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星使い ティンクル・ライツ ~願いは流星とともに~  作者: 想兼 ヒロ
祈りは夜天をこえて

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第47話 その表情に彼女はいた

 息を飲んで見守っていた洋介は思わず目を細める。その目に映るのは、ライツを羽交い締めにし、その腕で彼女の(はね)ごとその体を懸命に押さえ込んでいるカーラの姿。

 ライツ達の存在ははっきり見えるものの、上空遠く、さらに闇は深くなっている。


 それなのに、だ。

 カーラと視線が交わった気がする。


「まさか」

 口に出した瞬間、確信になった。反射的に洋介は川に向かって走り出す。


「お、おい。にぃさん!?」


 リィルの声を置き去りに、洋介は不安定な足場を駆ける。そんな彼の目の前で、光はまっすぐ真下に向かって落下を始める。刹那、一気に水面との距離が零になる。それが水に触れた瞬間、まるで何かが破裂したかのような大きな音をたてて水がはじけ飛んだ。

 (かす)かな月明かりを反射して、水が水晶のように舞っている。


「速すぎるっての!」

 洋介は思わず悪態をついた。


 彼の目の前で起こったこと。カーラがライツを抱えたまま、川に飛び込んだのだ。勢いよく、自らの体ごと水へと(たた)きつけた。

 まだ距離のあった洋介の顔にまで、その水しぶきが飛んでくる。かなりの衝撃だ。その水を顔の前で払いながら、洋介はカーラの言葉を思い出していた。


――星妖精は落ち慣れているから、それぐらいでは傷一つつかないというのに。


 洋介の頭に浮かぶのは、とっさに落ちてくるルーミに手を伸ばした洋介を(あき)れた顔で見るカーラの顔。

(確か、その前に自分が重い、とか言ってたな)

 多少の()ねが入ったカーラの声も同時に思い出していた。


(ああ、そういえば)

 初めて会ったとき、落下するカーラを抱きかかえて、重力に負けて倒れ込んだんだった。しばらく腰が痛かったような気がする。

「……は?」

 そう、洋介が思い出したとき、記憶の線がつながった。


 星妖精は落ち慣れている。そうなのだろう。初めて会ったときのライツも怪我(けが)一つ無かった。大人になった彼女も、子どもの姿と変わらない質量だった気がする。ルーミもそうだ。洋介が想像していたより軽かった。たとえ高いところから落ちても、平気なようにできている。高所恐怖症の洋介には(うらや)ましい限り。まさしく流れ星の化身である。

 それに比べて、カーラはどうだ。人間として生まれ、闇妖精として目覚めた。そんな彼女は、それこそ人間の女の子と同じくらいの質量ではなかったか。それを身をもって体験したのはおまえではなかったか、洋介。そんなカーラが強く落ちたらどうなるというのだ。


 ぞわり、と洋介の胸を嫌な感覚が襲ってくる。


無茶(むちや)をしやがって!」

 洋介は大きく息を吸うと、まだ落ち着きのない川の中央に向かって再び走り出した。



 そんな洋介が、まだ川の端へとたどり着いていない頃。

「ぷはっ」

 川底まで沈みきった後に、カーラは何とか水面へと浮かび上がった。流れに逆らおうと動かしている腕と足が痛む。少し水をかいただけで、まるで油を差していない歯車のように四肢が悲鳴をあげていた。

(思ったより、傷ついたな)

 体の中心に感じる、自分の本質的なもの。力の源というべき箇所にほころびを感じる。カーラは小さく息を吐いた。その間も、痛みをこらえて体を動かす。


 休んでいる暇はない。なにせ、まだ終わっていない。カーラは、その(あか)い目を輝かせる。余裕のある笑みは、多少引きつっていた。


 ばしゃばしゃと水音をたてるカーラとは対照的に、水面から飛び出た彼女は水面に静かに降り立った。(かす)かな波紋を残し、月を背景にして。

「……」

 冷たい瞳で、カーラを見下ろすライツ。その虹色の(はね)は、あの黒の混ざった濃い色ではない。鮮やかに輝いている。

 しかし、その瑠璃色の瞳は(いま)だに濁っている。


――これであたし達、トモダチになれるかな?


