第一章 超一流サッカー選手と私 PART3
「そりゃ、質問する側にも問題があるな」
さくらの横の席に座る比呂木は、
自前の無精ひげをすりすり触りながら苦言を呈した。
インタビューを終えて会社に戻ったさくらは、
今日の取材の報告を上司である比呂木に報告していたところだった。
「私の力不足は否めません。
でも、島さんは他の雑誌やテレビに出ている時もそんな感じでしたよ?」
「だからこそ俺達が島啓介の本性を暴きだせれば、
他誌との差がつけられるチャンスなんじゃないか。
同じことやってても読者は食い付いてくれないだろ」
「はぁ…」
比呂木は今の自分のセリフが思いのほか気に入ったのか、
フフンッと気味の悪い含み笑いを浮かべていた。
「じゃあ、次はどのような質問をすればいいですか?」
「それを考えるのが、お前のし・ご・と」
……オイ!
さくらが比呂木の見事な投げっ放しジャーマンに唖然としていると、
向かいの席から同じく呆れている人間から溜め息交じりの声が漏れた。
「自分も分かってないだけじゃん」
その声の主は、さくら達の向かいの席に座る天野である。
彼女も上手くいかない仕事があるのか、
どことなくイライラしている気持ちがその言葉から滲み出ていた。
「おーい、天野さん。
それが上司に対する言葉使いかな?」
天野に負けじと、挑発的な作り笑いを浮かべながら比呂木は言葉を返した。
なんだか面倒くさいことが始まりそうな雰囲気が流れ始めていたのを、
その場にいた誰もが感じて始めた。
だが、元々話の中心に居たさくらがその場から離れられる筈も無く、
二人の様子を伺うしかなかった。
「どうも失礼致しました。ふ・く・編集長」
「何だか言葉に棘があった様に感じたけど、俺の勘違いかな?」
「もちろん、誤解ですよ。
誰も『比呂木は、何年経っても副編集長から出世しない、
目の上のたんこぶだ』なんて思っていませんから」
全く物怖じしない天野の物言いを聞いて、
比呂木はガタっと席を立ちフーフーと鼻息を鳴らしながら比呂木が反論した。
「てめぇ、黙って聞いてりゃ、言いたいこと言いやがって!」
「は?あんたがいつ黙ってたのよ!」
両者共が席を立ち、完全に冷静さを失っていた。
ついでに言うと、さくらの話もどっか行っていた。
もちろんオフィスには他の社員もいるのだが、
この二人の言い争いは日常茶飯事なので誰も止めようとはしない。
喧嘩するほど何とやらとはよく言ったもので、
二人はこれだけ言い争っているにも関わらず
飲み会の席では大体近くの席に座るし、
何かとコンビを組んで仕事をすることも多いのも原因のひとつなのだろう。
歳の差が十歳以上あるこの二人が
恋愛に発展すると考えるものは少なかったが、
ある意味それ以上に通ずる気持ちがあるのかもしれない。
だが、今回の二人のやり取りは一向に終わる気配を見せなかった。
次第に何人かの社員は
「そろそろうるさいから止めろよ」とでも言いたげな目をさくらに向け、
正直さくらもだんだん居心地が悪くなってきていたのだ。
こうなっては事の発端をつくった本人が処理するのが道理と言うものだろう。
さくらやれやれといった具合にふっと溜め息を吐き、席を立った。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。みんな見てますから」
そう言うさくらの言葉を聞いて、二人が同時にキっと周りの人間に目を向けた。
元々誰も見てはいなかったのだが、
この二人には周りが自分達の視線に気付いて顔を背けるという
気まずさを抱いていると感じたのだろうか。
幾分落ち着きを取り戻した様子で、これまたほとんど同時に席に着いた。
「ったく。元はと言えば、お前がふがいないのがいけないのだぞ」
比呂木は再び矛先をさくらに向けた。
「いや、そうじゃなくて相手がさぁ……」
「天野さん、ごめんなさい!
私にも至らないところがあったのは事実です」
これ以上言い争いを続けられるのは御免だったので、
天野の言葉を遮る形でさくらは口を挟んだ。
天野は納得していない様子で、
「味方してあげたのに」とか「そもそも比呂木さんはさぁ、…」などと、
尚もぶつくさ言っていた。
それを見て勝ったと感じたのか、
比呂木は幾分流暢な口調で
「なんにせよ、ちゃんと記事に出来る内容を聞いて来いよ。
折角新しい企画をまかせられたんだ。
雑談してきました、じゃあ済まされないぞ」とさくらに釘を刺した。
「分かっています。がんばります」
別に比呂木の言い分に納得した訳ではなかったが、
さくらとしてもこのままでいいとは思っていないので、
ここでは素直な返事を返しておいた。
だが、そう言ったは良いものの、
さくらの頭には具体的な打開策が浮かんできていなかった。
唯一突破口があるとしたら、
インタビュー中に一度だけ島の口調が変わった、
日本人の対応についての話だろうか。
彼がそれまでずっと冷静な応対を続けていた分だけ、
あの時感じた妙に冷たい視線がさくらの心に強く残っているのだった。
せめてあの話をもう少し深く掘り下げることが出来れば、
今回の企画の進展へとつなげていけるかもしれないが、
問題はそれをどうやって島の口から聞き出すかである。
因みに、
明日はトレーニング風景を取材させて貰えることになっていた。
このまま流れに身を任せていたら、
それこそ折角の新企画が出だしから躓きかねない。
さくらは名案を思いつけないまま、
とりあえず別件の仕事だけでも片付けるべく、
雑誌の懸賞品目当てで送られてきた応募はがきの入ったダンボールに
手を突っ込み、当選者を吟味しつつ明日の作戦を練ることにした。




