大事に使わせてもらうわね」
やあ、僕もだいぶ長いあいだこの世界で遊んでいるけれど、ドロップした者と受け取った者が、互いに嬉しそうに見つめ合うのは初めて見る光景だ。
ま、たまにはそういうほのぼのとした取得があっても良いか。などと、ぶどう酒……ではなくお茶を飲みながら思う。
「ともあれ、これで第二階層まで踏破だ。そして明日はめでたくグリムランドへと旅立つよ」
「わーい、やったーー!」
やっほうとマリーとウリドラは万歳をし、互いにハイタッチをして喜び合う。どうも最近は迷宮よりも日本でのイベントを楽しみにされている気がするねぇ。とはいえ、リアル側のイベントには現金が必要になるから毎週のように遊べないのは残念だ。
もしも一つだけ僕の願いが叶うとしたら、この世界のお金を向こう側へ換金したいね。とはいえ小市民としてエルフさんと暮らすのも、実は気に入っているけれど。
ミュイの工房から去る間際、ふと僕は思い出す。
ゴソゴソとカバンを漁り、出てきたのはかなり大きな魔石だ。布を払うと南海を思わせるターコイズ色があらわれ、秘めた輝きは力強い。
「あら、それは確かゼラさんからいただいたものかしら?」
「宝物殿で見つかったやつだね。すっかり忘れていたけど、ずっと地下にこもっていたから仕方ないか」
やはり珍しいらしく、ミュイはまじまじとそれを覗きこむ。これまで多くの魔石を見てきたけれど、これほど大きいものは他に見ない。
「それで、時間のある時で構わないから、これを見てくれないかな」
「勿論構いませんよ。ボクも忙しくなってしまいましたケド、カズヒホ様のご依頼なら一番に引き受けさせていただきマス」
いやいや、本当に急いでいないからと言葉を付け足し、そして彼へと魔石を手渡す。大事そうにそれを受け取り、黒猫ミュイはぺこりと頭を下げる。
そしてバイバイと手を振り合い、僕らは別れることになった。
このまま寝床を借りたいところだけど、どうにもあのザリーシュという男が脳裏にチラついてしまう。
――彼は危険かもしれない。
以前感じたその印象は時が経っても変わることはなく、今も僕は警戒心を抱えている。そのような理由で今夜もゼラの屋敷のお世話になるつもりだ。
そして、やはりその感覚は狂っていなかった。どうやら工房から出たところを、彼らから見張られていたらしい。
まあ、残念なことに高度な隠蔽魔術のせいで僕は気づけなかったが。