 あのとき、戸惑うカーラに手を差し出した。そんな彼女の瞳の輝きとは雲泥の差だ。


(あと少し、なんだがな)


 これ以上、自分には何もできない悔しさ。こんなに動けなくなるなら加減すればよかったか。一瞬、そんな思いになったがライツが(つえ)を握る手に力を込めたのを見て、カーラはほくそ笑んだ。

 そうだ、自分の身をいとわず、ライツにはあまり効果がないことを自覚しながらも川へと飛び込んだのは、このためだ。ライツの濁った思考に(たた)きつけた。カーラからの逃避ではなく、カーラの排除という選択肢が必要なことを。


(そうそう、私は諦めないぞ。どうする?)


 痛みに(ゆが)みそうになる表情を、カーラは無理矢理(むりやり)笑顔に変える。まだ余裕がある、そうライツに思わせるために。彼がたどり着くまで、もう少し。その少しの時間を自分の強がりだけで生み出すことができるのなら。

 カーラは口端を(ゆが)めた。その笑みは、どこか安堵(あんど)の色も浮かんでいた。


 ライツはそのまま(つえ)を高く振り上げる。その装飾が月明かりにきらめいた。それが振り下ろされようとした瞬間。


「ライツ!」


 彼女の(つえ)は、壁にぶつかったかのようにピタリと止まった。その、懐かしい響きを持った声にライツは振り返った。

「あっ……」

 ライツの喉から声が漏れた。そこにはずっと探していた、それでも見つけてしまえば今の自分ではどうなるか分からなくて遠ざかろうともしていた、暖かな光があった。


「ライツ」


 ようやく近づけた。

 胸まで水につかりながら、洋介は大きく息を吐く。この状態になったライツと初めて同じ目線までこれた。カーラが彼女を、もう少しで手が届くところまで連れてきてくれた。


「よ、すけ」

 ライツが彼の名を呼ぼうと口を動かす。しかし、ちゃんとした音が出ない。その瞳は、揺れ動いていた。まっすぐに洋介を見ようとして、それでもあちらこちらに視線が動く。


 ああ、これは。

 洋介は思い出す。あの目には覚えがある。あれは、ライツが悪いことをして洋介に見つかったときにする表情だ。

 最後に見たのは、アイスクリームの盗み食いを見つかったときだったか。


「ふふっ」


 洋介は思わず笑ってしまった。(うれ)しくなってしまったのだ。濁った瑠璃色の瞳が、ずいぶん澄んでいた。彼女の知らない表情に戸惑い、彼女の無邪気な笑顔を失ってしまう予感に(おび)えた、あの夜。洋介はそれを思い出すと、恐ろしくてしかたがなかった。ここまで肉薄して、それでも洋介の知っているライツを見つけることができなかったらと、不安だった。

 ここにいるのは、間違いなくライツだった。洋介は少しだけ気が楽になった。


 これなら、きっと、自分の言葉は届くだろう。それこそ、洋介が彼女のはしたない行動を叱った日のように。

「ライツ、よく聞いて」

 できるだけ、焦る気持ちを抑えて洋介は優しい声を出すことに努める。なぜなら、ライツは今にも泣きそうな顔をしているから。

 自ら右腕を出して、ライツが持っている(つえ)を指さした。先ほど、その(つえ)をカーラに振り下ろそうとしていたのは洋介にも見えていた。それは間違った使い方だ。


 だから、言ってやらないといけない。ライツの友達として。


「それは、本当におまえのやりたいことか?」

 そんなわけがないだろう、と。強い意志を込めて。

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