リンダの夕食
リンダは多忙なカルーラの代わりに、アクアリーネを傍に置くことに決めた。
リンダにとってはカルーラは崇拝に近く、アクアリーネは庇護の対象だった。
カルーラに何か頼まれれば、全てを差し出せるほどの気持ちだ。
そしてアクアリーネに対しては、生まれてすぐに亡くなった娘へのような気持ちだった。
瞳の色は分からないが、深紅の艶髪を持つ可愛い子だった。
心臓に重い障害を持っていたようで、「生まれて来たことが奇跡だ。心音が微弱で行える処置もない」と医師が言った。
出産前には、分からなかったことだ。
「きっとリンダに会いたかったんだね。可愛いアイラは」
「…………そう、ね。強い子ね、愛するアイラ…………ぐずっ」
夫のユマルクは強くリンダを抱きしめた。
ユマルクも酷く悲しみ、泣くのを懸命に我慢していた。一番辛いのはリンダだと思い、彼女に泣かせてあげたかった。
ずっとお腹の中で一緒に過ごしていた日々は、宝物のようだった。
たぶん女の子だと感じたリンダは、ずいぶん前に名前を決めていた。
悪阻も少なくて、穏やかに続く日々だった。
リンダは鼓動が止まったアイラを抱きしめて、たくさんの声をかける。
「お母様は幸せよ。こんなに可愛い子に会えたのだもの。すごく頑張ってくれたのね。
本当なら、お腹の中で亡くなっていたかもしれなかったのに。…………お母様は本当に幸せよ。ありがとうね、アイラ…………」
小さな命は1時間程で天に召された。
泣くこともなく、けれど穏やかな表情のままで。
けれど暖かな温もりを、確かにリンダに残したのだった。
「あぁ、神様。どうかこの子に祝福を」
その後、アイラを抱きしめたままリンダは気を失い、目を覚ました時には葬儀は終わっていた。
アイラの分も生きようと張りきり、でも急に泣けてくる日々は、ユマルクにずいぶんと心配をかけたと思うリンダだ。
けれど残された息子アルゼだけは守ろうと、必死に足掻いてきた。
リンダよりも若くして亡くなった夫の代わりに、侯爵家を盛り立ててもきた。
次代に家を残せるように、リンダは頑張ったのだ。
だがそんなアルゼはガーベラを選び、リンダを蔑ろにし、侯爵家の貯蓄を私腹のごとく使っていた。
さらにリンダの財産まで狙う始末だ。
「愛も教育も与えてきたつもりよ。後はもう、本人の性根だわ。大人になった子に、手を貸すことはないの」
それでなくてもアルゼは、シュナイザー侯爵家を継いだ当主。
僅かな資金を渡して、早々に母親であるリンダを追い出したのだ。
今リンダが住む別邸は、リンダが資本を投資して得たものだ。
アルゼに貰った別邸は小さな古い建物で、今は誰も住んでいない。
だからこそリンダの愛情は、アクアリーネに向けられていた。
「最初は様子を見て、使えそうなら手駒にするつもりだったのにね。
でもあんなに可愛い性格ならば、放って置くとあの子の父親以外にも利用されてしまうわ。
……守ってあげなければなんて、私もまだまだ甘いわね」
そう呟くリンダの傍には、シルバーともう一人の側近であるイザベラがいる。
侯爵邸から出る時に付いてきてくれた、冒険者ギルドからスカウトした精鋭5名のうちの2人だ。
シルバーは今、ドンマイン家で執事を熟し、カルーラの父親、ヴォクシアの右腕として辣腕を奮っていた。
「リンダの考えは私達の総意です。どうぞ、お心のままに」
「私の忠誠は貴女様のものです。どんな命にも従います」
20年を越えても変わらぬ2人は、戦友のようなものだ。
他の3名、もリンダの指示で活動中である。
皆家族以上の絆を持っている、侯爵邸から追い出された直後のメンバーだった。
彼ら彼女らは、リンダといると退屈しなくて楽しい。
その行動の正しさを気に入っているのも、その理由だった。
ただ彼らも年齢が高くなり、有り余る資金を託す若者を探していた。
間違ってもそれは、アルゼではない。
リンダの後継はある意味、とても危険だ。
それほどの資金を有してしまったからだ。
それに加え、リンダの理想を託せる者にしか対象にならないのだ。
「今後も有望な者を探してね。貴方達の目を信じているから」
そんな会話をしながら食事を囲む3人は、内輪では名を呼び捨てにして心を許している。
食事はシルバーが作りテーブルに並べたものだ。
イザベラはワインを注いでまわる。
「美味しそうね。ありがとうシルバー、そしてイザベラも。それでは乾杯しましょう」
「「「今後の展開を楽しんで、乾杯!!!」」」
「カチャン」と、ワイングラスをぶつけ合う近さで食べる食事は、豪華ではないが手が込んでいる。
ビーフシチューとフランスパンのガーリック焼き、舌平目のムニエルだ。
香草のソースが苦味を加え、アクセントになっている。
クリームブリュレは、上面のカラメルが火炎魔法でコーティングされていた。
ここにいるのは3人だけ。
深夜まで主従を忘れ、楽しい会話が弾む。
「それにしても、カルーラ一家は楽しいわね。知らないうちに、ドラゴンと知り合いになってるんだもの」
「私も驚きました。レノア様とカルーラ様は、ドラゴンの従者とも対等に接していました。
リンダの機転があって、アクアリーネのメイクをキャラウェイ様に手伝って頂きましたが、まるで魔法のようでしたよ」
「ええ、すごい人がいるものだわ。隣国でもその腕なら、きっとトップクラスでしょうね」
「それもですが、リンダ。彼らから強さも感じました。隠していても強い覇気です。キャラウェイ様の潰れて固まった手の豆も見ましたが、彼は戦いの訓練をかなり積んでいるようです」
「私もそれ思った。あの小さい少年、カザナミ様も強いと思いますわ。それにめっちゃ可愛いの♪」
「これっ、イザベラ。言葉が乱れすぎです」
「ふふふっ。良いのよ、シルバー。私にはその辺の強さは分からないけど、さすがドラゴンの国の方ね。絶対に戦争なんて仕掛けてはいけないわね」
「「それは絶対ですよ」」
「「あっ! 真似しないでよ(するな)!」」
「本当に気が合うこと。さすが仲良し夫婦ですわ」
「もう! 茶化さないで下さいな!」
「全くです。幾つになっても、とんだじゃじゃ馬で!」
「はあっ? やんのか、シルバー!」
「食事中ですよ、まったく。もう残すのですか?」
「…………食べる。美味しいもん」
「ふふふっ」
顔を赤く染めるイザベラは、シルバーが大好きなのだ。
それを知って誘導するシルバーは澄まし顔のままで。
それがまたイザベラを悔しくさせていた。
そんな2人を微笑ましく思うリンダは、僅かな寂しさを抱えて食事を続ける。
大事な家族の団らんは、今後も続くのだった。
◇◇◇
シルバーは通いの執事なので、ドンマイン家の夕食後は帰宅して自由なのです。




