第104話 不死の王⑤
迫りくる二体の闇世界の住人は、黄金色の魚のような瞳をこちらへ向けていた。
全身はタールのように黒くねばついており、乱杭歯の半魚人という表現が近しいかもしれない。そいつらは剣状の両腕を振りかざし、意外にも見事な一刀を見せる。
シャキン!と左右から切り裂かれ、同時に僕は彼らの背後へと転移していた。
「まあ、僕も少しだけ変わっていてね」
愚直に記憶させていた最適な攻撃により、後方から首筋を断ち切る。ビュッと黒い血液を飛び散らせ、倒れてゆく光景を見ることなく次へと挑む。
ドオオと大量に迫る彼らは、真っ黒い壁のような圧迫感を与えてきた。それから心を乱されないよう、冷静に、冷静に、と己へ囁きかける。
「いくら強敵であっても長い時間を楽しみたい性格をしているんだ。そういうわけで、逃げに回った僕はしつこいよ」
黒い大群から飲み込まれかけ、端へと転移して数体を屠る。それもこれも愚直が勝手に仕事をしてくれるからであり、こちらとしても逃げ道のことだけを考えていられるのはありがたい。
ついに左右から殺戮者に迫られ、その瞬間に加速を開放する。脚を穿ち、同時に聖なる力を傷口へ注ぐと、どおっと闇の瘴気は溢れ出す。
などと思えばシャーリーは仮面にある刃を光らせ、そして頭上から無数の刃が振りそそぐ。刃は地面をぐずぐずの穴だらけにしてゆき、転移をしようが、周囲に闇住人がいようがお構いなしだ。
うーん、流石は推定レベル100。一国でも落とせる実力に舌を巻くよ。
と、そのとき待ち望んでいた意思疎通の声がついに脳裏へ響いた。
「出来たわ」
「起動してくれると助かるな」
言葉少なに少女とやり取りをした瞬間、地面から石壁がせり出してきた。厚みのある頑丈な石壁に乗り、みるみる離れてゆく彼らを見下ろす。
「ようこそ、君たちの牢獄へ。――おっと」
ズン!と石壁を砕いて着地する殺戮者から挟まれ、だいぶ離れた反対側の石壁へと転移して逃れる。この四角形の囲いは、彼らを収容し滅ぼすためのものだ。
だからこそ一帯の床、そして壁は光り輝く。彼ら有象無象の大半を包み込むもので、跳躍して迫る殺戮者ごとドバアア!と縦への聖属性の衝撃が襲い掛かった。
――この威力は二重詠唱を使っているのか。あの短時間でよく準備できたものだ。
精霊魔術師という稀有な職についたマリーは、精霊へ魔術を与えることができる。この石壁を構築している無数の石精霊が魔術を保有し、そして瞬間的な同時発動、さらには密閉空間による威力の増幅効果が彼らを粉みじんに砕いてしまう。
はあ、これがレベル40半ばの魔術師だって?
工夫に工夫を重ね続けていたせいで、いつの間にやらとんでもない事になっているな。などと焼却炉から塵が舞うように、バラバラと魔物たちの吹き飛ぶ様子を静かに眺めてしまう。
それから汗だくの額をぬぐい、ウリドラへ意思疎通を飛ばした。
「それで、やっぱり特定は無理そうかな?」
「ふ、ふ、誰に物を言うておる。わしが見逃すわけなかろう」
おや、さすがは魔導竜だ。
腰にぶら下げていた魔具はチカチカと光りだし、試しに起動をしてみるとブンと立体地図は広がる。そのなかに位置情報を知らせる光がフロアの一角で点灯していた。
無線機能のボタンを押し、それから魔具へと話しかける。
「――ゼラさん、この位置です。恐らくは呪術の使い手がいるはずですが……やれますか?」
ざざ、ざーーっ!
