第103話 不死の王④
少年は死に、そして類い稀な才能を持つエルフの少女だけが残された。
奴隷使いなどと呼ばれるザリーシュにとって、これでようやく舞台は整ったことになる。迷宮への侵攻を遅らせ、あとは美しく実った果実を手にするだけで、この地の目的は全て叶う。
ザリーシュは己の金色の髪を撫でながら、少女と過ごす蜜月の時を思った。
――暴れて欲しい。散々抵抗をし、疲れ果て、絶望し、それでも少女とは思えぬ気迫に満ちた瞳で睨んで欲しい。それを冷酷にしつけ、時に優しく受け止め、少しづつ己へ依存するよう仕向けてやりたい。
「あら、ザリーシュ様、悪いお顔になってますよぉ」
彼のそのような顔を見て、周囲の女性たちも「かわいそうに」などと心にも無いことを言う。彼女らも分かっているかもしれない。たとえ奴隷としてでも、この場の席は限られていることに。青ざめた顔を見せるイブのように、下手をすれば追い出されてしまうことに。
見れば広間にいる階層主、シャーリーも全身をすっかり闇色へ染めている。
彼女はヴェールを広げると、その巨体でふわりと宙へ浮いてゆく。始まるのだ、迷宮へ踏み込んだ彼ら騎士隊を虐殺する時が。
「では迎えに行こう。あの果実を手にし……」
「あら、あれは……?」
高らかな宣言をしようとしたときだ、眼下の広間へと何者かが侵入してきた。その姿へ、きょとりと女性達は顔を見合わせ、そしてザリーシュは絶句してしまう。
「んっ……?」
先ほど階層主から魂を砕かれたはずの少年が、そこへ立っていたのだ。
おかしいなと目をこすっても何も変わらない。
亡霊を見たように眉を歪ませ、そしてザリーシュは呟いた。
「殺してくる」
「あっ、ザリーシュ様! ほら、違います! 最後にあのエルフが現れたので、きっとギリギリで魂を救い出したんです!」
などと説明をするが、予定を狂わされたザリーシュは憤慨していた。
しかしいま反逆者へ加担していることを知られれば大変なことになる。少年は魔具を保有しており、もし攻略本部へ情報を送られたら国から逃げ出すことも困難になりかねない。
あわてて周囲の女性達は踏みとどまらせるが、推定レベル140もの彼を止められる者はいない。
しかし、彼は踏みとどまった。
少年から遅れて広間へと現れた女性2人、半妖精エルフ族のマリアーベル、そして……。
「おおっ! 竜人ウリドラ!」
その歓喜の声に、女性のうち数人が顔を青ざめさせる。もう一人の奴隷候補、それもとびきりの宝石になるだろうと皆は直感したからだ。
少年のパーティーから離れたとザリーシュは噂で聞き、逃した獲物の大きさにしばらくは食事も喉を通らなかったが……。
「俺に実力を見せてみろ、ウリドラ、そしてマリアーベル。輝きが本物であれば席を用意してやろう」
くつくつと男は笑い、第二階層主との最終決戦は幕を開けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
螺旋階段を下り終えると、そこは夜に似た空間だった。シンと静まり返り、そして見通せないほどの天井の高さにマリーとともに感嘆の声を漏らす。
しかし夜のように落ち着けはしない。
ゆっくりと地上へ降りてくる階層主、シャーリーは殺気と呼ぶには生ぬるい、死の気配を辺りへと撒き散らしているからだ。
ギャア、ア――――ッ!
