第9話 女神の加護
ノイモーント廃坑から持ち帰った原石を、なじみの彫銀工房にあずける。
彫銀工房というのは、光銀と増幅石の両方を、生成研磨から加工、仕上げまでを手配してくれる、便利な隣人だ。
ネズミから剥ぎ取ってきた原石を鑑定してもらうと、増幅石で間違いない、と言う事だった。
手のひらではおさまらないが片手で持てるサイズの原石を、いくつか自分用に確保し、残りは売ってしまう。さすがに、原石から増幅石を削りだす技術はない。
自宅の工房で、原石を前にしばらく考える。
原石の使い道でまっ先に思いつくのは、少し割って、触媒魔石に加工してしまうことだろうか。
見たところ青か水色なので、雷属性か水属性に親和性がありそうだ。雷属性なら電池になるし、水属性なら冷媒になる。
次に思いつくのは、一度全部溶かしてしまって、つなぎと混ぜて増幅石っぽい何かに仕立ててしまう方法だ。
研磨したときよりも純度は下がるし粗悪だが、使い捨てには十分だろう。何より、元手がかからない。
……うん、どうせ獲ってくればまだあるのだ。ためしに1つ作ろう。
「えーっと」
工房に置いてあるタンスの一番下、無限拡張したひきだしから、長いこと使っていない簡易溶鉱炉をひっぱり出す。
これは私に魔法を教えてくれた師匠のお古で、以前はバリバリ魔法道具を作っていたという。
次に薬棚を開けて、何かつなぎになる素材を探す。
とは言え、基本薬草などの植物素材がメインなので、無機物はあまりない。
しいて言えば、燃える泥とか、赤食狼の前足とか、強酸土とか、趣味で拾い集めているキラキラした石くらいしか。最後のは使わないけど。
赤食狼の足を入れれば断然魔力含有量は上がるだろうが、ただでさえもろい増幅石モドキが、さらにもろくなってしまう。
そういえば、昔手習いに作ったガラス棒があったはずだ。まずはあれで試してみよう。
原石とガラス棒を溶鉱炉にセットし、燃料を注ぐ。魔法で火口を入れたらスタートだ。
溶鉱炉が投下材料を溶かしてくれているのを待ちながら、お茶をいれ雑誌を広げ、ちょっとくつろぐ。
自宅の工房も、店の工房とほぼ同じような作りになっていて、ドアのすぐ横には、休憩用の2人がけソファも置いてある。店においてあるものよりも古く、このくたっとした感じがなごむ。
しばらくすると、抽出口から鋳型に流れていた溶液が止まった。中身がつきたのだ。
鋳型の中を覗き込むと、熱されて紅くなったガラス質の何かが、混沌ととぐろを巻いている。
ふと、電気分解の4文字が頭に浮かぶ。ガラス細工で、増幅性の水晶に電気を当てて、グラデーションにする、みたいな話が、あったようななかったような。ムニャムニャ。
「小さな稲妻」
少しパチッとするぐらいの雷を、鋳型に注ぐ。つもりだった。
ガバッシャーン!!
「うひぃ!?」
魔法が暴発して、部屋全体に稲妻が乱舞する。
幸い、光が踊った以外部屋にはたいした被害もなかったのだが、爆心地の鋳型が黒こげだ。もうこれは使えないだろう。
耳たぶを触って心を落ち着かせる。
今日のピアスは調合用にグリーン1色だ。雷を増幅する力は殆ど無い。
数値にすると、風属性5倍、その他属性1.12倍、ぐらいでなかろうか。
それにしても、魔法の暴発なんていつ以来だろう。
ピアスホールを空けたばかりのころは、たびたび衝撃波を出していたが、それだって7年も8年も前の話だ。
ずいぶん前から、理路整然とした魔法しか使えなくなっていたのに、一体どういう吹き回しだろう。
ん? いや、これはあれか、理路整然としていたつもりがどこかにほころびがあったのか。なにしろ、雷属性の魔法なんてめったに使わない。
「メーディア、無事!?」
「え?」
バタバタと騒がしい足音がして、部屋のドアが勢いよく開く。稲光を見たユーリが駆けつけたようだ。
「私も部屋も無事ですけど、ちょっと溶鉱炉が焦げましたね」
「何のんきなこと言ってんの!! 大変なんだよ!!」
「はあ? ユーリ、落ち着いて、1から説明してください」
何とかなだめると、いかっていた肩を落とし、大きく深呼吸する。
「今朝、ピアスの付け替えしてたときなんだけど、なんか違和感があって……魔法の試しうちに出かけたんだ」
「ふむふむ」
「そしたら、原因はよくわからないんだけど、おかしいんだ」
「まだ混乱してますね。ほら、深呼吸」
ソファに座らせ、自分が使ったカップにお茶を入れて渡す。
「ん、サンキュ」
「それで、何がおかしいんですか?」
「雷属性だけ、妙に倍率が高いんだ」
「倍率が?」
「そう。原因はまだ判ってないんだけど、どうも昨日の廃坑での1件が怪しいんだよ」
「怪しいって……何かありましたっけ?」
「それ以外に心当たりがないんだよ。メーディアだってさっき、雷を暴走させてなかった?」
ああ、そういえば。確かにさっきの現象は、パワーアップという表現が近いかもしれない。
「つまり、私とユーリが、同時に、同属性の魔法を、意思に反して強化されている、と」