砂嵐の音の響くあいだ、シャーリーはじっとこちらを見つめていた。
何を考えているかは分からない。けれど少しだけ分かる。彼女もまた、僕と同じように抗い続けているのだろう。
と、そのときようやく魔具を通じて声が返ってきた。
「やれるに決まってるだろっ。サウザウンド家の奥義は対人集団戦で最強だからなア!」
「こちらアンダルサイト隊。アジャ様の特殊部隊とも合流したわ。反逆者を血祭りにする準備は整った」
うん、なら良かったよ。すこし表現が物騒だけどね。などと思いながら魔具を腰のベルトへと戻す。
あのとき、階層主シャーリーのヴェールに触れて思考が混ざったとき、第三者の存在を僕は知った。恐らくは呪術などの邪な力を使い、階層主である彼女を操っていたのだろう。
だからこそ協力隊を2つに分け、そしてウリドラには呪術の逆探知をお願いしていたのだ。
「シャーリー、もう一度聞いても良いかな?」
「…………」
真っ黒い衣をした階層主は、ゆらゆらとヴェールを揺らながらこちらを見る。とても無口な彼女なのだし、動かないということは了承をしているのだと思おうか。
「不死の秘密は、あの庭園にあることは僕にも分かる。ほら、さっき君は物語を見せてくれたからね。一番大事にしている場所だから、君も大事なものを預けられるんだ」
「…………」
言い当てられたよう、少しだけ彼女はうつむく。
外見は恐ろしい姿だというのに、しゅんとしている姿はどこか怒られた生徒のようだ。
「いや、聞きたかったのはそのことじゃないよ。これから僕は、この迷宮の使命から君を解き放ちたいと思っている。それを賛成してくれないかな?」
でないと僕は泣いてしまうかもしれないよ。
触れればたぶん八つ裂きにされるだろう。とはいえ僕はもう出来ることをやり終えてしまった。言葉で駄目ならば、もう触れてやることしか出来ない。
剣を鞘へと戻し、そして息をひとつ吐いてから歩き出す。
敵へ武器も持たずに近づくのは初めてのことだけど、別に怖くはないかな。どちらにしろ僕は体力をとっくに使い果たしているのだし。
心の動揺をあらわすよう黒いヴェールはゆらめく。
僕のような人間から無防備に歩み寄られるのは初めてかもしれない。いや、そうではなく攻撃を仕掛けない己自身に驚いているのか。
「たまにはさ、こういう物語もあって良いと思うんだ。誰からも恐れられた死神が、遊びへの誘惑に負け、それから楽しく暮らしてしまう、というね」
懐のなかへと入り、彼女を見上げる。
じいと面隠しの向こうから見つめられているように感じた。
「君は気づいていたと思うけれど、実は向こうにいる女性はドラゴンでね。食いしん坊で美食家で、それとどうやら歌が好きらしい」
くすりと笑われた気がした。
気を良くした僕は、シャーリーの半透明な手へと触れる。ひんやりとした氷のような感触があり、そして同時に闇色は剥げてゆく。
おや、ちょうど向こうも任務を果たしてしまうなんて。意図せずとはいえ、劇的な物語の盛り上げ方をよく分かっている。呪いが解けるのはいつだって希望が芽生えた時なのだと。
「向こうの半妖精エルフは花も動物も好きなんだ。いつだったかな、散歩道で動物と友達になってね。それからは足しげく通っているのさ」
やあ、彼女も変化に気づいたらしい。
全身の闇色は綺麗に消え、そこには真っ白い雪のような身体が残る。コオと冷たい息を吐き、そして戸惑うよう小首を傾げてしまう。
「そういうわけでね、たまには良いと思うんだ。不死同士、友達になるというのもね。ほら、そう聞くと末永く楽しく過ごせる気がしないかい」
その身じろぎは、君の答えだと受け取らせてもらおうか。
あとひとつ、彼女へ伝えたい言葉がある。にやりと笑い、そしてこう話しかけた。
「そういえば、さっきシャーリーから真っ二つにされたね。いま素顔を見せてくれるなら特別に許してあげても構わないよ」