呪いによるものか全身を闇色へ変え、面隠しから大量の刃を外へ溢れさせてシャーリーは叫ぶ。
対する僕らはというと、ゴリゴリと石同士のこすれる音を響かせていた。螺旋階段を駆け下りた際、後から迫りくる魔物たちを塞き止めるため、マリーに石壁を設置してもらったのだ。
ごぉん!と唯一の出口は閉じられ、辺りには静寂が満ちる。
音もなくシャーリーのヴェールは地面へと舞い降り、そして四肢を広げて、コオオと凍える吐息を吐いた。
遅れて鳴り始めた音楽は、この僕でさえ数えるほどしか聴いたことのないものだ。強制的に心臓の鼓動を早めさせ、そして絶望的な戦いであると悟らせるための熱狂的な声。声。声。
「ひぃ、戦闘音楽が怖いっ! こんなの聞いたこと無いわ!」
「そりゃあそうさ。レベル100を越える敵なんて、挑む機会は早々無いからね」
「ひゃっ、ひゃくっ!」
そんな敵、存在するはずが……と言いかけたところでマリーは口をつぐむ。すぐ隣には魔導竜ウリドラがおり、彼女の推定レベルは脅威の170越え……しかも7つある竜核のうちひとつを使っているだけに過ぎないという化物っぷりだ。
しかしシャーリーもまた化物の領域であることに変わりない。
少なくとも、騎士隊において精鋭中の精鋭、ルビー隊を持ち出してようやく仕留めたという存在だ。しかしこの姿を見てしまうと、そのときはまだ様子見程度だったのではと思わせる。
石畳を爪で掴み、一切の体重が無いように這い寄る様子は、さすがに背中へ冷たい汗が伝ってしまう。
「こんばんわ、シャーリー。また会えたね」
ぽつりと一縷の望みをかけて話しかけてみたものの、やはり無駄だったようだ。投げかけた言葉は彼女へ届かず、願いを断ち切るよう大きな鎌はゆらめいた。
はるか遠くから彼女は青白く凍える鎌を腰だめに構え、それが円を描いて迫りくる。リーチのありすぎる一撃は余裕で僕らにまで届くらしく、慌ててマリーを抱きかかえて伏せかけた所で、ごぎん!と真上へ跳ね除けられる。
振り返ればウリドラが片手を宙へ持ち上げていた。
「ふぅむ、これでようやくわしも盾役の仕事ができそうじゃな」
「助かるよ、ウリドラ。それじゃあ様子見で行ってくるね」
「気をつけてちょうだい。もう二度寝のできる時間では無いのよ」
そうだねぇ……今日はまだ平日だから、ゆっくり遊ぶことは許されないんだっけ。
もしも解決が難しいなら仕方ない。マリーを連れて長距離移動をし、それから会社に有休の連絡を入れるとしよう。
そのように安全マージンをしっかり取っているので、超強敵を相手にする割には僕の緊張感はそれほどでもない。
深く考えず転移をし、階層主のすぐ隣へと移動をする。
その瞬間、ぞっとしたね。突如として宙から無数の剣が奔り、ざぶざぶと一帯を切り刻みはじめたのだ。
通り過ぎる形で地面をステップし、振り向いたその光景には肝が冷える思いだった。うっかり攻撃なんてしていたら、たぶん即死だったんじゃないかな。
「うわっ、あぶなっ! 今のはなんだろう。切り刻む刃?」
などと疑問をつぶやくと、意思疎通を通じて魔導竜は答えてくれる。
「決められた領域を守るという血の呪術じゃな。ふむ、不死の女王というだけあって、死者の魂を大量に従えておるわ」
「彼女へ攻撃するかはともかく、聖属性を付与するわね。あなたの剣はだいぶ頑丈みたいだから、もう一段階上のものを試してみるわ」
へえ、上位付与かぁ。これはなかなかお目にかかれるものじゃないぞ。
片手剣、星くずの刃を宙へ差し出すと燐光の輪が刃を包む。それは純粋な光を撒き散らし、刀身へと注がれる。二重、三重と燐光は現れ、立て続けに包まれてゆくたび刀身は輝き、最後にコォン!と杭を突き立てるような音が響いた。異なる世界の力を、この場へ存在して良いと認められた音だ。
「うーーっ! レベルっ、60が限界っ!」
「うわ、凄いね。大幅に記録更新じゃない、マリー」
「その剣はまだ耐えられるわね。悔しいけれど私の魔術ではまだ及ばないわ。だけど相当凄いから扱いに注意して」
うっ、エフェクトが凄いな。
剣からは光の粒子が漏れ出ており、試しに振るとヴォンとありえない音を立てる。宙へ残像を残しているなど、かなりかっこいい。
「……見た目が格好良いなーとか、馬鹿なことを思っていないわよね?」
「も、もちろんっ! おっと、何かを仕掛けてくるかな」
