第一話
以前投稿していたものを改稿したものであり連載再開することにしました。
気まぐれ投稿譚のはじまりでござる。
ゆるい気持ちでお読みくだされ。
――くそ! くそ! くそ!!
城内の拾い廊下。
そこを不機嫌なことを隠そうともしない少年が大股で忙しなく歩いていく。
何か憎々しげなものを見るかのように表情を歪め誰もいない先を見つめながら。
兄上も! リリンも! どいつもこいつも僕を見下して!!
この国において僕は第一王位継承者のはずなのに! 誰も彼も僕を敬ったりしない!
優秀すぎる兄上と婚約者に数段劣る王となると分かりきっているとでも言いたいのか? 最も有力な支援者たるグズナー公爵でさえ『王子は何も心配せずともよいのです。こちらで色々と準備いたしましょう』だと!?
僕はただの傀儡とでも言いたいのか!
父上も父上だ! いくら僕があの人の愛した母上に生き写しだからといってあれほどの溺愛を受けるいわれはない。僕は僕だ。母上じゃない。
誰も彼も僕のことを一切認めてはくれないのだ。
さらに早足で城内を歩いていく。その間にもどんどん悪いほうへ悪いほうへと考えが向いているのが自分でも分かる。だが、それがあながち間違いではないと思えてしまうことにさらに苛立ちが募った。
もう誰もいないところへ行きたい。
なんでだ! なんでいくら努力してもあの二人に及ばないのだ。せっかく上位の精霊と契約できたのにその能力を引き出すことができないのか!
どうして全てが裏目に出る!
それなのに生まれのお蔭だけで王へと昇らされる。そこに優越感などない。兄上のほうが王位継承権が高いのだったら素直に優秀な兄上の日陰となり臣下として従うことで楽になれるだろう。
僕が王になればいつまでも兄上に追われるまま突き上げられていくのだ。兄上を無理矢理押さえつけ腐臭漂う貴族どもの傀儡とされるなど愚の骨頂ではないか!
僕は愚王と呼ばれる道を歩むしかないのか?
どれほど歩いただろう。
ふと窓から外を見やると……あれは兄上か?
そしてその隣には……リリンがいる。それも楽しそうに談笑して……。
僕の知っている彼女は常に冷たい目で僕を見ていた。まるで路傍の石でも眺めるかのように。
そんなに僕が嫌いか! だったらなぜ僕を婚約者などに選んだ!!
僕はお前が王妃となるためだけの道具か!
……ああああああああああああああああああああああああ……
頭がカーっと熱くなり……。
そして僕の意識はぷつんと途切れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「リリン・アシュタイト。僕は君との婚約を今日この場を持って破棄する! 理由は明白。こちらにいるイレーネ男爵令嬢への度重なる誹謗中傷、果ては暴行、脅迫、こちらの精霊石に記録された全ての証拠が出揃っている」
僕の傍らで怯えるようにリリン嬢を見つめるイレーネ。可愛そうに僕が君をきっと守ってみせるからね。
「くっ……」
僕が揃えた証拠にありえないものを見るような目で見つめるリリン嬢。
そして唇を噛み締めこの場を無言で出て行く。
出て行くその姿を最後まで見つめイレーネに向き直る。僕の可愛いイレーネ。君のためなら全てを敵に回しても構わない。
さぁ、これからが僕の人生の始まりだ。
第二王子であるが僕は正妃の息子。この国の王太子である。
紆余曲折があるもついにイレーネを正妃に向かえ戴冠の儀も済ませた。
しかし、リリン嬢は兄である第一王子のルーキスを誑し込み反乱を起こそうとするもイレーネの光の魔法に守られた王国軍が圧勝する。ルーキスとリリンは反逆者として王城の前で断頭台にかけられた。
こうして王国に平和が戻った。
かに見えたが今度は魔王が現れ王国を闇が覆う。
だが僕はイレーネと5人の仲間とともに苦難の末に魔王を打ち倒すことに成功した。
国を覆っていた闇は晴れ精霊も祝福し王国には千年の繁栄が約束されたのである。
めでたしめでたし
……っじゃなーーーーーーい。
ガバッ
ここは……どこだ?