そして彼女は両手で、ゆっくりと面隠しを外していった。
恥ずかしいのか目元だけを覗かせ、そしてバツの悪そうな顔でこちらを見る。さきほど見たときは冷たい瞳だと思ったけれど、こうして近くで見れば魅力的な人かもしれない、などと思わせた。
しかしまあ、どうして僕はこうも出会う女性から殺されるのかね。ただ大抵は良い方向へ転ぶので、僕の死も無駄ではないと思おうか。
満足げに微笑みかけると、彼女もまた瞳を細めてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからザリーシュは信じられないものを見た。
階層主であるシャーリーが己から石壁へと入り、聖なる光に浄化されてゆく光景を。
たとえレベル差が多くとも、抵抗をしなければ直接的にダメージは突き刺さる。そして大幅に存在感を薄れさせる代わりに戦利品を彼らへ与え、さらには……。
「なにをやっているんだあの馬鹿は! 不死の源への封印を受け入れるだと!?」
「ざ、ザリーシュ様っ! 静かにしなければ気づかれ……!」
駆け寄る女性へとザリーシュの膝が突き刺さる。くの字に身体を曲げ、そして地面をのたうち回り、その光景を見てようやくザリーシュは我に返って……今度は背中から踏みつけた。
ぎゃう!という獣じみた悲鳴を耳に、もう一度広間へと視線を向ける。
「とはいえ竜人ウリドラ、それに半妖精エルフの才能は見れた。そうだな、あれを俺の宝石箱へ加えてやろう。それとあの気持ち悪いガキをどうにか……」
言葉をピタリと止め、そして居並ぶ彼女らへと笑みを向ける。今の彼にどのような迫力があったのか、顔を見ただけで彼女らは全身を強張らせた。
「おまえたち、俺のことが好きだな?」
「はっ、はいっ!!」
「よしよし、それなら良い。俺のために働くのも好きだろう」
コクコクと勢いよく首を振る彼女らへ、男はようやく満足げな表情をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
草をかき分けると懐かしい植物の匂いがする。
都会で暮らしていると、この土や草といった自然の匂いから遠ざかってしまってね。良くないなと思っても、どうしようもない事が世の中には多いものだ。
隣にはエルフの少女がおり、手をつないで一緒に歩いてくれる。とはいえ薄紫色の瞳は僕の上へと向けられており、何か言いたいことがあるのか色づいた唇を開かせた。
「残念だわ。とうとうあなたの趣味を認めることになるなんて」
「ええっ、そう言わないで欲しいよ。僕の趣味はお金がかからなくて良いと思うんだけどね」
肩に担いだ竿は、よくしなる木材を使っている。一応と少女も誘ってみたのだが「うなぎを釣ってちょうだい」という無理難題を命じられてしまったよ。
さて、木々に囲まれた道を歩いていると、やがて綺麗な小川が待っている。
木漏れ日の差し込むその川原は、向かい側にある大きな岩を削るようにしてカーブを描いていた。ざざと揺れる梢の葉擦れの音はとても心を落ち着かせてくれる。
歩いても渡れるくらいの川幅だけど、あのカーブのところは深さが十分にあるので泳ぐときは注意だ。まあ、釣りをしている最中にはできれば泳いで欲しくないけどね。
ふと横を見ると、ドレス姿をしたシャーリーが大木へ寄りかかって本を読んでいた。半透明なのは相変わらずだけど、マリーやウリドラの助言によりドレスの形を変えている。
服と同色である紺色のヘッドドレスで長い髪を飾り、そして立ち上がると前かけ部分が短めで、同色のニーソックスとブーツの組み合わせが伺える。
「……2人ともゴスロリが好きなのかい?」
「ふうむ、前に雑誌で見たゴシックメイドなるものを目指しておったが、途中でつい熱が入ってしまってのう」
などと隣で横になっていたウリドラは悪びれもせず答える。