シャーリーは片手を宙へと掲げ、そして鷲づかみの手を地面にまで引っ掻く。すると闇色の刃が地面へと突き刺さり、遅れてドカドカと周囲へ隙間なく並べられてゆく。幅にして50メートルはあるだろうか。
その狙いに気づき、僕の全身は総毛立つ。
「やあっばいっ!」
地面を切り裂き、猛スピードで壁が迫ってくるような圧迫感と共に、横への転移を繰り返す。どうにかブーツをかすめてやり過ごせた……が、これはヤバいぞ。僕の転移を見抜いて、隙間の無い攻撃を仕掛けてくるなんて。
いや、さっきシャーリーと思考が混ざったせいか? などと地面をゴロゴロと転げながら冷や汗をかく。
「いまのは物理攻撃に近いわ。作戦を練りましょう、一廣」
「そうしよう。マリー、以前やった三の陣を覚えているかい」
当たり前よ、と頼もしく少女は答えてくれる。
石壁で防御陣を整えても、恐らく今度は物理以外の攻撃に切り替えてくるだろう。ならば第一層で悪魔を閉じ込めた石檻を今のうちに設置してもらおう。
「ただ、シャーリーは霊体よ。閉じ込めることはできないわ」
「それはもちろん。ただし、工夫して欲しいことが……」
などという作戦を、前へ駆けながら意思疎通で交わす。どう見てもシャーリーは遠距離を得意としているだろうし、近づかなくては勝利への糸口に辿り着けない。
しかしそれをあざ笑うよう、階層主の周囲へと無数の黒球が生まれてゆく。ぎゅるぎゅると内部で蠢いているのはアレに近い。カエルの卵、おたまじゃくしが孵ろうとする姿に。ただしこの場合は猛スピードでの孵化だけど。
「うわ、数え切れないね。何が出てくるのかな?」
「闇世界の住人じゃ。ふふん、手ごわいぞ、こちらの世界とは異なる理を持っておるからのう」
ええ……、なんでウリドラは得意げなのかなぁ。
とはいえ泣いても笑っても事態は止まらないのだし、とりあえず手近なところを攻めてみようか。
渾身の一刀で降りぬくと、半分くらいの場所で止められてしまったことに目を見張る。ヴィン!という斬撃音が示す通り、猛烈な聖属性を乗せているというのに、だ。
「まあ二回切れば良い、ということで」
びゅんびゅんと断ち切ると、真っ黒い下水がどぱんと溢れ出す。腐ってやがる、とはどこで聞いた言葉だったかな。
その調子で二体、三体と黒球を潰していったのだが、次の球で変化が生じる。ぎょとりと黄金色の瞳が開き、こちらを見つめてきたのだ。
「もう起きちゃうな。そっちの調子はどうだい?」
「まだ半分も出来ていないわ。あなたが平気そうなら、もう一つくらい陣を張りたいけれど……どう思うかしら?」
どうぞどうぞ、僕のことはお構いなく。
こちらもぼちぼち【愚直】を働かせてゆこうか。
見たところ首の付け根はだいぶ細いようなので、骨を断ち切るような一刀をスロットへ覚えさせてゆく。黄金色の瞳は色彩を失い、どろりと溶けていった。
あと何体いるのかな、なんて考えないことにしよう。
倒すのと同じ速度で黒球は生まれてゆくようだし、これなら第一層の悪魔なんて可愛らしい召喚だったねぇ、などと思う。
まあ、焼け石に水でも何でも、さすがにこれを放置は出来ないな。
ずるり、べちゃ。
はーはーと息を荒げながら周囲を見ると、闇の住人なる者たちが次々と落ちてゆく光景があった。見上げれば階層主シャーリーの仮面があり、周囲へ黒いヴェールを広げてゆく。
そしてまた大鎌を腰だめに構えようとする姿に、僕は肩をすくめた。
「また遠ざけられてしまうね。それとも手加減をしてくれているのかな」
にこりと笑いかけ、それから後方へと転移した。
僕の技能、【道を越えて】は万能な技ではない。地面を両足で踏まないといけないし、移動先を見ていないといけない。そしてまた、塞がれている場合は反対側へと飛び越えられない。
つまり、雑魚に囲まれたら僕はだいぶマズいということになる。
「いやぁ、これは雑魚と呼んで良いのかねぇ」
転移を終えたときには闇の住人たちは全力移動をすでに開始しており、ドドドとこちらまで足音が響かせている。両手は剣のように尖り、そして黒い唾液を撒いて迫る様子はなかなかの迫力だ。
さらには広間の奥側から巨体が現れるのが見えた。
扉を開き、飛び出てきたのはあの強敵、殺戮者7体だ。彼らは超人的な跳躍を見せ、見る間に距離をつめてくる。
うーん、これほどの数から追われると圧巻だ。ゲームの中ではあり得ない迫力に、思わず感謝をしたくなるよ。いやもちろん強がりだけどね。