周りを見渡せばいかにも豪奢な家具が月夜に照らされている。
明らかに身分の高い人の部屋だよね。
そうだ、俺はこのスピラトリア王国の第二王子であるノア・エルモ・スピラトリア。
さっきの夢は倒れる前までの俺が辿るであろう未来だろうか。
倒れる前までのというのも今の俺は前世と思われる記憶と融合し変質したと自分でも認識できる。なんせ心の在り方がまったく違う。
前世の俺はいわゆる日本のとある田舎町に暮らす高校生だった。だったというのもクリスマスに妹と出かけた際に死んでしまったのが最後の記憶だったからである。信号無視の車が突っ込んできたところ渡り掛けていた妹を掴んで力任せに引き戻した。ここまでは良かったのだが俺は積もっていた雪で滑ってしまい転んでしまう。転んだ先がさっきまで妹がいた位置だというのだから締まらない。そう、そのまま追突され我ながらなんとも間抜けな死に様を曝してしまった。それでも妹を守れたのだから良しとしておこう。じゃないと切なすぎる。
そんなこんなで今現在ノアとしての意識があるわけだが俺はこの名前と現在の状況に心当たりがあった。
どうやらここは妹がド嵌まりしていた乙女ゲーム『精霊愛歌 ~あなたと共に~』の世界らしい。さっきの夢はこのゲームにおける王子エンドだったと記憶している。
いや、うん、突っ込みどころはたくさんあるが正直に言おう。こんなエンドは迎えたくない。
気を失う前までの俺は兄上と婚約者への劣等感から倒れこみ高熱を出すほど嫉妬していた。だが、今の俺は周りとの関係を客観的に評価できているし妹から延々とレクチャーされた乙女ゲームの裏話も知ってしまっている。
兄上は親父殿(国王)が侍女に手をつけて産ませた庶子である為、継承権が俺よりも低い。親父殿と侍女のほうもどうやらとある貴族に薬を盛られていたという噂もあるほど突然のお手つきだった。王に薬盛るとか国家反逆罪を適用されてもいいんじゃないのって思うがそれで子供ができたから有耶無耶になったらしいね。
俺が生まれる前までは唯一の子供として厳しく育てられていたが王妃が俺を産んだことで状況は一変。まるでスペアの如く扱われ利に聡い貴族連中からはこれでもかというほどの手の平返しを受けたらしい。ここで親父殿が次期継承者は兄上だと明言していればなにも問題はなかったのだが王妃を溺愛するあまり俺を次期継承者と宣言してしまう。
そんな環境においても国のためにと勉学、政務、精霊との契約と努力を惜しまず精進していた。というか努力を努力とも思っていないほど真面目な男なのだ。
次いで俺の婚約者であるリリン・アシュタイト公爵令嬢はそれに比肩するほどの能力を持っておりその美貌と相まって他国にまで噂が及ぶほどだ。正直、ゲーム内よりもスペック高いと思うですがどういうことですかね?
そんな二人に比べて俺はというと……。
契約した精霊は上位精霊であったのだが中位精霊にも劣るほどのポンコツ性能しか俺には引き出せない。
勉学においてもギリギリ上位に食いつけるかといった程度、政務も兄上と比べれば月とすっぽんぽん、もといスッポンほどのボロット三等兵と噂のがっかりな性能である。まぁ、色々と理由もあるんだけれどね……。
そんな現在、御年12歳。乙女ゲームの始まりは15歳の春からだから俺の目的の為にはすぐにでも動かないといけない。
え? なにするのかって??
そりゃもう決まってますがな。あんなアホみたいな未来が待つなら早々にフェードアウトさせていただきます!
え? 国王になって平和になるんだからいいじゃないかって?
客観的に見える今なら言えるが俺は国王になんぞなりたかないのだよ。
ましてや兄上を尊敬こそすれ反逆された挙句に討ち果たすなんぞしたくもないしな。
婚約者のリリン嬢のことだって正論言っていたのを冷たく却下した挙句、多少手を上げたのを過大解釈して追い込んだだけにしか思えない。そりゃ普通に考えて自分の婚約者にふらふらまとわりつく格下の令嬢がいたら注意の一つもするもんだろう。それをやれ暴言を吐かれただの言われてそれをほいほい信じる王子ってのがどうかしている。
まぁ、実際のリリン嬢は俺に対して冷たい視線をくれちゃってたりするが俺がポンコツだからそれは仕方ない。すごく切ない気持ちになるけども……。
そして更に問題なのは戦争とその後の魔王との戦いだ。
圧勝とあるが国を二分しての戦いだけに傷跡は大きいだろう。特に人材面で。そこから魔王による疫病やら呪いやら魔物が溢れるやらで国がえらいことになるんだわ。ゲームではそこら辺の描写が無い。疲弊した国内にそれが起こるのだから正直平和になりました良かったですねですむ問題じゃない。どこぞの頭お花畑なヒロイン(笑)じゃないのだからそこら辺は考えれば想像に難くないのである。
兄上との戦争は王子ルートのみだが魔王は全てのルートに必ず現れる。場合によっては他国の侵略イベントすらある。
だから俺はこれから3年と卒業までの3年、合計して6年以内に単独で魔王の侵攻を防げるくらいの状況を作り出しておかないといけないわけだ。なんせヒロイン(笑)の力を借りないでなんとかするのだからね。
前世からの俺の夢である縁側でつれあいとお茶をすすりながら老衰で逝くっていう将来設計のためにもな!!
だから俺には時間がない。すぐにでも準備を始めないと……。