幽霊が近代と中世の混じった服を着ていると、なにやら違和感を感じないこともない。とはいえシャーリーも恥ずかしげに本で口元を隠しており、上目遣いに見上げられると僕も降参だ。
「いやいや、似合いすぎていて困っていたんだよ。それに、たまには魅力的な幽霊がいても良いと思うかな」
その言葉に皆それぞれにぼんやりと想像をする。第二層に現れた骸骨や霊体、それに殺戮者、動く鎧などなど。うーん、なるほどね、他の幽霊が着ても魅力的にはなれないなぁと思い直す。
「ともかくこうして無事に済んで良かったよ。それで、こんなに生命力の溢れる森を作れた理由は分かったのかな?」
そう尋ねるとシャーリーはぱちぱちと瞬きをし、それから隣にいるウリドラの耳へと何やら囁く。かすかにも声は聞こえてこないけれど、どうやら竜は聞き取れるらしい。
「ふむ、シャーリーは生命を司っておったからのう。わしとマリーで邪気を払い、ついでに抱えていた悪しき魂も、こうして開放しておれば今後も困ることにはなるまい」
「つまり、魂の循環は悪しき形にも自然な形にもできる、ということね」
エルフと竜からの言葉に、僕は分かったような分からないような顔をする。しかし、この広大な第二層中央部は豊かな森へと変わったのは事実だ。第三層へと至る道からも宝物殿からも離れているので、他の者たちが立ち入ることは滅多に無い。
川はどこから流れてくるのか、そして頭上にある太陽に似たものは何なのか、など聞きたいことはとても多い。
そういうわけで釣竿を置き、腰を下ろし、そして彼女たちの会話に耳を傾ける。どうにも彼女たちの放つ雰囲気は穏やかで、釣りよりも楽しそうに思えてしまう。
「日本というところには庭園という素敵な文化があるの。そこでは緑と建物の調和があって、とても美しかったわ」
ぱちりとシャーリーは青空色の瞳を丸くし、エルフの言葉へ耳を傾ける。熱心に聞いている様子だけど……ははあ、きっとこの調子でゴスメイド服を着せられたな。
そのとき別の疑問が頭をよぎる。
それは何故ここへ森を生んだのか、ということだ。彼女の過去を見せてもらったが、あのときの美しく豊かな森は一体どこにあったのだろう。
――いや、ひょっとしたら。
あの森は、もともとこの場所にあったのではないだろうか。
アリライ国には灼熱の砂地が広がっている。しかし、あの地平線まで蒸発する一撃により死の大地へと変えられてしまったのでは?
閃光のように誰も知らない過去の物語が脳裏へ広がり、人知れず僕は身震いをする。するといつの日か、あの砂漠は消え果ててしまうかもしれない。正気に戻ったシャーリーは、いつかこの世界を変えてしまうかもしれない。
良かった、彼女を倒さなくて。
まあ挑んだとしても手も足も出ずに負けていたか。
ウリドラを見習ってごろんと寝そべると、爽やかな空気、それに木漏れ日の心地よさに気づかされたよ。やはりたまには自然のなかで遊ばないといけないね。
あとひとつの疑問は、シャーリーと共に滅びたと思える超生物のことだ。もしもここが同じ場所だとしたら、アレもどこかに眠っているのだろうか。などと思いながら、ざざあと揺れる大木を僕は見上げた。
こうして僕らの協力隊は第二層攻略を達成したわけだ。
約一ヶ月もの長期戦になったけれど、宝物殿に眠っていた財宝や魔石の量は予想以上の量だったらしい。
そんなものよりも、僕らにとっては憩いの場を得られたことが大きいね。
広大な広間の一角に、巨大な石の玉座がある。
それは何重もの鎖により封印され、階層主シャーリーの持つ力のほぼ全てを封じている。
しかし周囲には草花が咲き誇り、ひどく居心地の良い空間へと変えていた。ここがかつて激戦の地であったことを、訪れる者達は気づくことも無いだろう。
そして幸運なる者は、森へと響く綺麗な歌声を耳にする。
しかしいくら周囲を探索しても、彼らが森の女王を目にすることは決して無かった。




