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MONEY MAGAZINE  作者: 哲太
10/21

第二章 超一流俳優犬と私     PART3


さくらは今、自宅とは反対方向の電車に揺られている。


テレビ局での取材を終えたあと、

さくらはそのまま直帰したい気持ちが強かったのだが、

今日の取材について比呂木に確認したいことがあり、

しょうがなく会社に戻ろうとしていたのだった。


やがて電車は目的地に到着し、

さくらは足早に改札を抜けて真っ直ぐ会社へと向かった。


会社に着いた頃になっても時刻はまだ定時前だったため、

社内にはたくさんの人間が残っており、

もちろんそこには比呂木の姿もあった。


さくらが彼の席に近付くと、それに気付いた比呂木は顔を上げた。


「おう、お疲れ。なんだ、今日は直帰するんじゃなかったのか?」


さくらは最初、

比呂木に渡された資料に載っていたポン太君と

その飼い主に関する情報が少なかったため、

その補足程度に話を聞くつもりだった。


しかし、比呂木その何食わぬ顔と返事が、

さっきまでさくらが抑えていた苛立ちを

一気に爆発させる引き金となってしまった。


「なんだ、じゃありませんよ!」


さくらは机をバンっと叩いて比呂木を睨みつけた。


比呂木はその高圧的な態度に驚き、

目を丸くしながら「ど、どうしたんだ、一体?」と仰け反った。


「ポン太君の飼い主の方、

あんなに気難しい方なんて聞いていませんでした。

前回の島さんと違って、

メディアへの露出が少ない人物に話を伺う場合は、

個人的に調べることが出来ないので

そういうことは事前に教えてもいて頂かないと困ります!

結局、彼女のお名前すら教えて貰えないまま

取材が終わってしまったたんですよ。

しかもご自身の話ばかりで、

肝心のポン太君の話をほとんど聞くことが出来ませんでした!」


「確かに今回の取材をオファーした際も、

何だか愛想がない感じだったが……。

あ、名前な。向こうの名前は、え~っと」


「彼女の名前が聞きたい訳ではありません!」


さくらのムフーンッという大きな鼻息に、

比呂木のデスクに置かれた紙がパタパタと小さくなびいた。


仮に彼女の人物像を聞いていたからといって、

今日の取材が上手く言っていたかは分からないことは、

さくら自身も分かっていた。


ただ、初めてその人に会う際には、

ある程度心の準備をしておきたかったのだ。


さくらは次にどんな言葉で怒りをぶつけてやろうか考えていると、

後ろからポンっと肩を叩かれた。


振り返ると、にこやかな表情をした天野が立っていた。


「まぁ、落ち着きなって」


「天野さん……」


天野はクイクイっと親指を立てた手を喫煙所の方に向かって動かした。


「とりあえず、今日の仕事は終わったんでしょ?一服つけにいきましょうよ」


「……はい」


さくらは比呂木をもう一睨みしてから、

天野に連れられて喫煙室へと入った。


二人は煙草に火を点けて溜め息交じりの煙を吐きだしたあと、

そこで急に天野がプッと息を吹き出した。


「にしても、あんたがあんなに怒るなんて珍しいじゃない」


「笑いごとじゃありませんよ」


さくらは幾分冷静さを取り戻したものの、

まだ苛立ちを抑えきれずにいる。


「ごめん、ごめん。

 私はなんだか怖いってよりもかわいいなって思ったたからさ」


「そんな、からかって……」


尚もむすーっと口を膨らますさくらの顔がよほど面白いのか、

天野はニコニコしながら煙草の煙を吐き出した。


「今回は締め切り時でドタバタしていたし、

 あの人も事前に説明とかリサーチする時間が少なかったんじゃない?

