↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子の国と迷子の妖精~宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした~【第一巻完/続き準備中】  作者: 相野端摘
宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/47

嵐の前夜

 『木漏れ日亭』で過ごす穏やかな時間が続く一方で、外の世界の空気は、日に日に険しさを増していった。

 伝統派と繁栄派。水と油のように決して交わらない二つの派閥の対立は、王都全体の空気を不穏に、重く淀ませ始めていた。

 ルーカスが王城の門で守衛任務に就いていたある日の午後。

 一台の豪華な馬車が、城から出てきた別の馬車と鉢合わせになり、狭い馬車寄せで睨み合っていた。どちらも道を譲る気はないらしい。やがて、それぞれの馬車の窓から顔を出した若い貴族たちが、互いの派閥を象徴する色のハンカチをこれ見よがしに振りながら、互いに声を張り上げて罵り合いを始めた。


「いつまでも古臭い獅子様の栄光にばかり縋っているから、西方の砂漠化に手も足も出んのだ! 妖精憑きという即効性ある力があればこそ、穀倉地帯の壊滅という最悪の事態を食い止め、これしきの被害で済んでいるという現実を直視したらどうだ!」

 繁栄派の象徴である緑のハンカチを振る貴族の主張に、伝統派の真紅のハンカチを持つ貴族が、顔を真っ赤にして反論する。

「目先の利益に目が眩んだ愚か者め! その妖精憑きとやらが、西の果てで何を引き起こしているか知らんわけではあるまい! 町五つを飲み込み、田畑の土を削り、今も呪いの雨を降らせ続けるあの『涙の沼』は、もはや人の住める場所ではないと聞くぞ! あれは危険すぎる、制御不能の力なのだ!」

「一部の失敗例を針小棒大に騒ぎ立てるな! 大いなる力には多少のリスクが伴うのは当然だろう!」

「その一部が、国を滅ぼすのだと何度言ったら分かる! 貴様らは、獅子様の教えである『正々堂々』を忘れ、安易な力に溺れているだけだ!」

「戯言を! 伝統だの教えだのと、腹の膨れぬ言葉を並べている間に、民が飢えることになっても良いと申すか!」

 聞くに堪えない罵詈雑言の応酬。

 結局、衛兵が駆けつけるまで続いたその醜い口論を、ルーカスはただ無言で見つめていた。

(……どっちの言い分も、一理ある。でも、どっちも、自分たちの正しさを証明するために、自分たちに都合の良い事実だけを切り取って、相手に投げつけているだけだ。本当の意味で、国や民のことを考えている人は、この中にいるんだろうか……)

 ルーカスの胸に、黒く渦巻くような、嵐が近づいているという確かな予感があった。


 その予感は、数日後に現実のものとなった。

 王城の掲示板に、一枚の布告が張り出されたのだ。

『伝統派の筆頭、ボルコフ伯爵主催による、妖精憑き政策への抗議集会を、王宮前広場にて執り行う』

 ついに、燻り続けていた火種が、公然と燃え上がったのだ。

 集会の規模が大きいため、王城守備隊にも警備に協力するよう命令が下された。ルーカスも、その一員に名を連ねることになった。

 ルーカスはその日のうちに、少しだけ早く帰らせてもらい、『木漏れ日亭』へと急いだ。

 カラン、といつもより少しだけ重い音を立てて店の扉を開けると、リネットが心配そうな顔で彼を迎えた。

「ルーカスさん! 布告、見たよ……!」

「はい。それで、急いで来ました」

 店の奥のテーブルでは、ジェラールが黙って腕を組み、カイは忌々しげに舌打ちをしている。いつもの穏やかな空気は、どこにもなかった。

 ルーカスは、自分が知り得た全ての情報を、正確に仲間たちに伝えた。

「僕たちの部隊は、主に広場の外周警備を担当します。集会に集まった貴族たちと、周囲の平民たちが接触しないように、人の流れを整理するのが主な任務です」

 そして、最も重要な情報を付け加える。

「集会の監視と、万が一の際の鎮圧部隊の指揮は、サイラス兄上が担当することになっています。ですので、広場の中心部は特に……危険です」


 その報告を聞き終えたジェラールは、黙ってリネットの方へと向き直った。

 そして、これまでルーカスが一度も聞いたことのない、真に迫った厳しい口調で、彼女に言った。

「リネット」

「……はい」

「いいね。当日は、決して、何があっても、広場に近づいてはいけないよ。危険だからね」

 その瞳は、有無を言わせぬ強い光を宿していた。

 ただでさえ暴動の危険がある場所に、少女を行かせるわけにはいかない。そして何より、彼らは、妖精憑きに深く関わるシルヴァの生き残りなのだ。その息子であるサイラスが指揮を執る場所に、リネットを近づかせるなど、命を捨てるも同然。ジェラールは、その危うさを誰よりも理解していた。

 リネットも、ジェラールのただならぬ気配を察し、こくりと静かに頷いた。

「……うん。分かってる。お店で、おとなしくしてる」

 そして、彼女は少しだけ悲しそうな顔で、窓の外、遥か西の空を見つめるように呟いた。

「西の果てで、ずっと怒っているあの子のことも……いつか、私が助けに行ってあげなくちゃいけないんだけどな……」

「その『いつか』のためにも、今は動く時ではない」

 ジェラールの声は、どこまでも厳しかった。「いいね、リネット」

「……うん、ジェラール」

 リネットはもう一度、今度ははっきりと頷いた。


 リネットが素直に聞き入れたことで、ルーカスは、仲間たちを直接的な危険から遠ざけることができたと、心の底から安堵した。

 だが、その安堵と同時に、彼の心には、サイラスへの拭いきれない不信と、言いようのない嫌悪感が渦巻いていた。

(兄上は、閣下の意向を受けて、集会を弾圧する側の人間なんだ)

 あの醜い権力争いの、中心にいる存在。

 自分にできることは、ただ一つ。

 兵士として、この騒ぎに巻き込まれるであろう、何も罪のない街の人々を、一人でも多く守ることだけだ。

 彼は、自らの鎧の胸当てをぎゅっと握りしめ、静かに決意を固めた。

 運命の日は、もう目前に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。