「強化……ああ、なるほど」
「でも私、ここ何ヶ月か雷魔法って使ってませんから、どこで強化されたかわかりませんよ」
「あらかじめ言っておくけど、ほぼ毎日使ってたあたしは、確実に今日からだからね」
「……ジェイさんを尋ねましょう。3人が3人ともなら、原因は昨日の廃坑にあります」
開店準備にいそしんでいたジェイさんを捕まえ、ざっと事情を説明し、雷魔法の試しうちを要求する。
「できるだけ威力の低いやつがいいんですけど」
「そんな役に立たない魔法は覚えていない」
それはもっともだ。
どうやらジェイさんは私のように、魔法使いから理論を教わったのではなく、学校かどこかで、使い勝手のいい魔法の呪文だけを教わったタイプらしい。世間のだいたい半分はこれだ。
ひとまず、さっき使った呪文を教える。
「小さな稲妻」
私の時と同じように……むしろそれ以上の密度で、稲光が乱舞する。
結果、ジェイさんも雷魔法が強化されていた。
マティアスさんにも実験してもらったところ、威力はいつも通り。
どうやら、街全体が無差別に強化されているわけではなさそうだ。
臨時休業の看板をさげ、全員で北の森に集まる。
アルゴの巣の隣は、完全に実験場となっていた。
「スリーピングシープって頻繁に休んでるけど、大丈夫なの?」
まるで私がサボっているかのような物言いに、ちょっとムッとする。
「緊急事態が多いので仕方ないんです。私だってちゃんと日程どおりに店開けたいんです」
スバスバびしびしと、何もない虚空に、手近な石ころに、魔法を撃ち続ける。
私はスタミナがある方なのでなんともないが、マラソン的検証行為に耐性がないユーリなんか、2時間続けたところでバテ始めた。
「休憩にしましょうか」
テントからティーセットを取り出し、やかんで川の水を煮沸する。
「きっつ。何もないところにひたすら魔力をぶつけるこの疲労感、半端ないわ」
「おつかれさま」
「何でメーディアは余裕なの?」
「まあ、鍛えてますから」
工房で古代のレシピを研究していれば、これぐらいの検証マラソンは日常的に行うようになる。
スタミナは最終的に薬で回復できるので、ようは慣れの問題だろう。
「えーっと、マティアスさんと一番性質の近いユーリで比較して、威力が+150%ぐらいですかね」
つまり、1.5倍ブーストが、一気に3倍ブーストになるわけで、これはけっこうすごい。
基本、不透明な増幅石が1個で、+65%~95%の間ぐらいの性能が出るとされている。そこへ来て150%なのだから、ピアスをふたつ追加しているようなものだ。
ちなみに増幅石は、石が透明なほど、浅く広く、複数属性を増幅することができる。逆に不透明な増幅石は、ほとんど単一属性しか増幅できない。
「一体全体、何でこんなことになったんだか」
「いくつか仮説が立てられますね。まず1つ、狩りの最中、宝石ネズミによって何らかの影響を受けた。その2、ノイモーント坑道自体に、何らかの問題があった」
「その3、例の2人組みに何かされた」
急に割り込んできたジェイさんに、おもわず表情が固まってしまう。正直入ってくるとは思わなかった。
「何かって……人の身で、常時150%増幅なんていう、それこそ神の加護のようなことができるとは思えないんですけど」
神の加護。これは昨日、ナデシコさんから聞いた言葉だ。正確には、神じゃなくて女神だけど。
「確かに、人間業じゃないんだよね」
全員が難しい顔をして頭を抱える。
結局、その日のうちに結論が出ることは無かった。
翌朝、気の早い朝日にせかされて、庭に出る。
うんっと背伸びをして、薄水色の空を見上げれば、ふいに唇は口ずさむ。
「小さな稲妻」
広範囲に光の帯が踊り、一瞬でかききえる。1,5倍ブーストは健在だ。
畑の作物に水をやりながら、昨日の仮説をもう一度取り出す。
1、宝石ネズミによる影響。
宝石ネズミは在来種の変異体で、昨日まではっきりとその姿をとらえた話はない。ユーリはこの未知の魔物を、ギルドの調査班に報告し、さらに検体……ネズミの死骸まるごとも提供した。彼らが宝石ネズミの生態を解明するうちに、人体に有害であるかどうかの情報ぐらい来るだろう。
2、ノイモーント坑道からの影響。なにしろ閉山してから70年という時間が流れている。何が出てもおかしくない。
空気中には、魔力受動態……魔素と呼ばれるものが漂っている。これは風通しが悪くなるとよどみ、人や物、時には時間にさえ影響を及ぼす。魔素のおかげで、世界は不確実で不安定だ。いや、この世の不確実と不安定のどれほどが魔素のせいなのかは知らないが。
ノイモーント坑道は、長い間魔素の流れがとどこおっていたはずだ。ひょっとしたら、私達はこの魔素の影響を受けたのかもしれない。
そして、3個目の可能性。
私の脳裏に、へらへらとなんの憂いも無く笑うチャラルさんと、きりっと背筋を伸ばしたナデシコさんの姿がちらつく。
「まさか」
そして今日もまた、結論は先送りされてしまった。