 ほら、一応管理職に就いているわけだし、大目に見てあげなよ」


天野はそう諭すような優しい口調で言った。


いつもは喧嘩が多いこの二人だったが、

天野は自分以外の人間が比呂木を悪く言うのを嫌がっている節があった。


「まぁ、確かに今更どうこうなるものでもありませんが」


「そうよ。あんまり過去の事を考えていても仕方がないって」


さくらが観念した様子を見せると、

「にしてもそんなに酷かったの?」と天野は続けて聞いてきた。


さくらが今日の取材の様子をかいつまんで説明すると、

流石に天野の顔にも陰りが見え始めた。


「そりゃ災難だったね」


「はい。明日からの取材も気が重いです」


煙草を灰皿に押し付けるさくらの目は、伏し目がちになっている。


「でもさ、みんな大なり小なり不満を持ちながら生活しているのだし、

 その飼い主の人にとったら

 久しぶりに感情をぶつけられる相手が見つかって、

 抑えきれなくなったのかもしれないね」


「私にぶつけられても困りますよ」


もちろん、さくらにだって今の生活に不満があり、

今日会ったばかりの人を気遣う余裕なんてあるはず無いのだ。


そんなさくらの気持ちを汲み取ってか、

天野はポンッともう一度さくらの肩を叩いて、

「ま、私でよかったら愚痴ぐらい何時でも聞くからさ」と言った。


それはさくらも同じ気持ちである。


もし天野の愚痴だったらいくらでも聞いていられる自身が彼女にはあった。


そして、

今は彼女にそんな安っぽい返事を返す必要がないことも分かっていたので、

一言だけ「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。


さくらが自分の席に戻ると、今度は比呂木の方から近付いてきた。


比呂木は「とりあえず、俺もあまり知っている訳ではないのだけど」と

一言断ってから、ポン太君の飼い主について話してくれた。


今日さくらが会った彼女の名前は「阿部美加子あべみかこ」と言って、

今年で四十八歳になる専業主婦らしい。


一般的に動物タレントが収録に訪れる際には、

所属事務所のマネージャーも同行するものだが、

彼女はそのことを酷く嫌がるらしく、

そのため一日で取り終わる収録や現場のスタッフや

共演者と顔合わせする際にはマネージャーも同行するが、

何日にも渡って収録が行われる際などは、

事務所も途中から彼女一人に任せてしまうケースが

しばしばあると言う話だった。


彼女の気難しさは業界内でも有名らしく、

現場のスタッフの中には苦言を呈する者もいるそうで、

比呂木自身も事務所に挨拶に行った際にも、

あまり目を見て話して貰えず良い印象は持たなかったようだ。


「悪い先入観は与えない方が良いと思ってあまり話さなかったんだが、

 一言ぐらいは注意を促してもよかったかもしれないな」


と、彼女について一通り話し終わった後、

比呂木は心なしか気落ちした表情で言った。


先ほど天野に言われたこともあるし、

そんな顔をされたらさくらとしてもこれ以上責めるわけにはいかなかった。


「いえ、私の方こそ言葉が過ぎました」


そう言ってさくらも席を立って頭を下げた。


さくらの言葉に比呂木も居心地の悪さを感じたのだろう。

「また、なんかあったら言ってくれ」と最後に付け加えて

自分の席に戻って行った。


さくらも席に座り、

改めてどうしたものかと今後の彼女に対する対応を考えることにした。


まだ取材期間こそはあるものの、

また彼女自身の話ばかりを聞かされて肝心のポン太君の事を

聞けない時間が続いてはたまったものじゃない。


このままでは記事として成り立たないというのが一番の問題ではあるが、

同時にさくら自身の精神が持ちそうにも無い事のほうが

個人的には辛い部分ではあったのだ。


まずは彼女との会話のペースをこちらが握り、

それとなくポン太君の事を聞き出す流れにするのが無難なのは確かだったが、

さくらが主導権を握るには彼女のことを知らなさ過ぎた。


そして、彼女の事を調べようにも、

以前に取材したスポーツ選手の島啓介のように

他の媒体で顔が売れている人物ではないので、

それが容易ではないことは明白だったのだ。


万策尽きたように思えるこの状況の中でさくらの頭に

ある人物の顔が思い浮かんだのは、

それから小一時間ほど彼女がうな垂れた後だった。



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