第41話 揺らがぬ意思
カーラは無理に対抗することを止めた。ライツが起こす行動に応じた手を打っていく。
カーラにとって、こうした駆け引きはお手の物だ。頭に血が上っていない状態であれば、冷静に、着々と事を進めていく。
この地に降り立ってから他の妖精族に悟られないように準備を進めてきた。もともと、目的地を目指して積み上げていくのは得意なのだ。
対して、ライツは後先を考えるのは不得手である。そもそも、あり余る好奇心に負けて妖精界から落っこちてきたのだ。未来を見通すことができたのであれば、母の想いも察して大人しく過ごしていただろう。
ただ、そんな見通しの甘さが洋介との出会いを生んだのだ。ライツにとって、それが全てである。今も、これからも生き方を変える気は毛頭ない。
カーラの思い通りに動かされていることをライツは自覚している。それでも、「思いっきりぶっ飛ばす」と意気込んでいた。
しかし、心はともかく、ライツの体は徐々に言うことを聞かなくなってくる。いつしか、羽根の輝きは薄れ、ライツは肩で息をするようになっていた。
「はぁ、はぁ、うぐっ」
ライツは呼吸の荒さを隠そうと、左手の甲で口元を隠している。人間のような消化器官は持ち合わせていないというのに込み上げてくる吐き気。彼女はそれを必死に飲み込んだ。
(そろそろか)
カーラはライツの体に起きている変調の原因を知っている。闇妖精から奪った記憶にあった、星妖精についての記録。
成体となった星妖精は羽根に光を宿す。その羽根から光が失われれば、それは個体の死を意味する。だから、星妖精達は常に羽根を輝かせるのだ。
同時に、その光を生み出す内燃機関にも限界がある。使えば使うほどに、体内の回路が錆びついていくのだ。いずれ、燃料が十分にあったとしても命を燃やすことができなくなっていく。
今のライツは体の維持に使うべき力までも、術の行使の為に回してしまっているのだ。それは、回路が錆びついて力が流れなくなった状況によく似ている。
今すぐに死の危険性はなくとも、それに等しい苦しみをライツは感じているはずだ。そう、カーラは考えている。
(そのはず、なんだがな)
絶対的に有利な立場にいるはずなのに、カーラは自分の背中に冷たい汗を感じている。
ライツの未だに衰えぬ眼光が、カーラを突き刺していた。
ライツは右の人差し指でカーラを狙う。
「『朱き凶星』よ!」
その指から、真っ赤な弾丸が打ち出される。
しかし、狙いが甘い。カーラは難なく避けると、お返しとばかりに指を鳴らす。
「『彼方に甘美な呪いを』」
彼女の指から弾き出された黒色の呪いがライツを襲う。一つ、二つ、三つと打ち出されたものを最後は避けきれずにライツは手にした杖で叩き落とした。
ライツの頭がぐらりと揺れる。
「あー、もうっ!」
一瞬意識が遠のいたが、彼女は何とかそれを引き戻した。
見るからに力尽きそうな状態だというのに、ライツの視線はカーラから外れない。
どうして、そこまでとカーラは思う。
今の攻防も何度目だろうか。一度もカーラに当たっていないというのに、ライツは諦めずに仕掛けてくる。愚直に、考えなしに。
彼女の目が、彼女の動きが、カーラの心を揺さぶってくる。
(今まで、ここまで真っ直ぐに、私にぶつかってきたものがいただろうか)
かつて、浴びせかけられたおぞましき悪意も。もしかしたら、持たれていたかもしれない好意も。カーラからは離れた場所から向けられ、自ら近寄ってこようとはしなかった。
闇妖精の尖兵に捕らえられた時だって、圧倒的な実力差で取り押さえられたから相手の感情など知る由もない。
それが、ライツときたら。
全身全霊をかけて、真正面からぶつかってくる。否応なしに距離を近づけてくる。どうしてそこまでしてと、その理由を知りたいと、カーラが思ってしまうほどに。
(いやいや)
自分の中に生まれた考えを吹き飛ばそうとカーラは頭を振る。
彼女達を相手にしていると調子が狂う。
「そろそろ潮時か」
カーラは全てを断ち切るために、己の右の爪を鋭く尖らせた。
「これで最後だ」
一息で、ライツの懐へ飛び込んでいく。体の不調に加え、今までのスローペースに慣れていたライツは対応が遅れる。目前まで寄ったところで、カーラはさらに踏み込む。ライツの体を斬り裂こうと彼女の爪が襲いかかってくる。
「くっ」
ライツは体を沈み込ませて、それを躱した。彼女の頭上を鋭利な斬撃が通り過ぎる。
避けることができた。安堵する間もなくライツは右手の杖を握りしめる。相手が近づいてきたのであれば、自分の打撃も届く距離だ。
しかし、すぐにそれが悪手であったことをライツは思い知った。握った直後、ライツの手から握力が失われる。
(あっ)
ライツの体のどこかで、力の流れが途絶えた。彼女がその感覚を得たのと同時に、ぐらりと視界が歪んでいく。
回避のために一気に力を使ったからか。本来、流れていなければいけないところから力が消滅した。
胸を潰されるような痛みを感じる。その痛みがライツの意識を奪っていく。浮力を失って、落下していく自身の体を虚ろに感じながら、ライツは思い出す。
あの時、覚えた『落ちる』感覚。今の状況はそれによく似ていた。
まずいなぁ、と思うことはできるのにライツは動くことができない。視界も霞んでいるし、聞こえてくる音も遠い。
彼女の羽根から輝きが消えてしまっていた。そのまま、暗い場所へと沈んでいきそうなライツの思考。
そんな状態でも。
「ライツ!」
彼の声は、深淵まで届くのであった。
(洋介?)
ライツの目がぱっちりと開く。体の動きが鈍いし落下は続いている。それでも、意識がはっきりとしたライツは体勢を入れ替えて彼の姿を探す。
眼下には迫りくる中学校のグランド。その中央に、洋介は両手を広げて立っていた。
「おいで!」
彼の姿を確認したライツの表情は一気に明るくなる。
「うんっ」
これが本当に最後の力。ライツは自分の落ちる方向を無理やり捻じ曲げる。洋介にぶつからないよう、できるだけ速度を落として。
「洋介っ!」
そして、地上で待っている洋介の胸へと飛び込んでいくのであった。




