ユーインを捕まえろ!
世界猫の日なので。本編後編あたりの二アムの話
「薬師さんは物知りだって聞いたの。だから、ユーイン探す方法、教えて」
ある日、兄に教えられてやってきた獣人族の二アムが、開口一番そう尋ねた。数年前に山の向こう側から移動してきた、猫に似た獣人族の子供だ。
けれど、いきなり尋ねられても要領がつかめない。灰銀の髪の、半魔族の薬師シャスは「ユーイン?」と首を捻る。
「うん。二アムは大人になって鹿を狩れるようになったら、ユーインのお嫁さんになるって決めてたの。
この前、やっとひとりで鹿を獲れるようになったから迎えに行きたいのに、ユーインが隠れて見つからなくなって……だから、探さなきゃいけないの」
「なるほど、ユーインはお前の未来の夫というわけだな」
ぼんやりながら質問の内容がわかって、シャスは頷く。喧嘩でもして、ヘソを曲げて姿を隠してしまったのだろうか、などと考えながら。
「よし、なら、ユーインっていうのはどんな奴なんだ?」
「あのね、とってもぶら下がりやすい角があって、魔法が得意なんだよ! いつも床にいっぱい本を広げたまま、ずーっと座り込んで唸ってるの」
角? とシャスはまた首を傾げる。どうも、自分の想像とは違うようだ。
「角があるなら、ユーインはつまり魔族ということか? しかも魔法使い?」
「うん、ユーインは魔族で魔法使いなの!」
魔族の魔法使いが魔法も使って姿を隠したというなら、こちらが本気で探しても見つかるかどうかだ。
シャスはむむむと眉を寄せる。
「そいつは少し厄介だな」
「厄介なの? ユーイン、見つけられない?」
顔を顰めるシャスに、二アムの顔が曇る。
薬師は魔法も使えると聞いたから、きっときっとユーインを見つけてくれると思ったのに。
「魔族の魔法使いだ。本気で行方を眩ませるつもりなら、探索避けもしているだろうな……」
「探索避け?」
「こっちの人探しの魔法が、うまく働かないってことだ」
二アムの大きく見開いた目に、みるみるうちに涙が溜まる。
「ユーイン、見つからないの? 二アム、ユーインに会いたいのに」
「いや、絶対無理とは言わない。すこし難しいし、たぶん時間が掛かるってだけだ」
慌てて宥めるように手を振って、それからシャスは小さく笑ってしまう。
こんなに全力で自分を大好きだという女の子から逃げ出すなんて、大変どころの話じゃなかったろうに。
「それにしても、お前はどうしてその魔族の男がいいんだ?」
「んとね」
ユーインを思い出して、二アムはほんのりと笑う。
「ユーインは二アムのこととっても大切にしてくれるの。二アムがまだ赤ちゃんの時に、ユーインが二アムを見つけてくれて、それからずーっと一緒だったんだよ。二アムはユーインが大好き。大人になったら絶対お嫁さんになろうって、ずっと前から決めてたの。
だから、今度は二アムがユーインを見つける番なんだ」
「なるほどな」
にこにことユーインのことを語る二アムに、シャスの顔もほんのりと綻ぶ。
「ただ、魔族と獣人族が結婚というのは皆無じゃないんだろうが、わたしも聞いたことはないし……。
二アム、それに、結婚してもたぶん子供はできないぞ。それでいいのか?」
「大丈夫だよ。できなくても、子供が欲しくなったらお姉ちゃんたちの子を養子にすればいいって、お姉ちゃんたちが言ったんだ。だから何も問題ないよ」
「そうか、なら、大丈夫だな」
「――でも、ユーインは隠れちゃって、全然出てきてくれないの。おうちも無くなっちゃって、ユーインがどこにいるか全然わかんない。
ずっとここにいるよって約束したのに、いなくなっちゃったの」
考え込むシャスの横で、その夫アロイスがくっくっと笑いだした。
「そりゃとんだ腰抜けだ」
「ユーインは腰抜けじゃないよ!」
「いや、とんだ腰抜けだ。だが、“ここにいる”って約束をしたんだな?」
「うん。約束したの……」
ふむ、とアロイスが考える。
「なあシャス。魔族ってのは、約束を大事にすると言ってたな」
「ああ、そうだ。魔族は約束を破らないぞ」
「でも、ユーインいなくなっちゃったよ?」
アロイスはちらりと二アムを見る。
「そうだな、そのユーインってのは、どんな仕事をしてたんだ? 町のそばに住んでたなら、何かしら仕事をして稼いでたはずだが」
「ユーインのお仕事? 魔法でいろんな道具を作って、町で売ってたよ。二アムも一緒に町の道具屋さんに行ったことあるの」
「なら、その道具屋がどこかはわかるな? まずはそこへ行って聞いてみるといい。ユーインは今も店に来るかどうか、ってな。
もしまだ道具を売りに来てるっていうなら、近くにいるってことだろう。店の主人からうまいこと次に来る日を聞き出せば、張り込むこともできるぞ」
二アムの耳がピシッと揃えたようにまっすぐに立つ。ゆらゆらと尾が揺れて、それから満面の笑顔になる。
「そっか! そうだね!」
輝くような笑顔になって、二アムはうふふと喜びに声をあげる。
「すぐ行って、道具屋のおじさんに聞いてみる! サウルの店の女将さんにも聞いてみるよ。
ユーインが来るなら、二アムはじいっと待てばいいんだもんね。二アム、獲物を待つの得意だから、絶対ユーイン捕まえる!」
「おう、頑張れよ」
「頑張る! ありがとう!」
すくっと立ち上がって、二アムは跳ねるように駆け出した。まっすぐに尻尾を立てて、キラキラと目を輝かせて。
あの様子じゃユーインとやらは絶対に逃げられないだろう、とシャスとアロイスは顔を見合わせて笑った。
獣人族は皆狩りの達人だし、獲物をこれと定めた獣人族の諦めの悪さといったら呆れるほどなのだから。
ユーインを連れた二アムが、ぶんぶん尻尾を振り回しながら再度薬師を訪れたのは、それから半年に足りないほど後のことだった。